第九話 始まりだす物語
試練だった初日も終わり、僕とルカは食堂で朝ご飯を食べ二日目の学院に向かっていた。
「そう言えば、ロベリアと決闘の途中だったよね。大丈夫そう?」
しまった。決闘の事をすっかり忘れていた。昨日のルシファーとの戦いで頭がいっぱいだったよ。
「忘れてたな。ロベリアは昨日の決闘でまだ本気を出していないんだろ? 結構、まずいな」
「自信が無いなら戦いを延期してもらえば? 勝負ってのは、自信と共に戦う事なんだと思うんだ」
自信と共に戦うか……
「確かにそうかもな。決闘をどうするかは、少し考えてみるよ」
今日の授業は剣術の訓練だ。
昨日までの僕なら自信満々に剣を握り、技を放っていただろう。しかし、今の僕は勝てない相手がいる事を明確に理解させられた。
やっぱり、努力して得た力が否定されてしまった事はどうしても受け入れがたい。心に大きな穴が開いた気分だ。
「では、早速だが皆には剣を持った状態で体育館を十五周してもらう。始め」
僕達、一年八組の剣術の授業担当はユージン・ボナパルト先生だ。ユージン先生は、元々地方の兵団に所属していたらしく、剣の実力は確かのようだ。
男らしい筋肉質の体で背も高く、生徒からの人気も高い。黒髪の短髪で、いわゆるさわやかイケメンってやつだ。
僕はルカと体育館の周りを走っていた。
「流石に十周を超えるときついな。アランは凄いね、まだまだ余裕そう」
「基礎体力はあるつもりさ。それに、足元に魔力を集中させれば楽に走れるよ」
「なるほど。でも、魔力の制御が難しいな。これは練習が必要かな」
走り込みを終えるとすぐに本題となる剣術の訓練が始まった。なかなかにきつい内容だが、剣が洗練されるのが実感できた。
「剣に魔力を込める。そして想像するんだ、自分の望む剣の動きと力を。想像出来たら、魔力の出力を調整し剣を振る。これが、剣技の使い方だ」
ユージン先生の話を聞いた皆は、ざわついていた。確かに、剣技を使う際の理屈としては正しいのだが、こうも容易にはいかない。不満が出るのも分かる。
「確かに、口で言うだけなら簡単だ。しかし、何百回……何万回も剣を振って初めて習得できるのが剣技というもの。剣技とは努力の証なのだよ」
皆はその言葉を聞き、口を閉ざした。
「そして、努力とはそう簡単に実感できるものではない。それを理解することが、剣技習得の近道になるさ」
剣術の授業を終え、昼休みを迎えた。僕は弁当を食べながらも、ユージン先生が言っていた言葉が忘れられなかった。
「なあ、ルカ。さっきの先生の言葉を聞いてどう思った?」
「えーと、うーん。先生は努力の難しさを伝えたかったんじゃないかな」
「なるほどな。剣技の習得は努力無しじゃ、得られるものじゃないからな。それは、痛いほど理解してたはずだ」
手を握りしめたアランは落ち込む顔から表情を変え、笑ってみせた。
「まだ、僕も弱いままだ。強くならないとな」
その言葉を聞いたルカは、優しく微笑んだ。
「俺とアランで共に強くなろう。俺達なら出来るよ」
「ああ。ありがとう、ルカ。強く……強くなるさ」
そう決心し、弁当を勢いよく食べ進めた。
「そんなに急いで食べたらむせるよ。気を付けてね、アラン」
僕が覚悟を決め、弁当を食べていたその時だった……
「アラン・ランドールはいるかしら?」
教室のドア付近から声が聞こえた。
声のする方を見ると、そこには昨日中庭で戦闘を繰り広げたロベリアが立っていた。
「どうしたんだ?」
「用は一つよ。私ともう一度戦いなさい」
昨日の決闘の続きか。
僕としては、決着を付けたかったので引き受けようとした。
しかし、その瞬間脳裏に蘇った記憶。
絶望の中で死を体験した二度の地獄。あんな思いは二度としたくないと強く思わされた。
そして、そこに至った自分の実力不足。
ここまで理解した今、不安感から戦う事を躊躇ってしまう自分も生まれていた。
「早く決めなさいよ。私は昨日の戦いで本気を出せていなかったの。今日は全力を見せてあげるから」
きっと、勝てる。努力は裏切らない。そう言い聞かせる。
「分かった。ロベリア、戦おう」
「決闘成立ね」
ロベリアに付いていき、到着した場所は地下の用水路だった。
「どうして、こんな狭い場所で戦うんだ?」
「観客が邪魔なのよ。ここなら、人が来ないでしょ?」
「確かにな」
「それじゃあ、始めるわよ」
剣を取り出し、構えに入るロベリア。
「決着をつけよう」
お互いに剣を構える。
ルカと話したんだ。二人で強くなろうと。
きっと、ここから始まるんだ。僕の本当の物語が。
「剣技 レクイエム・ガンマバースト」
僕から前に出て、一撃で決めようと思った瞬間だった。ここから、アラン・ランドールの本当の物語が始まるはずだった。
アランの左腕に何かが突き刺さる。そして、突き刺さった何かを目視する前に、体が赤く光る。
すると、突然力が入らなくなって剣を手放し地面に倒れこんでしまった。
倒れる間の刹那の時間にアランは見た。左腕には短剣が刺さっている事を。
何が起きたんだ? 分からない。
僕の物語が始まるんじゃなかったのか?
「ロベリア、助けてくれ……」
僕は彼女の方をおもむろに見た。
しかし、そこには僕と同じく地面に倒れこんでいるロベリアの姿があった。
そこで初めて理解した。僕達は何者かに襲撃されたんだ。
そう気づき、短剣が飛んできた後ろの方向を頑張って見た。
するとそこにはピエロの仮面を付けた長身の男が立っている。
そして、その男は僕の前まで歩いてくると剣を抜き、僕の頭の上に突き出した。
その瞬間、体に電撃のように走った死の感覚。
「やめろ、嘘だ。頼む、やめてくれ。本当に嫌だ」
そんな僕の悲痛な叫びは虚しく、剣はそのまま僕の頭の方へ加速し突き刺した。
そこで、僕の意識は一瞬の激痛・描いていた妄想と共に消え去った。
「アラ……アラン……アランしっかりして」
「え、あ……ああ?」
僕は目の焦点をゆっくりと合わせた。
すると、目の前には食堂で買った弁当があった。そして、横にはルカがいる。
そうか、僕は死んで昼休みに戻ってきたのか。
「アラン、ボーっとしてたけど大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だ。少し疲れてただけだ……」
パニックなままの頭で、状況を簡単に整理してみる。
僕とロベリアは地下の用水路で決闘を行おうとした。しかし、何者かによって僕達は襲撃に遭い、殺されてしまった。
ここで一つ疑問なのが、僕に刺さった短剣によって麻痺のような状態になってしまった事だ。
この世界において、特別な効果が付与されている短剣は珍しい。
単純な推測だが、そのような強力な短剣を持っているとなると敵はなかなかに厄介かもしれない。
「はあ」
僕は深いため息をついた。
せっかくピンチを乗り切ったと思ったら、また新たな問題が出てきた。
こうなった以上、ロベリアと戦うのは避けたい。もう死を体験したくない。
どうして僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
ひとまず、ロベリアとの決闘は断ろう。
そう思った矢先だった。
「アラン・ランドールはいるかしら?」




