第1話「10トンの質量と、雨の日の絶望」
※本作は、作者の妄想プロットを元に、文章生成AI(Gemini)と共同制作した実験小説です。
誤字脱字や、たまに暴走するAIの描写も含めてお楽しみください。
ワイパーが、重苦しい雨を乱暴に弾き飛ばす。硬化したゴムがフロントガラスを擦る「ギュッ、ギュッ」という単調な音が、薄暗い運転席にひたすら響いていた。
時刻は午後五時を回ったところだというのに、分厚い雨雲に覆われた空はすでに深夜のように暗い。十一月の冷たい雨が、容赦なくアスファルトを打ち据えていた。
三日間の長距離運行。パーキングエリアの狭い寝台での細切れの仮眠で繋いできた体は、とっくに限界を迎えていた。シートに沈み込む腰は鉛のように重く、肩甲骨のあたりには鈍い痛みが張り付いている。気休めに何缶空けたかわからないブラックコーヒーの空き缶が、助手席の足元でカラカラと空虚な音を立てていた。カフェインなど、泥のように濁った頭にはもう微塵も効かない。
それでも、座席の下から響くディーゼルエンジンの低い振動を感じながら、男は大型のハンドルを握る手に力を込めた。
「……あと少し。あと三キロでセンターだ」
無意識に漏れた独り言とともに、サンバイザーにクリップで留められた小さな写真へ、チラリと視線をやる。
色褪せた写真の中で笑っているのは、妻と、四歳になる娘の結衣だ。
「待ってろよ、結衣。明日の保育園の運動会、パパが一番前でビデオ回してやるからな……」
『パパのお仕事がんばってね、気をつけてね』
三日前の朝、玄関で小さな手を振って送り出してくれた娘の甲高い声が脳裏に蘇る。明日の休みのためなら、この程度の疲労はどうってことはない。荷下ろしを終えてトラックを車庫に入れれば、明日は久しぶりに家族三人で過ごせる。
ふっと頬が緩んだ、その一瞬だった。
蓄積された疲労と、家族への愛おしい思いが引き起こした、ほんのわずかな意識の空白。
ハッと前を向いた時、雨のベール越しの信号機は、無情にも『赤』を示していた。
「――ッ!?」
ここは交差点だ。歩行者側の信号は青。
雨の夜の最悪の視界の中、トラックの明るいヘッドライトが、横断歩道のど真ん中にいる『それ』を照らし出した。
傘も差さず、フードを被って雨に打たれながら歩く高校生。その顔は、下から不気味な青白い光に照らされていた。歩きスマホだ。イヤホンでもしているのか、巨大なトラックが接近していることに全く気付いていない。
「うそだろッ!!」
全身の血が瞬時に凍りつき、心臓が喉から飛び出しそうに跳ね上がった。咄嗟に右足を浮かせ、エアブレーキのペダルを親の仇のように全力で踏み込む。
プシュウゥゥッ! という激しい排気音とともに、ABSがガガガガッと床を叩くように作動する。シートベルトが胸に食い込み、車体が前のめりに沈み込んだ。
しかし、止まらない。
雨に濡れた摩擦係数の低い路面と、後ろの箱に満載された十トンの荷物の巨大な慣性。物理法則はあまりにも無情だった。
鉄の塊は、絶望的なスローモーションのように、ロックされたタイヤから白煙と水しぶきを上げながら横断歩道へと滑っていく。
フロントガラス越しに見える高校生との距離が、十メートル、五メートル、三メートルと縮まっていく。青白いスマホの光に照らされた、驚愕に見開かれた目。
(終わった)
ドンッ、という重く、そしてひどく生々しく鈍い衝撃が、ハンドルを握る両腕から全身へと抜けた。
十トンの質量が、間違いなく生身の人間を撥ね飛ばした感触。
「あ……ああっ……!」
トラックが完全に停止する。
響くのは、無機質に動き続けるワイパーのモーター音と、アイドリングのエンジン音、そしてルーフを叩きつける激しい雨の音だけだった。
終わった。
男の頭の中が真っ白になる。人を殺した。業務上過失致死。手錠。逮捕。懲戒免職。数千万円という損害賠償。ニュースで報道される会社名。元請けからの取引停止。そして、二度と会えなくなる娘と、泣き崩れる妻の顔――。
