第93話 『自家製ベーコン』
ベーコンをつくるため、俺たちは「ハンガー・ベイ」にいた。
ここは損傷した艦載機や作業用ポッドを収容し、整備するための空間でもある。 溶接やバーナー作業を前提としているため、耐熱・耐火性能は船内随一。強力な排気システムも完備されている。
つまり、盛大に煙を出しても怒られない。
「……広いですね、ここ」
エマルガンドが天井を見上げて呟く。
ガランとした空間の真ん中に、ぽつんと置かれているのは、ミナに頼んで調達してもらった「ドラム缶のような円筒型金属容器」だ。
下部にチップを入れる燃焼室、上部に肉を吊るすフックと網。即席だが、構造は燻製器そのものだ。
「キッチンの換気システムじゃ、これから出す煙を処理しきれないからな。ここなら排気ダクトもデカいし、火気厳禁のカーゴルームとも別区画だ」
「さて、始めるとするか」
俺は足元に置かれた袋を開けた。
中には、ノヴァの家具屋で買い占めた「高級家具の成れの果て」が、ミナの破砕機によって細かなチップ状に砕かれて詰まっている。
「本当に燃やしちゃうんですね……。元は高級なオーク材の椅子だったのに……」
エマルガンドが勿体なさそうに見ているが、俺にとっては燻製材の山にしか見えない。
手ですくうと、乾燥した木のいい香りがする。塗料も接着剤も使われていない、純粋無垢な広葉樹のチップだ。
これこそが、味気ない合成食を「料理」に変える魔法の粉だ。
「こいつに火を点けて、煙を出す」
俺はチップを燃焼皿に山盛りにし、バーナーで着火した。
チロチロと赤い火が走り、すぐに火を消して燻らせる。
もくもくと白く、濃厚な煙が立ち上り始めた。
焚き火のような、どこか懐かしく、心を落ち着かせる木の香り。
無機質で冷たい金属の箱だったハンガーベイに、瞬く間に暖かな炎の気配が満ちていく。
「うわっ、煙たっ! でも……いい匂い!」
ミナが鼻を押さえつつも、嬉しそうに煙を仰いでいる。
「よし、肉を投入するぞ」
俺は下処理を済ませておいた少し質のいい『合成肉ブロック』を取り出した。
たっぷりの塩とスパイス、そして少量の砂糖を擦り込み、風通しの良い場所で表面を乾かしておいたものだ。
余分な水分が抜け、表面はキュッと締まり、赤みが増している。だが、まだ香りは「ただの肉」だ。
こいつをフックにかけ、燻製器の中に吊るしていく。
5キログラム分の肉塊が、煙の中に消えていく様は壮観だ。
「蓋を閉めるぞ。ここからは時間との勝負だ」
金属容器の蓋を閉めると、隙間から細い煙が漏れ出し、ハンガーの高い天井へと吸い込まれていく。
温度計の針は、摂氏60度から70度を指している。
熱を通しつつ、煙の香りをじっくりと肉の奥まで染み込ませる「温燻」だ。
◇
それから数時間。
俺たちはハンガーの床にキャンプ用の椅子を広げ、煙の番をしていた。
時折チップを足し、温度を調整する。
単調な作業だが、漂ってくる香りが徐々に変化していくのがわかる。
最初はただの「木の燃える匂い」だったのが、肉の脂が落ちてチップに当たり、ジューッという微かな音と共に「肉の脂が焦げる匂い」が混ざり始めたのだ。
「……お腹、空いてきましたよぅ」
エマルガンドが腹をさする。
この匂いを嗅ぎ続けて数時間。生殺しにも程がある。
「そろそろいいだろう。……開けるぞ」
俺は自分の耐熱性を信じて素手で、熱くなった燻製器の蓋に手を掛けた。
「……やっぱりいけるもんだな」
全員が息を呑んで見守る中、俺は一気に蓋を持ち上げた。
カパッ。
蓋を開けた瞬間、爆発的な白煙と共に、暴力的なまでに芳醇な燻香が溢れ出した。
視界が晴れると、そこには――。
「す、すごいです……!」
飴色。いや、深い赤褐色に輝く塊が鎮座していた。
かつてピンク色ののっぺりとした合成肉だった物体は、煙に魔法でも掛けられたかのように、威厳すら感じる『ベーコン』へと変貌を遂げていた。
表面は艶々と脂で光り、角の部分はこんがりと黒ずんで、凝縮された旨味を主張している。
「成功だ。……これだよ、俺が求めていたのは」
俺は熱々のベーコンを取り出し、まな板の上に置いた。
ナイフを入れる。
ザクッ。
表面は硬く、しかし中はしっとりと柔らかい。
断面からは、透明な脂と、桜色に染まった肉汁がじわりと滲み出す。
合成肉特有の不自然な弾力は消え、引き締まった繊維感がナイフ越しに伝わってくる。
「味見だ。……キッチンへ運ぶぞ」
俺たちは出来上がったベーコンを抱えて、キッチンへと移動した。
遠慮無く分厚くスライスしたベーコンを、フライパンへ放り込む。
ジュワァァァァッ!!
今までとは、音の響きが違う。
脂が爆ぜる音と共に、燻製の香りが熱で活性化し、キッチン全体を支配する。
「ほらミナ、できたぞ」
カリカリに焼けたベーコンを一切れ、フォークに刺してミナの口元へ。
彼女は元気よく口を開け、パクりと食らいついた。
「ん〜っ! 噛むとジュワッて脂が出てきて最高!」
ミナが口の周りを脂で光らせながら、夢中で頬張っている。
その横で、エマルガンドも自分でフォークを使い、恐る恐る口に運ぶ。
「んっ! ……ん~~~っ!!」
エマルガンドが目を見開き、口元を押さえて悶絶する。
「な、なんですかこれぇ!? しょっぱいだけじゃない、なんか……『深み』があります! 噛めば噛むほど、鼻からすごい良い匂いが抜けて……!」
「燻製香だ。煙の成分が肉のタンパク質と結びついて、旨味を何倍にも増幅させてるんだ」
俺も一切れ口に放り込む。
……笑いが込み上げてくるほど美味い。
合成肉のゴムっぽさは完全に消え失せ、凝縮された肉の味と、鼻腔をくすぐるオークの香りが脳を揺らす。
脂身は甘く、赤身は力強い。
これだ。本物では無いが、まさしく『ベーコン』だ。
「これなら、カルボナーラに入れても負けない。……いや、BLTサンドもいいな。それに、カリカリに焼いて貴重な目玉焼きに添えるにも値する」
黄金色の脂が滴るベーコンを見つめ、俺は小さく頷いた。
これがあれば料理のレパートリーはぐっと増えてくれるだろう。
抜けてました……すいません。
燻製は独特の魅力がありますよね。
狭いお部屋でするわけにはいかないので勝手はわかりませんが……
一般合成肉のイメージはわかりやすいところで成型肉ですと改めて。
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