第13話 だって、着られないと困るんだ
市場に向かうチートはもちろん、道々子供を見つけては道を尋ねるが、みんな的確に市場の場所を教えてくれる。そういう意味では銅貨は無駄にはなっていないように見える。
もっとも、銅貨を渡したわけではない道行く大人たちに聞いてもきっと同様に教えてくれたには違いない。
いや、避けられているから少々怪しいか。
市場に着くと、少し奥の方で言い争いをしている声がする。一人はゴンタで、もう一人がグロサリーさんだろうか。
「おい、ゴンタ。どうしたんだ。」
「なんだよ、アンタには関係ないだろう?」
「そんなことはないぞ、街のことを教えるという条件で情報料を払ったわけだから、ゴンタには情報を教える義務がある。もう一度聞くぞ、いったいどうしたんだ。」
「ッ……、グロサリーさんは今までタダでいろんな物をくれてたんだが、急に金を払えって言うんだ。」
あ、こいつ舌打ちしやがった。
「何を言うか。今までは金なんか持ってないから仕方なくタダにしてやっていたんじゃないか。お前たちはもう金を持ってるんだから払って当然だろう?」
ここは国営の市場だから、場所代がかかるわけではないが、それでも商品の仕入れには金がかかるだろう。それを子供らにタダであげていたのだから、グロサリーさんは実は良い人なのではないだろうか。言い分を聞いてみると、グロサリーさんの方が正しく思える。しかも、理由となっているゴンタの金を渡したのはチートなのである。
実際に思いっきり関係あるね。
「なぁ、ゴンタ。情報に価値があることを知ってるお前が、タダのモノがあるとは思ってないだろ?ちゃんと金を払うべきじゃないか?」
「ちぇっ、わかったよ。」
そう言うと、ゴンタはグロサリーさんに銅貨を3枚渡した。おっと、もしかしてそれはゴンタの全財産だな。
「これで、オレたちの今週分にしてくれ。」
「よし、わかった。」
どれくらいの、何の対価かわからないが、きっとかなり安くはしてくれているんだろう。ゴンタも一応は納得しているはずだ。
「おーい、ゴンタ!」
チートは疲れたようにふらふらと歩くゴンタに声をかける。
「うん?」
「しっかり働いて金を稼ぐっていうのは必要なことだぞ。で、ものは相談だが、どこかに誰のものでもない長さ2mくらいの鉄か、丈夫だったら別の金属でもいいが、そんな棒があるところを知らないか?教えてくれて手に入ったら金貨1枚までなら払うぞ。」
「ほんとかよ。もっと長くてもいいか?」
もっと長い?まるで10フィート棒だな。と思ったが、短いのを苦労して繋ぐのと異なり、長ければ短くすれば良いだけである。
「もちろんだ。」
ゴンタの顔がぱぁっと一気に明るくなった。単に金額で明るくなったのではなく、少しは心当たりがあるような表情の変化であった。チートの方も、どうせ力任せに振り回すのだから大剣でなくても構わない。同等の物がはるかに安い値段で手に入るのなら、金貨くらい払うつもりである。シリアスさんの「お金の使い方講座」は、早速役に立っているようだ。
ともかく、(口)喧嘩は止めたのだからいいだろうと、王宮に戻ってチートが部屋の扉を開けると、
そこには天使がいた。
ふわふわの背中まである金髪、碧い眼、白い肌。そしてなぜか、だぶだぶだがチートのワイシャツを着ていた。
「あっ、チート様、お帰りなさいませ。ロリコちゃんは『お風呂に入って待っててって言われたから』と出たがらなかったのですが、のぼせてしまいそうだったのであがらせて服を着せようとしたんです。でも、着ていた服がまだ乾いてなくて……。」
着ていた服はかろうじて粉砕せずに洗濯できたようだ。なにしろ、基本は叩き洗いである。
「いや、とりあえず着てるからいいだろ。」
「ゆうしゃさま、おにぃちゃんのけんか、とめてくれた?」
「大丈夫、喧嘩は終わったよ。」
「よかった、ゆうしゃさま、ありがとう。あのね、おかねができたから、おにぃちゃんにあたらしいねどこをかってもらうの。だから、もうかえるね。」
ロリコはとてとてと帰って行った。
「(ん?待てよ、お金が入ったって、さっきゴンタは全財産グロサリーさんに払ってたよな?で、新しい寝床?グロサリーさんのとこは八百屋っぽかったからありそうになかったし、『オレたちの今週分』ってことは、寝床じゃなさそうだな……。ロリコちゃん、ごめん。俺はロリコちゃんから新しい寝床を奪ってしまっ……しまっ……しまったああああぁぁぁぁ。)」
新しい寝床を買えなくしてしまったことを、後悔したわけではない。
新しい寝床がないということは、これから寝る場所は今までの寝床と変わらない。今までの寝床はおそらくコロモジラミの巣窟。そこにチートのワイシャツで寝ころんだら……。どうなるか、チートは気付いてしまった。
「ちょおっと待ったああああぁぁぁぁ。」
チートはロリコを必死で追いかけた。
ここは、訳を話して今までの服が乾くのを待ってもらい、ワイシャツを回収しなければ。
ロリコには、ようやく王宮を出たところで追いついた。
「待ってってば。」
そう言って、チートはロリコ……の着ているワイシャツ……の袖を捕まえた。それは、ちょうど袖を引っ張った形になり…………
「いやーーーーーーーーーーーーっ。」
幼女は悲鳴と共に座り込んだ。
悲鳴を聞いて、何事かと人々が集まってくる。中心は、座り込んだかわいい幼女。
その服を脱がそうとしているのは、
毎度お馴染みの、勇者チートだった。