プロのドライバーとして、絶対に越えてはならない一線を、自分の不注意で越えてしまった。明日の運動会は、もう永遠にやってこない。
ガタガタと痙攣するように震える手で、パーキングブレーキの小さなレバーを引く。プシュッ、とエアタンクから空気が抜ける音が、やけに鼓膜に響いた。
ドアを開けると、冷たい冬の雨が容赦なく吹き込んでくる。高い運転席からステップへ足を掛けるが、膝の力が完全に抜け落ちており、男はアスファルトの水たまりへ転げ落ちるようにして車外へ出た。
手のひらを擦りむいた痛みも感じない。
「す、すいません! 今、救急車を……っ!」
裏返った声で叫びながら、ふらつく足でフロントバンパーの前に回り込む。
見たくない。十トンの鉄塊に轢き潰された人体など、絶対に見たくない。だが、確認して一秒でも早く救護しなければならない。それが加害者としてのせめてもの義務だ。
しかし。
「……え?」
雨の夜の闇を切り裂くヘッドライトの光。その前に広がる光景に、男は息を呑んだ。
トラックのフロントバンパーは中央から無惨にひしゃげ、FRP製のフロントグリルは粉々に砕け散っている。左側のヘッドライトのカバーも割れ、十トンの慣性が生み出した破壊の爪痕がくっきりと残されていた。
だが、肝心の『被害者』がいないのだ。
「うそだろ……? どこだ、どこに飛ばされた!?」
狂ったように周囲を見渡す。道路の端、歩道の植え込み、横断歩道の先。どこにも人が倒れている気配はない。
まさか。
男はバンパーの下を覗き込んだ。車高の高いトラックだ、衝撃で車体の下に巻き込んだのかもしれない。ポケットから自身のスマートフォンを取り出してライトを点灯させ、泥水が跳ねる路面に四つん這いになって這いつくばり、車体の下を照らした。
いない。
油まみれのプロペラシャフトにも、巨大なデファレンシャルギアにも、後輪のダブルタイヤの間にも、誰も挟まっていない。
それどころか、肉片一つ、衣服の繊維一つ、血の一滴すら付着していないのだ。
おかしい。あれだけの衝撃があったのだ。フロントがあれほどひしゃげているのに、生身の人間が無傷で立ち上がり、歩いて立ち去れるはずがない。
パニックになりながらトラックの周囲を這いずり回った男の視界に、ふと、奇妙なものが飛び込んできた。
横断歩道の白線の上。トラックの真正面、わずか数メートル先の水たまりの中だ。
「……スマホ?」
画面がひどくひび割れたスマートフォンが落ちていた。バックライトが青白く発光しており、激しい雨粒に打たれながらも、何かのメッセージアプリの画面を表示し続けている。
そのすぐ横には、持ち手がちぎれた黒い手提げバッグが転がっていた。中からプラスチック製のペンケースやノートが半分飛び出し、雨水を吸って無惨にふやけ始めている。
間違いない。先ほど、歩きスマホをしながら横断歩道を渡っていたあの高校生が手に持っていたものだ。
しかし、ひどく奇妙だった。
スマホと手提げバッグはここにあるのに、彼が背負っていたはずのリュックサックが見当たらない。靴の片方も落ちていない。
そして何より――人間だけが、跡形もなく消え失せていた。
「なんだよ、これ……。どうなってんだよ……ッ!」
男は冷たい雨だまりの中に膝をつき、泥まみれの手で頭を抱えた。
人を撥ねたのに、人間だけが消える?
そんな馬鹿なことがあるわけがない。自分の頭が疲労でおかしくなったのか? 恐怖と混乱で過呼吸気味になり、視界が明滅する。
遠くから、事故の音を聞きつけた誰かが通報したのだろう。ウゥゥゥゥ、というパトカーの不吉なサイレンの音が、雨音に混じって近づいてくる。
男は、アスファルトの上で無機質に光り続けるスマホの青白い光を見つめながら、ガタガタと震え続けることしかできなかった。




