第83話 『屑鉄』の巨人
オアシスでの滞在も終わり、マッコウクジラは出港の時を迎えていた。
物資の補給は完了し、あとは許可を待つだけだ。
「……なぁ、ルシア。なんか視線を感じないか?」
ドックのタラップで最終チェックをしていた俺は、背筋に走る奇妙な悪寒に振り返った。
そこには、三人の人影があった。
一人は、我らがシュタイン教授。
もう一人は、白衣の裾を握りしめ、教授の背後に隠れるようにしている助手のエマルガンド。
そして最後の一人は、教授の倍はあろうかという巨漢だ。
薄汚れた作業用コートを羽織っているが、その下にあるのは生身の肉体ではない。
右腕から右胸、そして首筋にかけて、無骨な工業用パーツがパッチワークのように肉へ食い込んでいた。
特に右腕は、人の腕というよりは建設重機のアームを無理やり移植したような、赤錆色の鉄塊そのものだった。皮膚との接合部は赤黒く変色し、有機と無機が無理やり癒着したような生々しさを放っている。
「……いい船だ。だが、少し『うるさい』な」
巨漢は噛み潰したような顔で、自身のこめかみを――金属の埋め込まれた右側頭部を――指先でトントンと叩いた。
「うるさい? エンジンはまだアイドリング状態だぞ」
「音じゃねえよ。『波』だ。……お前んとこの船、スキャン妨害系が何種か入ってるだろ。かなり執拗な組み方だ。だが、スキャナーはごまかせても俺はごまかせねぇ」
俺とルシアの間に緊張が走る。
マッコウクジラの隠蔽システムは完璧なはずだ。
「警戒推奨。マスター、対象の右眼部に、非登録の違法デバイス反応あり。……あの義体、全身がアンテナの塊です」
ルシアが極小音量で警告する。
すると、巨漢は喉の奥で低く笑い、懐から一枚のデータスレートを放り投げた。
「安心しな。あのカレー狂いの紹介だ。……俺はザイド。管理委員会には『屑鉄』の名で籍を置いてる。そいつは手土産だ」
俺は慌ててスレートをキャッチした。
「お前の船のジャミング、波形が雑すぎて俺の神経に障るんだよ。俺が独自に解析した最適化パッチだ。……道中、暇なら導入しておけ」
口は悪いが、職人気質というやつらしい。
俺はスレートを懐にしまった。
◇
彼が俺たちを案内したのは、ドックの最深部、一般人が立ち入れない廃棄区画だった。
巨大な倉庫の暗闇の中に、それは眠っていた。
「……でかすぎるだろ」
俺は絶句した。
そこに横たわっていたのは、全長150メートルにも及ぶ、超巨大な重機だった。
マッコウクジラのカーゴルームにギリギリ収まるかどうかのサイズだ。
だが、ただ大きいだけではない。
惑星の地殻を削り取るための六本の多関節アームは、まるで巨大な昆虫の脚のように折りたたまれている。その先端には、摩耗しきった超硬度の掘削ドリルや、岩盤を砕くための巨大な粉砕爪が装備されていた。
背部には土壌改良プラントとおぼしき巨大なタンク群が背負われ、全身を覆う極厚の複合装甲は、長い年月と過酷な環境に晒され、赤錆と油汚れにまみれている。
「『第3世代・自律型テラフォーミング重機』。通称『庭師』だ。……こいつの動力炉の中身は今の条約じゃ完全にブラックだ。バカ正直に中身ありで申告して捨てようとすれば、書類審査だけで俺の寿命が尽きちまう」
ザイドは鉄の義手で、巨大な足先をガン、と叩いた。
「だから、書類上は中身を抜いた『ただの鉄屑』として通す。建前は『テクネ・プライムの最終処分場へのスクラップ搬送』だ。あそこなら、こういうデカブツを処理できる設備がある……ということになっている」
「建前、ってことは?」
