声
本当にここだけの話だけれど、僕は自分の関節の声が聞こえるんだ。嘘に聞こえるかも知れないけど、本当だよ。
例えば僕が体育の授業でボールを投げる時、右肩が「頑張りましたな」って言ってくれたり、左足首が、「ふん、君は重いから、踏ん張るときいつも大変なんだ。もう少し僕たちのことを考えてくれないかな」と嫌味を言ってきたりする。左足首は結構嫌味な奴で(自分の体の中で嫌味って言っていいのか分からないけど)僕は言われるたびに口をつぐむ。
でも、左足首が僕に対して強く当たる理由も僕にはわかってるんだ。僕は小学校に入る前、おばあちゃんと遊んでいるときに、うっかり転んで左足首を捻挫したことがあってね。その時に左足首が初めて「痛い」と叫んだのを聞いたのが、僕の関節の声を聴く最初のきっかけなんだ。その時は偶然怪我をしちゃったんだけれども、痛い思いをさせられたら誰だって嫌な思いはするよな、って思う。だから左足首が強く言うのは仕方ないことだと思う。
でも、関節の声が聴けることを別にして、僕は結構普通のやつだと思う。パパとママも優しいし、おじいちゃんとおばあちゃんも怪我の後から僕に対してとても甘くなった。僕はよくおばあちゃんからウエハースのチョコなんかをもらって食べるんだ。
そのせいか、僕は学年のほかの子に比べて大分発育がいいといいうか、控えめに言っておデブだ。でも、運動をしようとすると左足首の捻挫を思い出すから、あんまり運動は得意じゃない。だから、学校のクラスの中で僕はずっと本を読んで過ごしている。本を読むと自分がなれない魔法使いや剣士や、いろんな人の気持ちが分かるから、ずっと読んでいられる。
そんな僕に、最近親しく話す女の子がいる。隣の席に座っている恵ちゃんだ。恵ちゃんは運動があんまり得意じゃなくて、眼鏡をかけていて、本が好きな女の子だ。だから僕たちはお互いの好きな本の話をよくする。本の貸し借りとかだってする。恵ちゃんの本を借りて家に持って帰るとき、妙に気恥ずかしくこそばゆい気持ちになったりもする。
僕は恵ちゃんが気になっているけど、そんな自分を発見して、げっ、ていう気持ちになる。だって僕は小学三年生で、男子で、女の子が好きっていうのは、もう少し大人になってから知りたいというか、本で読んだ言葉を使うなら、なんとなくはしたないように思うんだ。でも、恵ちゃんが他の男子と話しているのを見ると、なんだか胸がむずむずする。小学三年生には小学三年生なりの悩みだってある。
ある日、僕は体育の授業でへまをしてしまう。その日の授業は跳び箱だった。先生に名前を呼ばれて、僕は自信がないから情けなく返事をして、跳び箱の前に来ると、ふと横で同じように授業を受けてる恵ちゃんと目が合って、僕は柄にもなく恵ちゃんにいいところを見せようと思ってしまった。
先生の吹く笛に合わせて僕は跳び箱に向かって走り出し、ロイター版に飛び乗った瞬間、僕の体重でロイター版がずれてしまって、僕はその場でずっこけてしまった。それを見ていたクラスの皆は僕のこけっぷりでクスクス笑っていた。恵ちゃんだってくすくす笑っていた。僕は恥ずかしくなって、先生が「大丈夫か」って言うのに言葉少なに「大丈夫です」って返して、保健室に行くことになった。
僕が保健室に行くと、たまたま保健の先生がいなかった。こういう時は確かクラスの保健委員会の子が来るはずだから、僕はそれまでじっと待っていた。そんな中、僕の左足首が「やれやれ、君は気になる子に見栄を張りたくて怪我しそうになって。バカなんじゃないかな。痛めつけられる僕らの身にもなってほしいのだけど」と嫌味を言ってきた。あんまりな言い方に僕はむっとなって「頑張ることはいいことじゃないか。今回はだめでも次はうまく…」
「どうしたの?」と声がしたので振り向くと、恵ちゃんが保健室の中にいた。僕は慌ててしまった。
「あ、えっと、何でもないんだ。恵ちゃんはどうしてここに?」
「私が保健委員だからだよ」と恵ちゃんは苦笑した。「でも、君が一人で喋っているから何事かと思っちゃった」と恵ちゃんは言う。
僕は苦笑いする。
「そ、そんなこともあるよ」
「ふうん」
と恵ちゃんはなんとなく納得のいかない顔をして、それでも傷の手当をしてくれる。
