第11話 野菜も食べなくちゃと思ったんだ
食事前には読まれないことをお勧めします
「んー、その身のこなし、獣人の女の子連れてるし、兄ちゃんもしかして勇者か?」
新手が現れた。だがこちらは敵意や悪意は見られないようだ。チートはフェンリィを後ろに庇いつつ頷いた。
「そうかー、オレはアンゴって言うんだ。いやー、そうかそうかお前さんが勇者か、お前さんとは気が合いそうだ。そんなとこで突っ立てないでこっち来いや、なーに、奢ってやるよ。」
チートはかなり怪しげな店に引っ張り込まれた。まぁ、チートが暴れて壊せない建物など存在しないのだが。
「いやー、勇者ぁ、さすが同志、かわいい娘連れてるなぁ。」
アンゴと名乗った男は相当酔っているようだ。店の中にいた獣人の女の子を抱き寄せつつ勝手に話し出す。
「こっちの男はフラーってんだ。オレとフラーはイヌミミ派なんだが、向こうのスボケとホジナシ、ズクタレの3人はネコミミ派なんだよな。今まで少数派だったが、お前さんが仲間っていうのは心強い、なんたって勇者だからなぁ……。まぁ、飲めや。」
参考までに、こちらでは16歳から飲酒は合法らしい。
話を聞いているとここは獣人を愛でる特殊な嗜好の人々のたまり場で、チートは仲間として迎え入れられたらしい。フェンリィはと言うと、フラーと言う男が連れていたイヌミミ獣人と話しており、
「えー、全然だめよ、もう早くってさぁ……なに、まだなの?もう押し倒しちゃえば……」
とか言っているのが聞こえる。飲んでいるわけでもないフェンリィの顔が赤いのはその話の内容のせいではなく、話がチートに聞こえて意味が伝わっていることに気付いているからかもしれない。一般の獣人の感覚では自分たちの会話は人間には理解できないのだ。
「あの、あっちの方は?」
「あぁ?ダラか、あいつはだめだ。」
「どうしてです?」
「あー、見ての通りあいつはイヌネコではなくてリザードマン嗜好なんだ。それに……」
アンゴは声を潜めて続ける。
「俺たちにはリザードマンの雌雄なんてわからねぇが、どうやらあいつは♂みたいなんだ。」
こうして実例を見ると、周りの目にチートがどのように映っているか理解できてしまう。確かにこれは避けられても仕方ないかもしれない。そうと分かれば、この場所に長居は無用である。
「あの、お水下さい。」
木の椀に入った水を受け取り、一気に飲んだチートはフェンリィに向かい
「フェンリィ、行こう。」
と呼びかけ、手を取ると店を出た。アンゴとフラーが
「お、おいっ。」
と叫んでいたが、酔っ払いが二人に追いつけるわけがない。
「やれやれ、でも帰り方がわからないなー。」
相変わらず怪しげな店の多いエリアを彷徨う。と、12歳くらいの少年を見つけた。どうも場所にそぐわない感じがするが、とりあえず酔っ払いよりはましであろう。
「えーっと、少年、少年。」
「なんだ、オレのことか?お前だって少年じゃないか。」
「それはそうだけど、キミはこの辺に住んでるの?」
「はぁ?お前誰だよ。」
エリアがエリアだけに、少年の疑問はもっともだ。
「あぁごめん、俺はチート。ちょっと迷ったんで道を教えて欲しくて。」
「そうか、オレはゴンタだ。」
そう言うとゴンタはすっ……と右手を出した。
「?」
チートは首を傾げる。
「何だよ、人にものを尋ねるのにタダでものを聞こうってか。」
いや、言おうとしていることは理解できるが、道案内の相場など知るはずがない。銀貨を出そうとは思わないが、銅貨1枚というのも少ない気がする。
チートは自分とフェンリィの分ということにして銅貨を2枚渡し、
「王宮前広場からの大通りに出たい。」と伝えた。
「あいよ、こっちだ。」
とりあえず銅貨2枚でよかったらしい。チートは知らないが、銅貨1枚でも何の苦情も出なかったに違いない。
ゴンタは込み入った路地をひょいひょいと抜け、少し広い通りに出た。
「チート様、こちらの方にシリアスさんがいます。」
「そうか、……ゴンタ、ありがとう。もう大丈夫だ。」
「ふん。」
ゴンタは今歩いて来た路地に戻っていった。フェンリィの言うとおり、間もなく3人と合流することができた。合流したころにはだいぶ暗くなってしまっていた。王宮へ帰ったのは午後9時前くらいの感覚だろうか。
「うーん、今日はいろいろあったなぁ。」
風呂に浸かり、ベッドに横たわる。怪しい店の出来事以前に、最近フェンリィとのキャッキャウフフは自重している。
「……すう。」
疲れもあったのか、ほどなく眠りについたチートであった。
「痛てて……。」
深夜、チートは腹の刺すような痛みで目が覚めた。痛い、只事ではない。
ヒールをかけてみるが一向に痛みは消えてくれない。
チートは這いずるようにしてトイレにたどり着いた。
シャーーーッ。
もう、どちらから出てるんだかわからない。いや、出ている方はわかるのだが、全く固形物が感じられない勢いでダダ漏れである。原因は、屋台の生野菜、それとも例の店で飲んだ生水だろうか。
水道水が飲めるような環境で育ったチートは、水に対する警戒をしていなかったが、当然気を付けるべきである。また、真夜中でなければシリアスがそれなりの治癒魔術をかけてくれたのだが、チートが籠っているなどと気づくはずもなく熟睡中である。
しかも、原因と思われる野菜・水ともに、摂取したのはチートだけなのだ。他のメンバーが気付くことはなく、結局朝までチートはトイレに籠りっぱなしとなった。
その後しばらく、王宮内では、トイレから唸り声が聞こえるという
「トイレのチートさん」
なる怪談が語られることになるのであった。