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勇者の失敗  作者: 林育造
12/25

閑話 フェンリィのつぶやき

今回はフェンリィ視点です

チート様大丈夫かなぁ……。


◇チートが考える人のポーズで座り込んでいたころ、近くの部屋で休んでいた耳の良いフェンリィはチートが唸っているのが聞こえていた。それどころか、チートがどういう状態で唸っているかも理解していたのである。

助けに行こうかとも思ったのだが、「今晩も俺のところには来ないように」

という指示を受けていたし(基本的に勇者の指示は最優先なのである)、行ったところでどうにかする手段を持っているわけでもなかった。◇



「勇者の召喚が行われるぞ。神が願いを聞いて下さったらしい。」

そんなうわさが流れてほどなく、勇者様が召喚された。王宮勤務を始めて一年半経っていた私は、勇者様の世話担当をすることになった。


身のこなしが素早く、集団生活に慣れている犬系の獣人は比較的人間受けが良いため、王宮勤務者も多い。しかし、獣人側は人間の言葉を理解できても、肝心の人間側に獣人の言葉を理解できる者が少ないため、意思の疎通というより、ほとんどの仕事は人間側の都合で獣人側に指示が出されるだけのことが多い。

私も、勇者様が待機しているときにお茶とお茶菓子を持って行ったのだが、時間的にお茶を飲んでもらえる状況ではなかったようだ。しかし、勇者様を見たとき、思わず

「えヘっ勇者キタコレ……」

と笑ってしまった。勇者様がやたらかわいくて肌触りが良さそうだったからだ。



◇勇者もフェンリィのイヌミミを見て「もふもふ触りてぇ」と思っていたが、それと同じように獣人も「スベスベ、触りたい。」と思うのである。だがもちろん、勇者をいきなり撫でまわすわけにもいかず、大臣と入れ替わりに渋々退出したのだ。◇



その後、部屋に入った勇者様に再度お茶を届け、しばらく担当として(スベスベを)独占できる期待感からつい素で

「どうぞ。」

と言ってしまった。

それに対して勇者様から、獣人語で

「ありがとう」

と返してもらったのだから、私が固まってしまうのも無理はないだろう。これはもしかして、頼んだらスベスベを触らせてくれるかもしれない。さらに

「ところで耳触ってもいい?」

と聞かれて、私は有頂天になった。もちろんOK、私は野望にさらに一歩近づいたのがわかった。

だが、もう少しでスベスベに手が届こうというところで、カマセーヌ王女によって邪魔が入ってしまう。

翌日、夕食後耳をいじられながらスベスベを撫でるタイミングを計っていると、勇者さまが突然、「ミルクが欲しい」と言ってきた。

牛乳なら食堂にでも言えば手に入るはずだが、態々牛乳が飲めない者が多い獣人に「ミルク」を所望するのだから、これは我々のミルクだろうか。念のため「赤ちゃんが飲んでいるミルクですか」と尋ねるとそうだという。何を言い出すんだこの勇者様は、と思ったが野望のため、なんとかすると決めた。ちょうど姉が出産直後だったため、少し恥ずかしかったが理由を話して頼むと、少しだが貰うことができた、家族ってすばらしい。

ところがそのミルクを持っていくと、勇者様はもっと欲しいという。さすがに要求された量を姉だけで調達するのは難しい。

私は仕事仲間のネットワークを活用し、苦労したけど何とか要求に応えることができた。


ただ、言葉がしっかり伝わる人が少なくて

「勇者様が絞った母乳を欲しがった。」というのが

「勇者様が母乳を絞りたがった。」と何らかのルートで騎士さんたちに伝わってしまったようだ。そのせいで模擬戦の勇者様が不必要なまでにボコられたのは気にしないことにした。


その後、魔術学院の編入試験の後からなぜか部屋に籠りがちになったチート様は私が同じベッドに転がるのを許可してくれるようになり、その間にチート様の背中を

「えへへ、スベスベ~」と撫でまわすのも認めてくれるようになった。


「うふっ、(こっそり撫でるより)チート様を(許可付きで)撫でていると(問題がないので)安心します……」

ときどき、チート様は背中を撫でやすいように頭をくっつけてくれさえする。

私は別に今発情期ではないのでチート様にいろいろ触られてもなんともないが、発情期にこんな気持ち良いスベスベに触らせてもらったらおかしくなるかもしれない。その時期は自重しよう。


なぜか勇者パーティの希望者が少なかったので私も勇者パーティに参加することになった。スベスベのこんなに間近にいられそうなのに、どうしてみんな希望しないのかしら……。


パーティ全員で、魔王領に向けて旅をする時の訓練として街中へ出かけることになった。まずは食べ歩き、いいえ、食糧調達の練習です。チート様は1串銅貨1枚ぐらいの肉を銅貨12枚と随分吹っかけられていた。少し値切っていたけれど、それでも結構ボラれていた。でも、これは仕方がない。前に「騎士価格」というのを聞いたことがある。私にはあまり難しいことはわからないが、給料の高い騎士向けの金額を高く設定することで、たくさんお金が出回り、経済が活性化するらしい。それを考えると「勇者価格」はもっと高くなってしまうのだろう。


チート様は串肉を1本くれた。野菜もくれようとしたが、私はセロリは食べられないし(好き嫌いじゃないよ)ニンジンの方もあまり鮮度がよくなさそうだったから断った。

食べながら歩いている時チート様がブツブツつぶやいているのに気を取られてしまい、みんなとはぐれてしまった。さすがに街中ではマーキングできないので来た方向もわからない。そのうちチンピラが絡んできたが、チート様があっという間に伸してしまった。「勇者様」に喧嘩を売るなんてあの人たちは何を考えているんだろう。

その強さから「勇者様」と分かったらしく、変なおじさんが声をかけてきた。チート様は警戒しつつも店について行ったが、そこで犬の獣人仲間に出会った。なんでもこの変なおじさんは心行くまでスベスベを触らせてくれるんだとか。おぉ、スベスベの同志よ。


「えっ、交尾するの?」

やっぱり変なおじさんはヘンタイだった。奥にはリザードマンと抱き合ってる人もいるし、ここは変な人が多いのね。

「だけど交尾中は背中に手を回せば触り放題よ。でも、獣人同士の時と違ってすぐ終わるから、なかなかたくさん触れないの。」

そうなんだ……。

「もう(終わるのが)早くって。あなたも抱き着いてスベスベ触っちゃいな。胸のスベスベまだ触ってないの?触りたいなら押し倒しちゃえば……」

そうか、そんな触り方もアリかもね。そう思ってチート様の方を見たら目が合ってしまった、ちょっと恥ずかしい。

チート様は何を思ったのか突然「水が欲しい。」と言いだした。

拭きたいものでもあると思ったのか、変なおじさんの仲間が外に出て、雨水貯めからお椀で水を掬って渡したら、チート様はなんとその水を飲んでしまった。「勇者様」が飲むと分かっていたらもう少し飲めそうな水を渡してくれたと思うんだけど。変なおじさんたちもそれに気づいて

「おいおい。」とか言ってたけど、チート様は聞こえていないようだった。


もう少しスベスベについて語りたかったのだが、チート様は

「フェンリィ、行こう。」

と私の手を引っ張って店を出てしまった。


道はわからなかったけれども、さすがチート様。地元の少年に道案内を頼むとは旅の訓練の意味が分かっていらっしゃる。間もなくシリアスさんたちと合流して、王宮に戻って来ることができた。


チート様が今苦しんでいるのは、あのニンジンか、雨水のどっちかが原因だと思うのよねぇ……。

きっと、両方が原因です

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