そうそう、言い忘れたことだけれど、僕の関節の声は僕以外には聞こえないし、秘密にしている。だって、なんとなく関節がしゃべるっていうのを話すのは、僕がおかしく思われる気がするからだ。だから家族にも、学校の友達にも、もちろん恵ちゃんにも話していない。
話が前後した。とにかく僕は恵ちゃんに手当をしてもらって(幸い怪我はなかった)体育の授業に戻った。ずっこけたのは痛かったし恥ずかしかったけど、恵ちゃんに心配してもらったのはうれしかったし、手当に手が触れあったのも、気恥ずかしかったけど、ちょっと心が動いた気がする。
そんなことがあったからかどうかわからないけれど、その夜僕は、僕の関節たちが愛しあっているのを聞いてしまう。
僕が布団に入ってしばらくすると、ひそひそ話す二人がいる。誰だろうと耳を澄ませていると、どうやらそれは僕の右ひじと左ひざらしかった。
「今日の体育の授業、左ひざさんは怪我していないかい」
と右ひじが心配すると、
「私は大丈夫よ。それよりあなたの方が心配だわ」
と左ひざが返す。そのままなんだかお互いをずっと気づかい合っている。こういう時僕はいったいどうしたらいいんだろうわからず黙っていると、右ひじが言ったんだ。
「左ひざさん、君とお風呂で一瞬だけ、とかじゃなく、いつでもしっかり寄り添ってみたいな」
「私もよ、右ひじさん。でもこればっかりは私たちの体の主の問題だから」
僕はそれを盗み聞いて、なんだか悲しくなってしまった。だから僕は殊更明るい声で、
「なんだか目が覚めちゃったな。もう一度寝ないとな」って言ったんだ。そうしたら右ひじと左ひざの会話は聞こえなくなった。罪悪感はあったけど、僕はそのまま寝ることにしたんだ。
翌朝、僕は目覚めると、試しに右ひじと左ひざをくっつけようと頑張ってみた。でも、僕の大きなお腹がじゃまで、全然くっ付けることはできなかった。
僕は右ひじと左ひざに、ごめん、と思った。僕のせいでくっつけなくて、ごめん。
でも僕はそれと同じくらい、自分の体同士が好き合っているのを知って、なんだか気恥ずかしくなった。だって好き合うなんて、愛し合うなんて、もっと大人になってからすることっていうか、なんだか不純な気がするんだ。
そんなことがあった日から少したって、ある日の放課後、ちょっとショックなことがあったんだ。僕は授業が終わって、帰る前に図書室に本を返しに行ったんだ。そうしたら新しい図書が追加されていて、僕は夢中になってしまった。気が付くと結構時間がたっていて、僕は慌ててランドセルを取りに教室まで戻ったんだ。
教室に入ろうとすると、教室の中では何人かの女の子たちがお喋りをしていた。これ、話をさえぎって教室に入るのもどうなんだろうとまごまごしていると、彼女たちの会話が聞こえてきた。どうやらお互いの好きな人のことを話しているらしかった。これは聞いちゃいけないやつだ、と僕がその場を去ろうとすると、不意にこんな言葉が聞こえてきた。「それで、恵ちゃんはどうなの、好きな人はいないの」
その瞬間に僕の体は動かなくなった。恵ちゃんの答えを聞きたい自分と聞きたくない自分がいて、足が全く動かなくなってしまった。
「私は好きな人いないよ」
と恵ちゃんは言う。
「えー、でも、○○君と仲いいでしょう?好きなんじゃないの?」
○○君というのは僕の名前だ。僕の足はさらに重くなる。恵ちゃんはさらに続ける。
「○○君は普通に友達だよ。読書の趣味とかが合うんだー」
「それが好きなんじゃないの?」
「うーん、好きとはちょっと違うかな。○○君一人で話してる不思議なところあるし」
「それに私」と恵ちゃんが言葉を放つ。
「それに私、痩せている人がタイプなんだよね」
その瞬間僕の体は毬のように動いた。教室とは別の方向、男子トイレに逃げ込んだ。女の子たちの声は遠くなった。
僕は泣いていた。なぜだか知らないけど、ボロボロ涙をこぼしていた。胸がずんと重くなって、叫びたい気持ちでいっぱいになった。
その時僕はわかったんだ。僕は恵ちゃんのことが本当に好きだっていう事に。僕が僕の右ひじと左ひざの恋愛をなんとなく気に入らなかったのは、僕自身にも好きな女の子がいるからだという事に。
