第9話 続・サシミの時間
「ルシア、戦闘モードだ」
俺が告げると同時に、ブリッジの照明が落ち、代わりに無数のホログラムウィンドウが展開された。
壁や床が透け、視界が全天周囲モニターへと切り替わる。
まるで宇宙空間に椅子だけで浮いているような感覚。
3000時間見慣れた、俺の戦場だ。
『戦闘モード、起動。……マスター、本気ですか?』
ルシアの声には、珍しく焦りの色が混じっていた。
『敵はコルベット級が12機。この距離で取り付かれたら、巨体の当艦では死角に入り込まれます。迎撃用のドローンも艦載機もなしで、ハエの群れを叩き落とすつもりですか?』
彼女の言うことは正しい。
通常、戦艦クラスの巨体は、小回りの利く小型艇を苦手とする。
旋回性能が追いつかないし、巨体ゆえに砲塔の射角が制限され、懐に入り込まれると手も足も出ないからだ。
だからこそ、直衛の戦闘機やドローンが必須なのだが――。
「関係ないね」
俺はニヤリと笑った。
「この『マッコウクジラ』はな、わがままボディなんだよ」
俺がコンソールを叩くと、船体各所の装甲板がスライドし、隠蔽されていた銃座が鎌首をもたげた。
対艦パルスレーザー、連装プラズマ機銃、電子撹乱ビーム。加えて、今は沈黙しているがガウス砲に多用途マスドライバー、大小様々なミサイルポッド。
本職の戦艦艦に比べれば小口径かもしれないが、その数は異常だ。
船体の上下左右、死角という死角を埋め尽くすように配置された、過剰なまでの砲塔群。
本来なら、これだけの武装を同時展開すれば、リアクターの出力がダウンするか、排熱で船が溶ける。実弾兵器なら弾薬スペースだけで船内スペースが潰れるだろう。
だが、「プレイヤーの船」という特権ゆえに許された、物理法則と居住性を無視した贅沢盛り。
現実になった今、いずれはその「ツケ」を払わされる日が来るかもしれないが――少なくとも今の宙賊に対処しよう。
『全砲門、オンライン。……稼働率、エネルギー兵器のみの32%』
「十分だ。……さあ、調理の時間だ」
俺は操縦桿を握る。
ターゲットロックのアシストは切った。今のルシアの演算能力じゃ、俺の反応速度に追いつけない。
『な、なんだぁ!? あの船、急にトゲトゲしくなりやがって……!』
オープンチャンネルから宙賊の狼狽した声が聞こえる。
遅い。
「注文はサシミだ……まずは一丁!」
俺の意識が、船と直結する。
かつてパークとして取得していた『エネルギー兵装強化』や『艦船戦闘効率』の上昇パラメータが、今は俺自身の神経と技術となって肉体に宿っている。
指先が動く。 船体側面のパルスレーザーが閃いた。
ジュッ。
マッコウクジラの馬鹿げたジェネレーター出力を乗せたハイグレードのレーザーがシールドを一瞬で飽和させ、先頭を飛んでいたコルベット艇が――「二つ」になった。 爆発四散ではない。 コックピットブロックと、後部のカーゴスペース。 その接合部だけが、まるで熱したナイフでバターを切ったように、綺麗に焼き切られたのだ。
『は……?』
「次!」
俺は流れるように照準を切り替える。
思考と同時に砲塔が旋回し、吸い付くように敵を捉える。
ジュッ、ジュッ、ジュッ。
宇宙空間に、幾何学的な光の線が描かれる。
それは戦闘というよりは、精密な外科手術に近かった。
宙賊たちが回避機動を取る暇すらない。
エンジンを吹かした瞬間には、既に動力パイプを切断されている。
その時、右舷から回り込もうとした敵機に対し、俺が操作していない複数のレーザーポッドが勝手に動き出した。
不規則に見えるビームの網が展開され、逃げ場を失ったコルベットが一隻、吸い込まれるように網の中心で貫かれる。
「……ほう」
『マスターの腕を見る限り不要かもしれませんが、すこしはお役に立てるかと』
