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恋しくて苦しくて2

作者: ホロ

 彼女の病室を出てからはいつもと変わらないただの日常だった。家に帰ればご飯やお風呂が準備され雑音のように響き渡るだけのテレビがそこにはある。俺にとっての日常と彼女にとっての日常はきっと違うのだろう。それぞれ同じようで違った日常を過ごしているのだろう。だけど、同じ一日を過ごしてる。だから、彼女の日常がどうしてこんな事になってしまったのか俺は知りたかった。そうして、俺は翌日も彼女の病室を訪ねる事にしていた。


 重いとも言えないドアを横にスライドさせると昨日と変わらない空間がそこにはあった。そこに横たわったままの彼女と他には誰もいない空間だった。

 響き良く言えば二人きりという空間だが、それは一緒にいる人によって、光り輝くものにもなれば、どす黒い闇のように感じる人もいるだろう。俺と彼女の二人きりはきっと真っ白だと思っていた。「虚無」っというものが適切なのかもしれない。何も知らない者どうしが「縁」というものだけで今ここにいる。だからまだ何色にも染まらない空間。俺はそんな事を考えながら漢書の横に座っていた。

 30分くらいたっただろうか、「すぅ~」っと息を吐くのと同時に体を動かそうとした。布団が邪魔で体勢を変えることはできなかったが、確かに彼女は動こうとしていた。

「・・・・・」

声を掛けようとした。けれど、今更だが、今の彼女になんと声を掛けたらいいのかわからなかった。起きていれば「なぜ」で済んだ事だが、手を伸ばしてあげられるような言葉を考えてはいなかった。

 結局俺は彼女に声を掛ける事が出来ないままに、座りなおしてしまった。しかし、かける言葉が無い代わりに、話したいことはあった。だから、代わりに目覚めない彼女に俺はその話をすることにした。

「退屈は人を殺すことができるって誰かが言っていた事は知っている?俺は誰が言ったかは知らないけれど、その通りだと思う。だけど、退屈過ぎるからと言って、実際に刃に襲われて死んだりなんかは無いんだ。そこの『死』ってものは自分が消えていく事で、世界の中で自分が必要ない、いらないものなのだと思うようになって、いつか空気のような存在だと思うようになる。そうして、生きているのかもわからなくなるように生きているようになる。モノクロ映画の中の自分を見ているような、薄っぺらい自分しか無い」

 俺は漠然と抱えていた気持ちを話していた。一人ごとのようなものだった。何かが変わるわけじゃいけど、誰かに話をすると気持ちに少し余裕ができるというものなのだと思った。だから、つい余計に喋ってしまう。

「でも、君があの日に俺の横に来て、飛んだ時、目があった気がしたんだ。それから俺の退屈な日常に色が付いた気がする。まぁ、立派なものじゃないし、良く分からないけど。あの時、君は死のうとしたのかもしれないけど、君は俺を生き返らせてくれた。脳みそにやっと血が通ったようにいろいろな事を考えられる。自分に呆れるような事ばかり気がつかせてくれるけど、ただの背景から人間に戻してくれた。ありがとう」

 話しながらなんでこんなにも彼女の事が気になったのかわかった。彼女のおかげでっと言える事があったし、俺にとって彼女の存在は創造主にあたるのかもしれないっとまで言うと言い過ぎかもしれないけれど、大きな存在にあの瞬間なっていたのだと気が付いた。

「君はなぜ、飛んだの」

 自然と聞いていた。眠っている彼女に向かって。

 返ってこないこない答えをただ俺は静かに待っていた。それしかできることはない事がわかっていたから。


「聞いて」


俺は突然の声に、彼女を見た。そこには目を少し開けた彼女がいた。

「大丈夫」

とっさに出た言葉はそんな言葉だった。

「大丈夫。聞こえてた」

驚いている俺に彼女の言葉の意味がすぐには理解できなかった。油断していると聞き逃してしまいそうになる彼女の声に注意して耳を傾けた。

「あなたの話は聞こえてた。起きてたから」

ようやく理解できた。彼女はとっくに目を覚ましていたのだ。しかし、彼女は目を閉じていたのだ。

「どうして」

いろんな意味を含んだ言葉になってしまった。

「それはどの事を聞いているの。飛んだ事?起きなかったこと?」

どちらとも聞きたい事ではあった。しかし、とっさに口を出た「どうして」は、目を覚ましていたのに起きなかった事に対してだ。

「どうして、起きなかったんだ」

動揺している俺には気のきいた言い回しなどできずにただ端的に聞いていた。

「聞いてどうするの」

彼女の言葉は意外だった。怒っている訳ではなさそうだった。

「どうもしない」

少しずつ落ち着いてきた。どう答えるべきなのはわからないながらも、そのままの応えを返していた。

「本当に」

その声はただの人形のようだった彼女の声とは少し違った、女の子の声になっていた。

「本当に」

その声色から彼女がまだまだ弱い女の子に間違いない事を思うと、さっきまで見つからなかった、差し出してあげたい手のような気持ちを持てるようになれた。

「じゃあ、誰にも言わないで」

「親にも」

どうしてっと聞き返したい気持ちを押し殺して、それだけを聞いた。

「そう」

小さくうなずきながら言った彼女の言葉に、

「わかった」

そうとだけ返して、俺はまた彼女が何かを言いだすのだろうかと思いながら黙っていた。


 それからはまた沈黙の空間に戻った。彼女からは何も言わず、俺からも欠ける言葉はわからずただ今はゆっくりさせてあげたいっと思う方が強かった。この時の二人っきりはさっきまでの「虚無」という感覚とは違い、人間が二人ちゃんといる事が感じられた。この空間にも色が付き始めたのだと思う。まだ薄くてわからないけど、静止していた映像がゆっくり始まるような空間になっていた。


 それから、少しして、俺は席を立とうとした。目を閉じている彼女は眠っているのか、目を閉じているだけなのかわからなかったけれど、静かにいなくなろうとした。

「また来て」

この静かな空間なら誰かが動いたのなど簡単にわかるのだろう。目を閉じたままの彼女が俺にそう言った。未だ起きているか眠っていのかわからない彼女に、

「かしこまりました」

眠り姫にかしずくように答えた。


まだ、この先を書いていきます。

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