第15話 とりあえず回避優先だったんだ
翌日
王宮前で合流したチートとゴンタは、街道沿いを南東方向へ向かっていた。
実は、合流できたのは11時前である。
≒浮浪児であるゴンタが時計を持つはずがなく、起きて、市場で雑用や食事を済ませ、ロリコにおとなしくしているように言い聞かせ……と一通りの準備をしてからやってきたのでこの時刻になったのである。
もちろん、チートは10時を過ぎるくらいからかなり不安になったのだが、王宮前広場と言えども時計があるわけもなく、携帯電話の電池などとっくに切れておりどれくらい待っているのか時計がない状態でわかるわけもない。この世界、明るくなってから、昼の鐘が鳴る前なら「午前中」ということで同じなのである。
ゴンタは「9時に待っててくれ」とは言ったが、自分が9時に来るとは一言も言っていない。そういうものである。
ちなみに勇者パーティの他のメンバーであるが、同行を打診してきたものの
「いや、俺の武器探しの都合で行くんだから」
とチートが言ったところ、勇者が危険な目に合うとは微塵も思っていない一同はすぐに同行の申し出を撤回したのであった。
「そうか、明日に出発すんのか。」
「ああ、世話になったし、いろいろ迷惑をかけたな。」
世話と言っても数百m一緒に歩いてもらっただけだが、おそらく王宮関係者以外で最も長く一緒にいた人物であろう。チートがいかに街の人たちから避けられているかよくわかる。
迷惑の方は、お金の問題やロリコの安全面などでこれから後も尾を引きそうである。
「むぅ、出たか?」
チートは街道脇に屯する数人の男たちを見つけた。手には棒や鉈のようなものを持っている。
お約束の盗賊だろうか、だったら返り討ちにしてやる。
もし、盗賊出現がお約束のように起こっても、おそらくチートは人を殺すことで気分が悪くなるようなお約束は起こさないだろうと考えている。
なぜかというと、こちらの世界に来てから結構な数の死体を見てきたからである。
多くの主人公たちが対人戦闘を躊躇するのは、日本が安全で戦闘に慣れておらず、もちろん人を殺したことがないからだと説明されている。
それはある意味正しいのだろうが、「安全で」あるだけでなく、日常から死が遠ざけられていることも大きな理由ではないだろうか。
死から葬儀まで、流れるように進むシステムが完成されている日本で、死体というのは滅多に見る機会がない。人間に限らず、日常的に肉を食べているくせに、その動物の肉がどのように供給されているか知らない、考えようともしないほどにである。そして、事件事故はそれ以上に少なく、現場は優秀な警察によってすぐさま隠されてしまう。
おまけで述べておくと、ゲームの世界でリアルに死体を表現しようとすると問題になり、血の色がありえない色になったり、死体が光る粒子になって消えていくエフェクトを要求されるくらいなのである。
確かに、そんな日本で対人戦を経験するのは、ごく限られた人たちである。
だがチートは、動物も、人も、多くの死体を見てきた。
それはそうである。いくら放置されているといっても、過去に召喚経験があるこの世界、これからしっかりと戦いに行く勇者に、覚悟を求めないというのはありえない。
さすがに対人戦闘は模擬戦だけであるが、幸い(?)手加減なくボコられた経験があるので、武器を振るう際の躊躇と言うものも綺麗さっぱり抜け落ちている。
おかげで、チートはすっかりなじんでいるのである。
だが、武器っぽいものを持っているからと言って盗賊とは限らない。
村人Aたちに喧嘩を吹っ掛け、お尋ね者にでもなったら目も当てられない。主にゴンタが。
これから遠くへ旅立つ勇者と異なり、ゴンタはこの周辺で生活するのである。
チートは、屯している男たちにステータスチェックをかけてみた。
【モブタロウ】:村人
【モブスケ】:村人
【ガヤオ】:村人
【モブヒロ】:村人
【ガヤイチ】:村人
【ガヤト】:村人
「あ-、一般人だわ。」
見えた名前だけで即、無害決定である。
彼らも、ゴンタはともかく見慣れない男を見かけて警戒しているだけであろう。
だが、危険なのは人だけではない。
1時間ほども歩くと、街や村と言うには規模が小さい家のまとまった集落に着いた。ここから街道をはずれ、少し離れたところに見える山(と言うより丘)のふもとが目的地だという。