「いや、なかなかやるな。ゲーム時代にはなかった挙動だ」
詳しくは覚えていないが、ルシアはかなり優秀な自立AIだったはずだ。戦闘は専門ではないのにこれか。頼もしいな。
「お前らの積み荷はいただく。だから、カーゴは傷つけない。……だが」
不味いサシミへの怒りが、俺の集中力を極限まで高めていた。
薄造りにしてやる。
コックピットだけを切り離し、そして――。
「乗ってる貴様らは別だ」
切り離され、漂流を始めたコックピットブロックへ、俺は慈悲のない追い討ちのレーザーを叩き込んだ。
閃光。蒸発。
宙賊を生かしておいていい事なんてないからな。
『ヒィィッ! あ、あたらねぇ! 死角がねぇぞこの船!?』
『撃つな! 降伏! 降伏するからぁ!』
12機のコルベットは、ものの数分で処理された。
カーゴブロックだけが静かに漂い、命乞いをしていたコックピットは全て宇宙の塵と消えた。
最後に残った中型艦が、回頭して逃げようとする。
「逃がすかよ」
俺は船首下部のビーム・ランチャーを向けた。
この世界の常識として、艦船はエネルギーシールドを持つ。そしてその強度はジェネレーター出力に依存し、武装や推進器の出力とはトレードオフの関係にある。
逃げるために全出力をスラスターに回した今、お前の背中はがら空きだぜ。
狙うはエンジンスラスター、そしてブリッジ基部。
閃光。
紙のように薄くなったシールドごと、中型艦のエンジンノズルが蒸発する。
続く一撃が、船体上部のブリッジを正確にへし折った。
中型艦は爆散することなく、その機能を完全に停止し、巨大な鉄の棺桶となって宇宙空間に沈黙した。
誘爆はさせない。貴重な資源(飯)が入ってるかもしれないからな。
「……ふぅ」
俺は操縦桿から手を離し、大きく息を吐いた。
全天周囲モニターの光が消え、通常のブリッジの景色が戻ってくる。
静寂。
隣に立つルシアが、口を半開きにして漂流する宙賊船の残骸を見つめていた。
「……冗談でしょう?」
彼女の青い瞳が、俺とスクリーンを往復する。
「自律アシストなしのマニュアル射撃で、全機の武装と動力を無力化……? しかも、カーゴブロックへの損害率はゼロ……?」
ルシアは戦慄したように呟いた。
「これで……稼働率3割? ……冗談ですよね、マスター」
「艦隊戦に突っ込んでシールドの切れてる船をたたき落として資源をかっさらうのがこの船本来のコンセプトだ。このくらいなんでもないさ」
俺は肩をすくめた。
パークが自分のものになっている感覚も試せたし、まあまあの出来だ。ゲームなら爆散した船の残骸にインタラクトして資源が回収できたが、現実じゃそうもいかないだろう。そういう意味じゃ実体弾兵器がなかったのは丁度よかったかもな。
「さて、ルシア。ドローンを出せ。資源を全部回収するぞ」
「……は、はい。直ちに」
ルシアは我に返り、慌ててコンソールを操作し始めた。
その背中には、これまでのような「ダメな主人を見る目」ではなく、得体の知れない怪物を見るような畏怖が滲んでいた。ゲームの時はもっとはっちゃけた戦闘もしてたのにな......。
俺は回収されるコンテナ群を見つめながら、小さく息を吐いた。
あれだけ大規模な宙賊団だ。
飯への期待なんてほとんどない。どうせロクなもん食ってないだろう。
だが、もしかしたら。万が一。
「粘土」よりはマシな、何か食えるものが入っているかもしれない。
「頼むぞ、マジで……」
俺のささやかな祈りは、回収ドローンに乗って宙賊の残骸へと向かっていった。
戦闘パートも書くの楽しい
SFゲーでもレーザーとかより実弾兵器派です
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