僕はまだ自分のことを子供だと思う。明日も子供だし、明後日だって子供だ。それでも僕もいつかは大人になるし、その時になって初めて好きな人ができるものだと思っていた。
だから、僕が今、恵ちゃんを好きだということは、なんとなく自分が急に大人になってしまったような気がして、怖くなってしまった。僕の中で僕の知らない感情を持っている関節たちがいて、僕自身の中でも僕の知らない感情が膨れ上がっていて、怖かった。
そして、もうひとつ分かったこと。僕は恵ちゃんのことが好きだけど、恵ちゃんは僕のことを特に好きというわけではないということ。その事実が、僕は悲しかった。
僕は泣いた。男子トイレの個室の中で、僕はわんわん泣いた。外は大分暗くなり、古い蛍光灯の光が、トイレの中を薄い白で染め上げていた。時間の感覚がなくなるまで僕は泣いた。
結局、家に帰ったのは、僕の家の夕飯時の頃だった。僕がトイレから戻ると、女の子たちはいなくなっていた。だから僕はもう一度トイレに戻って顔を洗い、ランドセルをとって家に帰った。
ママは僕が遅く帰ったことに対して少しだけ小言を言った。でも僕があんまりに落ち込んでいるもんだから、心配したのかな、僕の大好きなチーズ入りハンバーグをつくってくれた。僕はそれを食べながら、恵ちゃんの言葉を思い返していた。チーズハンバーグはおいしかった。でも、一口食べるごとに涙がこぼれそうになってしまった。
その晩、僕はお風呂に入りながら関節たちに問いかけた。僕はいったいどうしたらいいんだろうって。お風呂の中では僕の体も柔らかくなるから、頑張れば右ひじと左ひざがちょっとだけくっつく。だから僕は二人のことを何とかくっつけようと頑張りながら、でも僕は好きな人とくっつくことは出来ないんだよな、という意地悪な気持が首をもたげる。
僕はどうしたらいいんだろう。
この気持ちにどう向き合えばいいんだろう。
そんな時、そっと僕に言葉をかける関節がいた。左足首だった。彼は聞いたことのないような優しい声で僕に言う。
「君は君の体の中の恋にも、君自身の恋にも気づいたんだ。君はどんどん大人になっているんだよ。だから、これは体全体を代表して言うのだけれど、君は君自身の体のことをよく考えてやってくれないか」
僕自身の体のこと?と僕が繰り返すと、体の節々から「そうだそうだ」「そのとおり」と声が聞こえてくる。
その晩、僕は考えた。僕は僕の関節のために、僕自身のためにもこの邪魔なお腹の肉を落とさなきゃいけない。何しろ僕は瘦せなくちゃならないのだ。右ひじと左ひじと、何より恵ちゃんに嫌われないように。
その時、本当に恵ちゃんは好きな人がいないんだろうか、という考えが僕の頭をよぎる。あの場は何人か女の子がいたから、恥ずかしがって言えなかったんじゃないのか?
僕はまた泣きそうになる。涙が出そうなくらい怖くなる。早くしないと恵ちゃんも好きな人が出来ちゃうかもしれない。太っている僕なんか、「ふん、君なんか嫌いよ」って距離を開けられるかもしれない。
ご飯を食べなければいいんだ、と僕は思いつく。ご飯を食べなければ僕の体はどんどん痩せていくだろうし、右ひじと左ひざだっていつだってくっつける。僕も恵ちゃんに好かれるかもしれない。
こうして僕は、なるべくご飯を食べないようにすることにした。でも急にご飯をまったく食べないようだと、ママも学校の先生も心配するだろうから、ばれないように食べる量を減らすことにした。
それから、僕にとって食事の時間はとても嫌な時間になった。僕は何しろ太っているくらいだから、食べることがとても好きなのだ。だから、学校の給食できな粉揚げパンが出た時もお腹をグーグー鳴らして耐えたし、ママが作ってくれるピーマンの肉詰めだって、一個しか食べなかった。
僕にしてはずいぶんがんばったと思う。何せママについに心配されてしまったからだ。
「○○、最近ご飯あんまり食べてないようだけど、大丈夫?体痛いとか、ない?」
僕は笑って(いる風で)答える。
「そんなことないよ。最近なんだかお腹がすかなくて。心配かけてごめんね」
ママは浮かない顔をしている。
もちろん関節たちからも僕は心配されることになる。特に右ひじと左ひざは思うところがあるようで、大丈夫ですかという声がひっきりなしに届く。そのたび僕は、大丈夫、これは僕と君たちのためなんだ、と笑って答える。
