『Blue Blue Rain』 ――蒼雨の街で、君を抱い
摩天楼を包む雨は、いつも青く見えた。
深夜二時。
眠らない街のネオンが、濡れたアスファルトに滲んでいる。
高層ビルの隙間を吹き抜ける風は冷たく、
まるでこの街そのものが、人間の心を拒絶しているみたいだった。
「……本当に行くの?」
女が、小さく呟いた。
俺は煙草を咥えたまま、振り返らない。
「行かなきゃ終わらねぇ。」
「終わらせなくてもいいじゃない……。」
その声は震えていた。
雨のせいか、
それとも涙のせいか。
名前は蒼井レイ。
この街で“夜”を売って生きていた女だ。
そして俺は、
組織の汚れ仕事を請け負う男だった。
出会うはずのない二人。
愛してはいけない二人。
だからこそ、
惹かれたのかもしれない。
初めて会った夜も、雨だった。
古びたバーの片隅。
レイは男に殴られていた。
借金取りだった。
細い肩を掴まれ、
髪を乱され、
それでも彼女は笑っていた。
「平気ですから。」
そんな顔で笑う女ほど、
壊れやすい。
俺は気づけば男を床に沈めていた。
それが始まりだった。
それから俺たちは、
傷を隠すように抱き合った。
レイはよく言っていた。
「この街って、獣ばっかり。」
確かにそうだ。
金。
欲望。
裏切り。
暴力。
誰もが何かを奪い、
何かに怯えている。
愛なんて、
この街じゃ弱点でしかない。
だが――。
それでも、
レイの隣にいる時間だけは、
俺は人間でいられた。
狭い部屋。
古いソファ。
安いコーヒー。
窓を叩く雨音。
そんな何でもない時間が、
どうしようもなく愛しかった。
「ねぇ。」
ある夜、
レイが俺の背中に額を当てながら言った。
「もし普通に出会ってたらさ。」
「……あ?」
「私たち、幸せになれたかな。」
答えられなかった。
普通なんて、
最初から持っていない。
俺たちは、
生まれる時代も、
生き方も、
間違えた人間だった。
だが、
愛してしまった。
それだけは本当だった。
――その日。
組織がレイを狙った。
理由は簡単だ。
“俺の弱点”になったから。
雨の高速道路。
黒いセダン。
響く銃声。
砕け散る窓ガラス。
レイは助手席で震えていた。
「ごめん……。」
俺が呟くと、
彼女は泣きながら笑った。
「バカ……。」
赤信号を突っ切る。
追ってくるヘッドライト。
サイドミラー越しに見える殺意。
もう逃げ切れない。
俺にはわかっていた。
だから、
最後の交差点で車を止めた。
「降りろ。」
「嫌……!」
「行け。」
「一緒に行く!」
俺は初めて、
レイを怒鳴った。
「生きろ!!」
沈黙。
雨音だけが、
世界を埋め尽くす。
レイは唇を震わせながら、
何度も振り返った。
まるで、
見えない絆を確かめるみたいに。
その背中が、
痛いほど愛しかった。
俺は煙草を捨て、
銃を握る。
遠ざかる彼女。
近づく敵の車。
ネオンに滲む青い雨。
――あぁ。
まるで、
お前の涙みたいだな。
「……サヨナラだ。」
それが、
最後の優しさだった。
直後、
夜を裂くように銃声が響いた。
雨は朝まで降り続いていた。




