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勇者の失敗  作者: 林育造
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第1話 そのまま通過すると思ったんだ

 多田野チート( ただのちーと)は鹿島大学付属修忠高校に通う2年生である。いや、2年生で”あった”と言うべきか。なぜなら現在、どう考えても学校に向かうことができそうにない不思議な場所にいるからである。

 チートは先ほど、学校手前の商店街を抜けて大通りを渡ろうとしたとき、車道の手前車線に小さな白いネコが(うずくま)っているのを見つけた。そしてその車線の右向こうからは大型のトラックが走ってきていたのである。

 ここでチートはネコを助けに飛び出した……わけではない。チートのいた場所から飛び出して救助が間に合うとは思わなかったし、そもそもネコのいた位置から見て、トラックはネコをまたいで通り過ぎるだろうと思ったのだ。

 そのためチートは逆に、歩道上で一歩下がって登校する集団の後ろに回った。大丈夫だとは思ったが、万が一ネコが轢かれた時に何か飛び散ってきたら嫌だなと思ったのかもしれない。

 だが、トラックがちょうどネコの上を通過したあたりで、突然チートの足もとに黒い穴が開いた。それは「開いた」というより「できた」という感じで、チートはすとーんと穴の中に落ちて行ったのである。

 体感で10秒以上続いた落下が収まり、チートが気付くとそこは周囲が真っ白な部屋で、目の前には見かけチートと同じくらいの年齢に見える、長袖無地のネルシャツにジーンズという姿の少女が立っていた。

取り立てて美少女というわけではない。その姿は”クラスの委員長レベル”ではなく、”クラスの黒板係レベル”とでも言うべきものであった(全国の黒板係のみなさんの容貌を貶める意図はございません)。



「(-うわー、事態はテンプレっぽいけど、見かけはテンプレっぽくないなぁ-)」と思いつつ、チートは目の前の人物が神なのだろうと直感した。だが、目の前の人物については推測できても、自分がなぜここにいるのかは理解できない。そんなチートの第一声は

「…あ、えーっと。俺はなんでここにいるんですか?」であった。

そんなチートに

「うん、ゴメン。ちょっと手違いで引っ張り込んじゃった。でも、あんまり驚いてないみたいだね。一応表現上は君たちの言う『神』になるんだろうけど、ここは次元の間にある私の部屋。で、さっき君は白いネコがいるのを見たと思うんだけど、あれは私の依り代……というか分身?みたいなもので、潰れても私が痛いわけじゃないけどまた派遣しなおすのも大変なんで、念のため回収しようとして代わりに君を回収しちゃったみたい。」

ここで「テヘ。」というようなポーズや雰囲気でも付けていたら怒っていたかもしれないが、申し訳なさそうに―早口なので実際にはかなり焦っていたようだが―説明してくれた。なんとなく状況だけは理解できたので質問する。

「何でネコを回収しようとして俺が回収されるんですか?自分の分身なら呼べばいいだけでしょう?」

「あ……、うん。あの分身は派遣して長いんで、結構な自我を持っちゃっているから『戻って来い』的にはいかなかったんだよね。あと、回収時の座標の間違いについては謝る。でも、こことあそこは空間的に随分な距離があるんだよ。簡単だと思うかもしれないけど、君は長い棒の先に付けた針で、狙った足元の砂粒を正確に突けるとでも?」

言われてみればその通りである。足元の砂粒と言う比喩が正しいかどうかはともかく、宇宙空間で見ればネコや人間などごく小さな【点】でしかない。いくら分身で位置を把握しているからと言っても、遠隔地から正確に『掴む』のが難しいことはなんとなくわかる。が、それでもチートが落下中に修正したのか、例の白いネコも部屋の隅っこに回収されているようである。白い部屋の白いネコなので『いる』ことがわかるだけだが。

「はぁ、まぁいいや。でも死んだわけでもなく手違いでここにやって来たわけだから、帰してもらえるんですよね。」


チートが言うと、急に神の表情が暗くなった。


「え?まさか帰れないとか?」

「それがだね……。」


いわく、この場所は次元の狭間にあるため本来は絶対空間として静止している。だが、先ほど分身を回収しようとして地球の動きに合わせて動かしてしまい、そのため現在は結構な速度を持っているとのこと。速さで言うと秒速30kmほど(太陽系内の地球の公転スピードに相当するらしい)。動かしたのなら止めろよ、と突っ込んだら、崖の上で押して転がり始めた岩のようなもので無理、と返された。この速さの場所から、今は別の向きに運動している地球に安易に戻すと秒速30km以上の相対速度で叩きつけられることになり、トラックに轢かれるよりもっと確実にミンチになるという。

「それでも帰ってみる?」と言われて「はい。」と答える奴がいるわけがない。


「でも、帰れないわけじゃないよ。次に相対速度がほぼ0になったら必ず帰すからさ。」


「次っていつですか。まさか57億6000万年後とかいうオチじゃないでしょうね。」


「そこまで待つと太陽系そのものが無くなってるよ。大丈夫、多分だけどだいたい1年後くらいだね。で、結果的にはこっちに来た時間に戻れるよ。」


「なるほど、位置関係が元に戻るまでですね。で、そうなると俺は1年間なにをしていれば?」

 ここで神がテンプレそのものの美少女とかであれば、チートも健全な男子高校生である。「へへー、では1年間たっぷりもてなしてもらいましょうか。」とでも言っていたかもしれない。しかし、彼女?の容貌は幸か不幸か”クラス黒板係レベル”である(重ねて、全国の黒板係のみなさんごめんなさい)。

「1年間、ここで何もしないで待っているのもつまらないよね?で、さ。私が管理している世界の一つで、勇者の召喚を熱望しているところがあるんだけど、ちょっと勇者として行ってみる気はない?デスペナないようにするし、能力いっぱいつけるからさ。」


「え?そこからここへは1年後に戻って来れるんでしょうね。」

「もちろん、直接管理しているところだから同じように動いているし、能力もここで決定できるよ。どう?」

「そこはどんなところです?」

「俗にいう『剣と魔法の世界』かな。王国で『魔王を倒す勇者』を召喚したがっていて、神、まぁ私のことだけど、にずっと頼んでいるんだよ。付け加えるならば、関係者はみんな私よりは美人だよ。」

 そんな自虐ネタに突っ込みを入れるまでもなく、1年間このほとんど何もない部屋で黒板係と一緒にいることに比べれば、ペナルティなしで冒険に行く方が魅力的なのは言うまでもない。


「わかりました。行ってみます。」

「オッケー、それでは宜しく。能力はいろいろカンストレベルにしとくけど、シロを付けるからチュートリアルはシロに聞いて。それからシロは向こうの世界の人には見えないから、独り言をつぶやく危ない人と思われないように気を付けてね。」

 そう言われてチートは足元のあくびをしているネコを見た。

「シロって言うのか、宜しくな。」

と、頭を撫でようとしたチートはシロに思いっきり引っ掻かれた。

「…痛い…」

シロはチートをキッと睨むと

『トラックの前で蹲る私を見捨てようとしたくせに、馴れ馴れしくするんじゃないニャ!』と言う声が頭の中に響く。

チートは「ごめん」と言うしかなかった。結構な自我を持っているというのは本当らしい。


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