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闇に彩ふ  作者: 桐 暁
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結わう縁

 流が紅姫たちに付いてやってきたのは大きな屋敷を持つ敷地だった。

塀に囲まれた屋敷は奥が見えないほど大きい。

流はその大きな屋敷のそばにひっそりと建つ離れに案内された。

離れと言っても一般家庭の家と同じくらいの大きさだ。


「お邪魔します」

「遠慮しなくていいわよ。誰もいないから」


 パッパと靴を脱いで上がる二人の後に続いて、流は恐る恐る靴を揃えて玄関から入った。

非日常な出来事は非常に不本意だが、またあんな化物に襲われたらと思うと、何であれ化物を倒したこの二人から事情を聴く必要があった。


「ま、寛いでよ」


 案内された座敷で、置いてあった高級そうな座椅子にどさっと座った紅姫は、これまた高級そうな机を挟んで彼女の対面を示す。

さっとどこからともなく青年がふかふかの座布団を出してきてそこに引いた。


「失礼します」


青年に一礼してそこに座った流をふんぞり返った状態で見ていた紅姫は、既に立ち上がっていた青年に顔を向けた。


「コウガ、お茶」

「はい、ただいま」


流の座布団を用意した青年は座らず、この部屋に入ってきた襖の入口とは別の障子を開けながら返事した。

彼の向こうには広くてきれいそうな台所がうかがえた。


「足崩しなよ」

「ん、ああ。なんか緊張して」


頭をかきながら足を崩す。

初めて訪れる他人の家で胡坐というのも気にならないことはないが、同級生がふんぞり返っているのに、その前で正座というのも確かに変だ。


「千秋って意外と礼儀正しいのね」


 場もたせにかどうでもよさそうに話題を振ってくる紅姫に流は少し思案げに答える。


「あー、武道やってるからじゃないか」

「ふうん。なにやってんの?」

「古武術。知り合いが道場やってて、そこに昔から」


紅姫がどことなく納得したような顔をする。


「なるほどね」

「?」

「お茶が入りましたよ」


流が首を傾げたところに、紅髪の青年がお盆を持って現れた。

お盆の上には急須と湯呑、お茶うけが載っている。

お盆を畳の上に置くと、湯呑に綺麗な手つきでお茶を注ぐ。

それを流と紅姫の前に置き、流の前にはお茶うけも置かれた。

綺麗な菊の絵が描かれた湯呑と花の形をあしらった和菓子は、普段男子高校生が接することのないものだ。


「あ、どうも」


 隣の大きな屋敷と言い、そこかしこに見られる品のいい調度品といい、どこか敷居の高さが垣間見られる菊理家でのおもてなしに再び緊張が舞い戻る。

正座しなおして頭を下げれば、青年は秀麗な顔を微笑ませた。

遭遇してからの態度で、時代錯誤にも彼が紅姫の使用人的立場にあることはわかっていたが、その雰囲気からもどこか高貴な生まれを想像させる人だ。


「足崩していいって。それにそんなにコウガにかしこまんなくていいわよ」

「いやでも、年上の人に世話してもらって……」

「かまいませんよ。俺は紅姫のしもべ。紅姫の客のもてなしは俺の仕事ですから」

「……」


時代錯誤どころか、なんか不穏な言葉がまた聞こえた気がした。


「そういえば紹介がまだだったわね。こいつは草木紅雅くさきこうがよ。

それから紅雅!千秋は客じゃないわよ。私が飼うことにしたんだから」

「いや、飼われないから!」

「だってついて来たじゃない?」


 何をいまさらとでも言いたげな紅姫に、流は頭を抱えたくなる。


「オレは説明してほしくてついて来たんだ!」

「飼われた方があんたの為でもあるのに」


不満げに唇を尖らす紅姫。

流は頭が痛くなってきた。


人が人に飼われるって何?

というか菊理ってこういうやつなのか?


