第84話 素揚げ野菜のスープカレー
テクネ・プライムへの航路は、拍子抜けするほど順調だった。
宙賊の襲撃もなく、エンジンの不調もなく、マッコウクジラは静かな星の海を滑るように進んでいる。
あまりに平和すぎて、暇を持て余すほどだ。
となれば、やることは一つしかない。
「今日は『スープカレー』を作るぞ」
俺が宣言すると、ラウンジでくつろいでいたクルーたちが一斉に反応した。
「ほう、カレーか。……だが、以前馳走になった、あのドロリとした濃厚な粘度を持つルウとは、また趣が異なるようだが?」
シュタイン教授が、読みかけの電子書籍を閉じて眼鏡の位置を直す。
「ああ。今日作るのは、スパイスの香りをダイレクトに楽しむ、サラサラとしたスープ状のカレーだ」
カウンターに食材を並べていく。
まずはスパイスだ。これはオアシスを出る際、あの『蜘蛛』が餞別として譲ってくれたものだ。
詳細は省くが、地球のスパイスでカレーに必要なものはだいたい揃っている。
どれも地球のそれそのものではないが、香りの方向性は酷似している。むしろ、この過酷な宇宙で育った分、香りが野性的で強い。
そして、今回の主役とも言える野菜。
ゴロリとした茶色い球根――『タマネギモドキ』だ。
それと、鮮やかなオレンジ色の根菜。見た目は人参だが、これもフリーポート・ノヴァの市場で仕入れた謎の野菜だ。今日はこの二つで勝負する。
◇
調理開始。
寸胴鍋に油を熱し、みじん切りにしたショウガモドキをじっくりと炒める。
香りが立ってきたところで、粗く挽いた『蜘蛛』のスパイスを投入する。
ジュワッ!!
熱い油とスパイスが出会い、刺激的な芳香がキッチンを満たす。
「うわぁ……すごい匂い。鼻がムズムズするけど、なんかお腹減る匂いだね」
ラウンジからミナの声が聞こえる。
それと同時に、ウィーンという微かな駆動音と共に、一機の小型ドローンがキッチンに飛び込んできた。
機関室の『カボチャ』――バイオ・コアが制御する端末だ。
ドローンは換気扇の前でホバリングし、カメラアイを激しく明滅させている。
ここからが正念場だ。
俺は冷蔵ユニットから、真紅の果実を取り出した。
トマトだ。
『セレスマルシェ』では一パック3000クレジットだった、超高級生鮮食品。市場ではもう少し安かったが、それでも誤差レベルの高価な代物だ。
それを、俺は惜しげもなく握りつぶし、鍋へと放り込んだ。
ジュウウウウッ!
赤い果肉が弾け、酸味を含んだ蒸気が昇る。
もったいない? いや、この酸味と旨味がなければスープカレーは成立しない。金で買える美味さなら、迷わず突っ込むのがこの船の流儀だ。
トマトが崩れてペースト状になったところで、水を注ぐ。
本来なら骨から取ったブイヨンでも使いたいところだが、そんな贅沢な品は無い。
ここは備蓄してある『即席コンソメ』で我慢だ。
そして、肉だ。
まな板に乗せたのは、ハイグレードの合成肉ブロック。
いつもの安いゴム肉とは違い、繊維の質感まで再現された高級品だ。
そのままでも十分に肉として通用するレベルだが、俺は二本の包丁を構え、リズムよく叩き始めた。
ダダダダダッ!!
高速で繊維を断ち切り、あえてミンチ状にする。
いくらハイグレードでも、煮込めば硬くなる合成タンパク質の宿命からは逃れられない。ならば、細かく砕いてスープを吸うスポンジにしてしまえばいい。
刻んだ合成肉をフライパンで強火で炒め、香ばしい焦げ目をつける。
脂が滲み出てきたところでスープ鍋へと投入し、弱火でコトコトと煮込む。
スープを育てている間に、野菜の準備だ。
タマネギモドキの皮を剥き、くし形に大きくカットする。人参のような根菜も乱切りにする。
準備ができたら、揚げ鍋の出番だ。
たっぷりの油を高温に熱し、放り込む。
ジュワアアアアアッ!!