数週間たって、僕の体は変化した。手足が少し細くなり、階段を上るだけでも明らかに息切れをするようになった。でも、それだけしても僕のお腹はへこまなかった。
ある日、僕がふらふらしながら学校の階段を上っていると、不意に声がした。左足首だった。今まで人がいそうなところで関節たちがしゃべることが無かったので、珍しいな、と思っていると、左足首はとても真剣な声でこう言ったんだ。
「君にはがっかりしてしまったよ。もっと自分のことを考えろって言ったよね。君は全然大事に出来ていないじゃないか。僕の、僕たちの気持ちをきちんと君は考えたのかい」
その言葉に僕はとてもびっくりしてしまった。僕は僕なりに僕や僕の体たちのことを考えていると思ったからだ。
「もちろん、考えてるさ、ちゃんと考えてるよ」
と僕は言いながら自分が焦っているのを感じた。自分が間違ったことをしているのに気づいているのに、その行動から降りられなくなってしまった時のように。
そんな風に回答に夢中だった僕は、ふと階段を踏み外してしまう。慌てて左足を伸ばした僕は、左足首を捻挫してしまう。今回は小さいときみたいに関節の悲鳴は聞こえなかった。ただ、痛いのは確かだし、何より立ち上がろうと思っても体に力が入らなかった。
僕の周りには幸い先生がいて、僕は先生に抱えられるようにして、びっこを引きながら保健室まで連れて行ってもらった。
今回は保健室に保健の先生がいて、先生に捻挫の手当てをしてもらった。その時には左足首も少し熱を持ち始めていたから、シップを貼ってもらい、包帯を巻いてもらった。
「この後の授業は何かな」と保健の先生が言うので、「体育です」と答えると、先生は「体育は参加できないから、君、おうちの人を呼んで帰りなさい。私の方から家族には連絡しておくから」
と言った。家族に心配かけちゃうな、と思いながら、僕は先生に家の電話番号を教えた。
先生は「じゃあ電話をかけてくるから、大人しくしているように」と言って保健室を出て行った。
保健室からはクラスの皆が体育の授業に向かう姿が見えた。今日の授業は確か持久走だったか。皆の中に恵ちゃんの姿もあった。長袖のジャージを着て、寒そうに手をこすり合わせながら近くの女の子とおしゃべりに興じているようだった。外は北風が強く吹いて、何の木だかわからない大きな木の枝を揺らした。
ガラス一枚隔てているだけなのに、なんだかさみしいな、と僕は思った。僕は保健室のベッドに座って、暖房も利いていて、外よりは格段に過ごしやすいはずなのに、外で寒い寒い言っているであろうクラスメイトや恵ちゃんたちのほうが、なんだか幸せそうにみえたのだ。
「僕は何が駄目だったんだろう」と僕は関節たちに向かって話しかけてみた。でも、いつもなら何かしら答えてくれる関節たちも、シンと言葉を発さなかった。僕は何回も関節に語り掛けてみたけど、返事はなかった。
僕は今、一人なんだと思った。いつもは友達やら家族やら関節やら、僕を見守ってくれる人がいたけど、今の僕には一人もいない。寂しい。心の底がぐらぐらした。
僕は保健室の布団にくるまってじっとしていた。布団はゆっくりと僕の体の熱を持って温かくなっていった。ほんのちょっとだけど、その温かみに合わせて僕の心のぐらぐらもましになっていった。僕は痩せることも、関節たちのことも、僕の好きな人のことも忘れて眠った。
「○○君」とぼくを呼ぶ声がして、僕はそろそろ布団から上半身を起こした。保健室の先生が僕のことを起こしたようだった。外の体育の授業は終わっていた。日が大分落ちかけようとしていた。
「ご家族と連絡がついて、君のお父さんが迎えに来てくれることになったから」と先生は言った。
パパ、仕事があるのに来てくれるのかな、ごめんパパ、と心の内で謝りながら、僕はパパの到着を待った
パパはそれから十五分で来てくれた。仕事着だった。やっぱりパパ、仕事を休んできてくれたんだ、と思うと、僕はなんだかほっとしてしまって、何も言えなくなってしまった。
パパは先生と少し話をした後、僕の肩を支えて保健室を出た。保健室の先生が「ちゃんとご飯は食べるのよ」というから、僕は「分かりました」と返した。