普段、教室で物静かに本を読む知的美人像ががらがらと崩れ去る。

いやとっくに崩れたものが砂になって、ざーっと風に飛ばされていく感じだ。


「いいわよ、説明してあげる。それ聞いてから決めたらいいわ。

決定権はあんたにあげる」


肩をすくめて相変わらず偉そうに言う紅姫に流は方をがっくりと落とした。

なんか次元が違う。



――――


「あんたが遭遇したのは、『あやかし』と呼ばれるモノよ」


 紅姫は机に付いた湯呑の水分で指を濡らし、机の上に『彩禍』と書く。


彩禍あやかし

「そう、彩られたわざわい。人に仇なす存在よ」


確かにあれは目に鮮やかな青色だった。

鮮やか過ぎて逆に毒々しい感じがするものだった。


「あれは、怨霊みたいなものよ。

人間とかの情念が固まってできたモノ、と言われているわ」

「なんであんな鮮やかな色なんだ?」


人間の情念。

それが喜びや楽しさなどの綺麗な感情なら分からなくもないが、アレはそんな綺麗な感情には思えなかった。

不吉で、まさしく怨念の塊のような存在。


「さあ。なんでかなんて知らないわ。

どもやつらはその感情の基を示すような色をしてるわ。

たとえば青なら悲哀、赤なら怒り、黒なら憎悪って感じにね」


彩禍を相手にしている紅姫にもわからないことなのか、面倒くさくて調べる気もないのか。

言い方からしておそらく後者だろうと見当をつける。


「そして、その彩禍を染料にして布を染めるのが、私たち染物師そめものしの仕事よ」

「そめものし?」

「絞って、染めて、解いて、伸ばす。これはうちのやり方だけど。

やつらを効率よく浄化するのが、染料にすることなのよ。

色を抜いて布帛ふはくに染め付けると、彩禍は消滅する。

だから私たち彩禍退治をする者は染物師と呼ばれる。

わかりやすく言えば、悪魔退治のエクソシストとかと一緒。

まあ相手が違うけどね」


淡々と述べながら合間にお茶を啜る紅姫をよそに、流は情報を整理するようにぼうっと湯呑の中を見つめた。

最初の一口以降手をつけていないお茶はもう湯気が立っていない。


「その……染めた布はどうするんだ?」


 布を染めるのが唯一の対抗手段だとして、その布はどこへ行くかは疑問だった。

流が遭遇した青い彩禍の布は紅雅が筒状のものにくるくると巻きつけていたな、と思い出す。

あのようにまとめた布がどこかに大量にしまわれている様を思い浮かべてぞっとした。

人外の化物で染めた布が一か所にまとめられていたら、それは恐怖以外の何物でもない。

もしその布から一斉に彩禍が抜け出るなんてことがあったら、と背筋が凍る思いだ。


「布?売るのよ、もちろん」


 流の思案などまったく知らないと言うように、紅姫は拍子抜けするほどあっさりと答えた。

その答えは答えで流の眉を顰めさせる。

紅姫が紅雅の名を呼ぶと、彼女の後ろに控えていた紅雅はどこからともなく先ほどの彩禍で染めた青い布を取り出した。

それはまるで反物のように――いやまさしく反物だった。

紅姫が彩禍を倒した直後に広げていた時は手ぬぐいサイズだったのに、どんな手品か今では着物が一着作れそうな量になって、筒に巻かれていた。


「これ、さっきの?」


思わず訝しげに尋ねた流だが、紅姫は当たり前でしょ、と返す。

机の上にぺらりと布を広げる。

布の端に紅い菊の紋があるのが目を引いた。


「これは『悲哀の夏空』。

深みのある青に、浮かぶ白い光輪とちぎれた雲。

等級としては松の下ってとこかしら」


まさしく紅姫が説明したような絞りの模様が布には描かれていた。

布の名前らしきものにも納得だ。


「その等級っていうのは?」

「もちろん布の質よ。模様と色で決まるの。

模様は染物師の腕を表すし、色は彩禍がどれだけ人を喰ったかがわかる。

食った人数が多ければ多いほど、色に深みが出るの。これは15人ってとこね。

まあ松の下が妥当じゃない」


 ヒヤリとすることを微笑んで述べる紅姫に、うなずくしかない。

会話の齟齬くらいなんだ。

今まさしく異次元に迷い込んだ気分だ。


「あいつは……人を食べるんだな」

「えぇ、そうよ」

「そんなので染めた布を買う馬鹿がどこにいるんだ!?」


流は思わず怒鳴る。

そんな話が信じられるわけがない。


「世界中に。

上流階級に『菊理の染物』は有名なの。うちのブランドは高級品よ」

「知らないやつらに売りつけてんのか!?」


さらに詰るように声を荒げれば、紅姫は鼻で笑って一蹴する。


「知ってるわよ。

買ってるやつらはみんな知ってる。

自分たちが身に纏うために買う布がどうやって出来たかをね。

人を喰ったバケモノを殺して染めた布だってことを、ね」

「!!」


驚愕で言葉の出ない流に追い打ちをかけるように、紅姫は嘲笑しながら言葉をつづけた。


「私たちが売る布に等級をつけたのだって買い手よ。

私たちは昔から人を襲う彩禍を退治してるだけ。

それに値を付けたのは買う側の人間。人を多く喰らった彩禍ほど高値になるようにね。

私たちはそのビジネスに乗っただけ。生活するにはお金が必要だし」

「そんな……」


流はさっきから言葉も出ず、顔を青ざめさせた。

人の死に関わった布に高値を付けて買う人間が、大勢いるということがショックだ。

