第98話 電脳カボチャと土の記憶
深夜、マッコウクジラの深部にある機関室。
ルシアやミナたちが眠りについた後、俺は一人、この船の心臓部へと足を運んでいた。
気密扉が開くと、オアシスで購入した『液状記憶媒体』特有の、冷ややかな燐光と電子機器の熱気が混ざり合った空気が鼻をつく。部屋の中央、黒い演算槽の中に鎮座するカボチャのような無機質と有機質のハイブリッドの塊――バイオ・コアが、一定のリズムで脈打っていた。
俺が近づくと、個人端末のウィンドウにノイズ混じりのデータが叩きつけられた。
――<<接続>>……<<改装>>……<<快適>>!! ――<<感謝>>……!!
「……ああ。喜んでもらえて何よりだ、カボチャ。夜分にすまないが、少し見せたいものがあるんだ」
俺は手に持っていた袋から、フリーポートで見つけた『タマネギモドキ』、『ニンジンモドキ』、そしてあの『じゃがいもモドキ』を、演算槽のセンサーが捉えやすい位置に並べた。
――<<サンプル>>……<<スキャン>>……<<……植物体>>!!
――<<解析>>……<<好奇>>……<<……親和>>!!
ウィンドウに流れるメッセージは、未知の存在に対する純粋な好奇心と、元植物としての本能的な親和性が混ざり合っていた。
「フリーポートで見つけた連中だ。こいつら、お前ならわかるだろ?」
演算槽の中のカボチャが、興味を示すように強く緑の光を放った。
「こいつらも、船内で栽培できないか? お前を中心にして、いろんな植物を育てる計画を立ててるんだ。いずれきちんとした土壌を用意するつもりだが、できるなら早いに越したことは無い」
俺の提案に対し、カボチャの思考は瞬時に膨大な演算を開始した。
ネットワーク経由で送られてくるメッセージの色が、期待の緑から、現状の厳しさを示す青へと変わる。
――<<演算>>……<<シミュレート>>……<<不整合>>
――<<空間不足>>……<<養分欠乏>>……<<供給ライン>>……<<飽和>>!!
カボチャのメッセージが、物理的な制約を一つずつ提示していく。
「無理だ」と嘆いているのだ。
――<<現状プラント>>……<<拡張性皆無>>
――<<多種栽培>>……<<栄養塩バランス崩壊>>……<<共倒れ>>!!
――<<不可能>>……<<……無念>>!!
「……そうか。スペースと栄養が足りないか」
俺は少しだけ肩を落とした。
カボチャは植物としての進化の可能性に強い興味を示している。だが、今のマッコウクジラの設備では、巨大なバイオ・コアである彼自身を維持するだけで精一杯なのだ。さらにこれら三種の野菜を満足に育てる余力はない。
教授達の仕事の達成を待つか、さらなるの改装を行う必要があるようだ。
スター・ツナを食べていた以上、どうにかする手段はいくらでもありそうだな。
少しして、ウィンドウに流れる文字が、再び力強い輝きを帯びた。
――……<<進化の可能性>>……―<<期待>>……<<計画>>……<<承諾>>!!
「そう来なくっちゃな。今は無理でも、いずれお前を中心にこの船を緑でいっぱいにしてやるよ。お前の根が、これら全ての野菜と繋がるような、最高に美味い菜園にな」
――<<提案>>……<<対価提供>>……<<追加>>……<<保存環境の最適化>>!!
――<<発芽抑制>>……<<毒性物質生成抑制>>……<<実行>>!!
現在の仕事では家賃として不足していると気にしていたらしい。
栽培は先送りにするしか無いが、持ってきた野菜たちを腐らせないための最適な環境構築――湿度やガスの調整を行い、じゃがいもモドキが青くなったりタマネギモドキから芽が出たりするのを防いでくれるという。
これはありがたい。フリーザーにもっとたくさんの食材が入れられることになる。
「感謝するよ、カボチャ。……こいつらはここに置いていく、後で保管分をまとめて持ってくるとするよ」
――<<輸送手段>>……<<手配>>……<<実行>>!!
カボチャの思考データと共に、遠くで複数の駆動音が聞こえた。
そうだった、こいつは今は艦内のドローンのいくつかを制御下に置いているんだったな。
「じゃあ、搬入は任せるよ。お前と同じ、かつてどこかの星で根を張っていた命の欠片だ。少しは退屈しのぎになるだろ」
――<<受諾>>……<<観察>>!!
――<<睡眠>>……<<推奨>>……<<休息>>!!
演算槽の拍動が、心なしか穏やかなリズムに変わる。
俺は緑色の光に包まれた静寂の部屋を後にした。
宇宙で初めて育てられた作物はじゃがいもらしいですね。
カボチャくんのこと、忘れてないですよ!
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