保健室から車までの道のりを僕はパパと二人三脚みたいに歩いた。夕焼けが終わりかけて、遠くの空だけが赤く焼けていた。音楽室からはブラスバンドの演奏が聞こえてきていた。外は風が吹いて、窓ガラスをバタバタと揺らした。何人かの上級生とすれ違った。男の子が一人と、女の子が二人。皆僕より背が大きかった。
僕はなんでこんなことをしてしまったんだろう。なんでこんなことになってしまったんだろう、と悲しくなった。こんな風に迷惑をかける僕は本当に子供じゃないか。
「大人にね」気づいたら僕はパパに向かって話しかけていた。
「パパ、僕は大人にね、大人になりたかっただけだったんだ」
パパは、そうか、といった。そして、少し考えるようにしながら、こう言ったんだ。
「パパもママも、最近○○君の様子がおかしかったのには気づいていたよ。でも、いったいどうして急に大人になりたいと思ったんだい?パパはそれが知りたいな。とても大事なことだから」
僕は少し迷った。関節たちのことを言うか。パパに信じてもらえるかどうか。信じてもらえなかったらどうしよう。
僕はパパの方を見た。パパも僕を見返していた。僕の目をパパはじっと見ていた。僕たちはしばらくそうしていた。パパの目は、図鑑で見た親フクロウの目を思わせた。絶対瞳をそらさない。そんな決意が見えるようだった。
「実は僕はね、僕の関節の声が聞こえるんだ。」
と僕は言った。言ったとき、辺りがしんとした。北風もブラスバンドも聞こえなくなった。耳が張り裂けそうな沈黙が聞こえた。心臓がバクンと音を立てた。
パパは、ふっと笑った。シンとした冷たい静寂にそっと温かみが戻ってきた。パパは何でもないように
「○○君のいう事なら、パパは信じるよ」
と言った。
それから、車に戻る道すがら、僕はぽつりぽつりと僕の話をした。僕には僕を気遣う関節たちがいること。右ひじと左ひざが愛し合っていること。左足首というものすごいお節介焼きがいて、僕は僕自身を大事にしなきゃいけないよと言われたこと。その思いに答えられず、僕は怪我をしてしまったこと。
パパは黙って話を聞いてくれた。そして僕が話し終わると、静かに話し始めた。
「○○君は自分の関節たちのために頑張ろうとしたんだね。」
「優しい子に育ってくれてうれしい」と言いながらパパは僕の頭をなでた。僕はなんだか誇らしくなりながら、パパに頭を撫でてもらった。
僕の頭をなでながらパパは言う。
「○○君は関節たちのために頑張った。パパはそれを本当にうれしく思う。でもね、○○君はちょっとだけ頑張りすぎちゃったんだね。君は大人になろうとした。でも、そう思った時点で君はすでに大人になる準備が整ったんだよ。だから、君は焦ることはないんだ。一歩一歩、ゆっくり進んでいけばいい。パパの言っていること、分かるかな?」
「わかると思う」
と僕は言う。うん、とパパは言う。
「なら、君はまずは、ママのおいしいご飯を食べないとね」
わかった、と僕はうなずく。
帰りの車の中で、僕はパパに「僕もね、好きな人ができたんだよ」という。「その子のためにも、僕は大人になりたかったんだ」
パパはそれを聞いて大きく笑った。
「君は確かに大人になっているよ。」
それから僕は変わった。きちんとママのご飯も給食も食べるようになった。ママはそんな僕を見て、いくぶんほっとしたらしかった。
そして、その代わり、僕は運動をするようになった。これは大きな進歩だ。毎日少しずつ、運動強度を上げていった。動くことは大変だったけど、僕はゆっくり大人になるんだと思って、焦らなかった。少しずつ、少しずつ、僕は痩せていった。
それから数か月たって、僕は前より少し瘦せてすっきりした体になった。まだ細い、とまではいかないけど、今までの体とは全然違う。僕は少しだけ大人になった気がした。
隣の席の恵ちゃんがある時僕に言った。
「○○君、最近痩せたよね。皆かっこよくなったって言っているよ」
僕は笑ってうなずく。
皆がかっこよくなったと言ってくれて、それを恵ちゃんが教えてくれて、僕はうれしい。
でも、皆だって、恵ちゃんだって、僕の体の内なる声には気づいていないんだ、もちろん。
ふとした夜に、僕は右ひじと左ひざをくっつけようと試みる。二人はまだくっつかない。けどその距離は間違いなく近づいている。