そんなの人を殺すのにお金を払っているようなものだ。


「昔は純粋に依頼を受けて彩禍退治してたんだけど、最近は存在を知らない人間が増えて需要も減ってきたしね。今では販売の為に、彩禍退治してるようなものよ」


紅姫は湯呑を横へずらす。

中は空となっていた。

流が茫然としている間にか用意していたらしい湯気のたつお茶を紅雅が注ぐ。


「さて。それで次はあんたのこと」


 はっとしたように流は顔を上げる。

そうだ。自分も関係があるということで、飼うだなんだという話につながったのだ。

自分がおぞましい布や化物に関わっているなど、思いたくもないが。


「あんたはかんなぎ。ようは巫女よ」

「み、巫女?」


先ほどまでのおぞましいビジョンが消されて、脳裏に白い着物と紅い袴の女の子が銃を持ったアニメ絵が浮かぶ。

クラスの友人が持っていた巫女のアクションアニメのDVDのパッケージだ。

やたらと短い袴とかわいらしさを前面に押し出した絵に物騒な銃が印象に残っていた。


「巫女の男バージョンよ。

覡や巫女はその身に神降ろしができる者のこと」

「神だって?」


アニメの巫女を頭から追い出し、流はふうと息を吐く。

化物の次は神かと、話の突飛さにだんだんついていけなくなりつつある。


「最近は神降ろしができるほどの者はいないけど。そういう人間は彩禍の影響を受けない」

「もしかして……だから」

「だから、あんたはあの彩禍の攻撃を弾いた。

なんと覡はさらに役に立つのよ」


にやにやとまさに悪人面で続ける紅姫に微笑んだままの紅雅。

流は自分がどこかの悪徳商人に捕まったような気分だった。


「覡はセンサーなの。一回引っかかるとそれを覚えて、いつでもやつらを見つけるようになる。

あんたは彩禍専用センサーよ!」


びしっと人差し指をさされて言われた言葉にぽかんと口を開ける。


「反応なし?つまんないわね。

覡は神の依代だから、清浄な気を持っていて彩禍の影響は受けないし、よほどでない限り彩禍に襲われることもない。

でも万が一彩禍に遭遇すれば、その異物感を覚えて近くにいればわかるようになるの。

記録によれば、だいたいの覡は半径500mくらいまでなら感知できるみたいね」

「それが、オレ?」


にっこりと笑ってうなずかれても嬉しさのかけらもない。

うなだれそうになる流を楽しそうに見ながら、紅姫は説明を続ける。


「でも覡に戦う術はない。攻撃を撥ねつけることができても、追い払ったり倒したりはできない。

もちろん彩禍が周囲の人間を襲うのを止めることもできない。

だから昔から覡や巫女は染物師と手を組んできたの。

センサーになる代わりにその身や周囲を守ってくれる染物師とね」

「俺もその覡とかいうのになったってことか」

「なったっていうのは正しくないわ。

覡や巫女は生まれつきのものだから。

でも彩禍に出くわさなければ一生平穏に暮らせたかもしれないのは確かね。

あんた相当運が悪いのね」


紅姫はくすくすと笑うが、流には他人事ではない。


「オレはじゃあ、これから一生あの化物に付きまとわれるのか」


茫然とつぶやいた言葉にも打って響くように紅姫は答える。

彼女は人が落ち込んでいるというのに、ずいぶんとこの状況を楽しんでいるようだ。


「付きまとわれるわけではないけど、あんたが彩禍を感知し続けるのは確か。

もし近くで彩禍が人を襲ってても、あんたには助ける力はない。

自分が標的にされても、そいつが他に狙いを定めるまで逃げるしかない。

だから言ったでしょ?私に飼われなさい、って」


 ようやく最初に話が繋がった。

ここまでの説明なしに、飼うとか暴言を吐く紅姫はかなりの暴君だ。

このしばらくの間に分かっていたことだが。

流はぐるぐると脳内をまわし、情報を整理する。

とにかく短くないこの時間の中でわかったことがある。

もう、今までの日常には戻れないということだ。


「菊理と手を組めば、とりあえず安全は守れるし、あの化物が人を襲うのも防げるってことだな」

「いろいろ語弊があるわ。私はあんたと対等のつもりはな……」

「紅姫」


そこで初めて、紅雅が彼女の言葉を遮った。

まるでいないもののように今まで黙っていた彼の呼びかけに、紅姫はしばらく彼を睨んだ後、流に視線を戻す。


「ええそうよ」


それまで雄弁に語っていたのに、紅雅に邪魔されたのがそんなに気に食わないのか、憮然と言葉みじかに返事をした。

それに対し流は、うんとうなずくとまっすぐ紅姫に視線を合わせた。

この短くない時間の中で遭遇したこと、染物師と彩禍のこと、自分が何か、わからないことも多いし、怒涛のごとく事が起こったせいか、非日常に足を踏み入れた実感もまだあまり湧かない。

それでも決意したことがあった。


「わかったよ。オレは菊理の覡になる」

「……交渉成立ね」


まだ若干不満そうだが紅姫はそう呟いてから、冷めきったお茶に手を伸ばした。

夜が開けようとしていた――。





絞って、染めて、解いて、伸ばす。

結わうは彩禍かその縁か。

染物師と覡の物語はまだ始まったばかり。

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