集落から山の方に向かって背の高い草叢の中にはっきりした道ができており、聞くと山菜採りや狩りに行くルートなのだという。チートたちはそこを進んでいく。
最初、児童公園にあるようなトラックのタイヤが埋め込まれたものかと思った。
だが、そんなものがあるはずがない。倒木だろうと判断した。しかし、周りはすべて草、太い木が生えている気配もない。
その倒木が、ズズッ、ズズッと動いているように見えたチートは、いったいなんだろうと足元にあった小石を「うりゃっ」と倒木にぶつけてみた。
「ザザッ」
「──ッ」
声にならなかった。チートたちの左前方、数メートル先に立ち上がったのは
「ナジャ!」
ゴンタが叫ぶ。
もたげた鎌首の高さはチートの身長と同じくらいある。ざっと見積もって、体長は6m近くあるだろうか。嫌なことに、首の部分を広げて威嚇しているので、どう見てもコブラにしか見えない。
魔獣と呼ばれる異世界の生き物に対して、転移者たちは戸惑う。動物の攻撃にさらされた経験の乏しい彼らは、それらの動物が、どのような攻撃をしてくるか無知なのだ。まぁ、大抵はなぜかチート能力で対応するのだが……。
【ナジャ】毒蛇。5.5m
林縁のブッシュに生息し、他の蛇やイノシシ程度の大きさの動物を食べている。人間の大きさも捕食の対象内。毒の量が多いので噛まれたらおしまい。
「おしまいゆうなぁ。」
ステータス表示にチートが突っ込みを入れる。ゴンタはチートの後ろに隠れるようにしがみついている。
だがここで、チートはあることに気付いた。今の突込みに対してナジャが「びくっ」と反応したのだが、その反応がやけにゆっくりだったのだ。
「ほーいっ……と。」
チートは腕を振りつつ、左右に動いてみた。ナジャが、ゆっくりと反応する。
ゆっくりに見えるのは、チートの勇者能力のためではなく、素でゆっくりなようだ。
「よーし。」
相手が攻撃的でないなら、無理に戦闘する必要はない。チートはゴンタを促し、ナジャの2m前を走り抜けた。
予想通りナジャは反応できず、チートは脱出に成功した。帰り道に再度遭遇すれば、蹴飛ばせばよいだろう。
山の麓、低い崖が裂け目のようになっているところが目的地である。その裂け目に、それははまり込んでいた。
「なんだこりゃ?」
「これ、長い鉄の棒じゃないのか?」
見ると裂け目の中に、斜めに錆びた鉄棒がはまり込んでいるように見える。しかし、裂け目のどちら側も岩盤だ。もしこれが鉄棒だとすると、どうやってはめ込んだというのか。
チートは「詳細ステータスチェック」をかけてみるが、表示されない。「鑑定」でも同じである。
「すまん、ほじくれるような木の棒を探してきてくれないか。」
銅貨を渡し、ゴンタが距離を取ったのを確認すると
「おい、シロ。どうなってんだよ。」
『それは今岩盤の一部ニャから、表示されなくて当然ニャ。無機物の自然物もステータス表示したら画面が【砂・土・石】で埋まってしまうニャ。それを掘り出してみればアイテムとして鑑定できるニャ。』
「なるほど。」
それはいいが、どうやって掘り出せというのか。ゴンタが拾ってきた木の枝は当然役に立たず、結局短剣でガリガリやること3時間、ようやく片側が岩盤からはずれた。
持つところができればチート能力の出番である。
「よいしょっと。」
鉄棒もどきの先端をしっかり持って手前に抉るように引っ張る。と、バキッと音がして長さ1.7mくらいの鉄棒もどきが取れた。早速鑑定してみる。
【ヘマタイト】これだけ大きな結晶は珍しい。
「ヘマタイト?」
聞き覚えのない知らない言葉である。だが、そのつぶやきを聞いたゴンタが
「砂跌って、その大きさで砂鉄なのかよ。」
とか言っている。
翻訳により、チートの言葉がゴンタには砂鉄として伝わったことになる。なるほど、巨大砂鉄なのか。
チートは。ヘマタイトの棒でその辺の岩盤を叩いてみた。
キンキンと、硬く丈夫そうな音がする。剣の形に加工できるかどうかはわからないが、ぶっ叩く武器としては使えそうである。
こうしてチートは何とか使えそうな武器を手に入れた。
代償として、短剣が一本ダメになり、さらに約束の金貨を支払ったことで財布の中身がほぼ空っぽになったわけだが。