激しい音と共に、細かな泡が野菜を包み込む。
水分が抜け、野菜本来の甘みが凝縮されていく音だ。
表面がこんがりと色づき、一枚ずつ剥がれるようになったら引き上げる。
油を切ったタマネギモドキは飴色に、人参モドキは鮮やかな朱色に輝いている。
その香ばしい匂いに、待機していたドローンが「欲しい」と言わんばかりにアームをカチカチと鳴らして擦り寄ってきた。
「待て待て、まだ早い。これからが本番だ」
俺は逸るドローンを制し、仕上げにかかる。
鍋の中では、ミンチになった高級合成肉がスープをたっぷりと吸い込み、ふっくらと膨らんでいる。
そこへ揚げたての野菜を合わせ、ガラムマサラを振りかければ完成だ。
本当ならここで彩りに乾燥バジルでも散らしたいところだが、そんな洒落たものはない。茶色一色、それでもいい。
「よし、完成だ。……ほら、お前の分だ」
俺は人間用の皿に盛る前に、小さな深皿を用意した。
そこにたっぷりのスープと挽肉、そして揚げたタマネギモドキと人参モドキを丁寧に取り分け、ドローンのアームに乗せてやる。
ドローンは歓喜の電子音を鳴らし、こぼさないように水平を保ちながら、大事そうに抱えて飛び去っていった。
◇
ドローンが姿を消して数秒後だった。
ブウン、と低い唸り声を上げて、モニターが明滅し、ノイズ混じりの文字列が流れる。
『――<<入力過多>>……<<刺激信号>>……<<ニューロン活性化>>……!!』
「な、なんですっ!?」
突然の音に、エマルガンドが悲鳴を上げて教授の後ろに隠れる。
「報告。機関室のバイオ・コア、活性レベルが上昇しています」
ルシアがやれやれといった様子でモニターを操作する。
「どうやら、スパイスの揮発性オイルの刺激を、強烈な『電気的刺激』として受容したようです。人間で言うところの……脳天を突き抜けるような覚醒状態にあるかと」
「ははっ、あいつもスパイスの洗礼を受けたか」
俺は苦笑しつつ、改めて食卓を囲んだ。
テーブルに運ばれたのは、深皿にたっぷりと注がれた赤褐色のスープカレー。
その海の上に、素揚げされたタマネギモドキと人参モドキが小島のように鎮座している。
スープの中には、挽肉状になった合成肉がたっぷりと沈んでいるのが見える。
主食は、スープに浸して食べるための「ターメリック・合成ライス」だ。
「いただきます!」
全員がスプーンを手に取る。
まずはスープを一口。
「……んっ!」
ミナが目を見開く。
「辛い! ピリッとする! でも……すっごくスッキリしてる!」
即席コンソメのジャンクな旨味をベースに、トマトの高級な酸味と『蜘蛛』のスパイスの野性味が複雑に絡み合っている。
濃厚だが、後味は驚くほど爽やかだ。
「そして、この肉だ」
教授がスープと共に挽肉を掬い、口に運ぶ。
「……ほう! これは面白い!」
教授が感嘆の声を上げた。
「ハイグレード品の質感を残しつつ、スープを吸って崩れるような食感……。ブロックのままステーキにするよりも、肉の旨味を強く感じるぞ」
俺も頷きながら頬張る。
やはり高い肉は違う。ミンチにしても繊維の解け方が自然だ。
「あ、あの……この揚げたお野菜も、最高です……」
エマルガンドが、揚げたタマネギモドキをハフハフと言いながら食べている。
カリッ、ジュワッ。
素揚げされた表面の香ばしさと、中から溢れ出すトロトロに溶けた甘み。
そこへスパイシーなスープが染み込み、甘さと辛さが口の中で完璧なコントラストを描く。
「……甘いですぅ……! こ、これ、本当にただの球根なんですか……!?」
普段口にしている、工業ペーストや乾燥ブロックの野菜とは比較にすらならないだろう。
「代謝促進効果と、根菜類の糖度上昇を確認。……合理的かつ、快楽的な調理法です」
ルシアも涼しい顔で、しかし普段より早いペースで食事を進めている。
窓の外には、変わらぬ星の海。
だが、船内には異星のスパイスの熱気と、揚げ野菜を噛む音、そして「辛い、美味い」という幸せな声が満ちていた。
「……ふぅ、食ったな」
空になった皿を見つめ、俺は満足げに腹をさすった。
エネルギー充填完了。
テクネ・プライムまでは、まだ少しある。
スープカレーは数えるほどしか食べた記憶が無い。
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