「俺はこいつがオアシスから消えてくれればそれでいい。向こうに着いてから、スクラップにするか、あるいは誰かが拾って有効活用するかは……輸送屋の知ったことじゃねえだろう?」
ザイドがニヤリと笑う。
なるほど、要するに産業廃棄物の不法投棄、いや、横流しの片棒を担げということか。
「……すごい」
怯えるエマルガンドとは対照的に、俺の横からスルスルと前に出た影があった。
ミナだ。
大きなネズミ耳がパタパタと小刻みに揺れている。
「この駆動系の配置……今の規格じゃない。各関節に独立した動力炉があるの? それに、このパイプの取り回し……まるで生き物の血管みたいに複雑で、無駄がない」
ミナは吸い寄せられるように巨体へ近づくと、見上げるような巨大なキャタピラ――その一コマだけで軽自動車ほどのサイズがある――を愛おしそうに撫でた。
「装甲の繋ぎ目も、溶接じゃない……削り出し。こんな巨大なインゴットから削り出すなんて、まともなコスト計算じゃ絶対にありえない。……なんて贅沢で、乱暴な設計」
彼女はうっとりとした表情で、錆びついた鉄塊を見上げている。
具体的な型番も理論も口にはしないが、その熱のこもった視線は、未知のオーパーツを目の当たりにした技術屋特有の「狂気」を孕んでいた。
「……『庭師』だ。まさか、再会することになるとはね」
それまで黙っていたシュタイン教授が、錆びついた巨体を見上げて呟いた。
その瞳には、いつもの偏屈な光ではなく、どこか穏やかで、しかし深い哀愁を含んだ色が宿っていた。
「知ってるのか、教授?」
「ああ。……遥か昔、私がまだ若かった頃の話だ。この機体のシステムを利用しようという計画があったのだよ。ヴァーナ君と共にね」
「ヴァーナさんと?」 テクネ・プライムの地下の、あの「機工の魔女」のことだ。
「うむ。誤解しないでくれたまえよ? この機体の本来の用途である既存環境の破壊なんぞに興味はなかった。我々が欲したのは、この巨体を制御するために搭載された、特異な『環境適応アルゴリズム』と、今の規格から外れた各種の装置――中でも『生体融合炉』のデータだ」
教授は愛おしそうに、重機の装甲に触れた。
「こいつから必要な要素さえ抜き出せれば、私の生体工学も、彼女の機械工学も、二歩も三歩も先へ進めることができる。……当時は現場での解析は不可能と断じた。かといって、この巨体を運び出す輸送手段もなく、諦めるしかなかったが」
教授の目が、怪しく光った。
それはマッドサイエンティストの目であり、同時に、失われた夢を拾い上げた子供の目でもあった。
「アキト君、受けたまえ。我々研究者にとっての、宝の山を運ぶ仕事だよ」
「俺からの報酬は1000万クレジット。足がつかないよう、無記名のクレジットチップで用意した。……物理的に嵩張るが、文句はねえな?」
1000万。
輸送費としては破格中の破格だ。
こんな違法物質の塊を積んで検問に引っかかれば、俺たちは即座に指名手配犯だが、俺たちの船の隠蔽性能があればどうにかなるだろう。最悪の場合は力押しでどうにかしたっていい。
「……了解だ。商談成立だな」
◇
契約は成立した。
マッコウクジラへの積み込み作業は、まさにパズルのような精密さと、力技の融合だった。
全長150メートルの金属塊を、牽引ビームで浮かせ、カーゴルームへと押し込む。
隙間はわずか数センチ。壁面を削りそうなギリギリのクリアランスで、巨人は船の腹へと収まった。
「積載完了。重量増加による重心移動、補正完了」
ルシアが涼しい顔で報告するが、船の床からはミシミシというきしみ音が聞こえてくる、気がする。
「……ふ、船が悲鳴を上げていますぅ……」
エマルガンドが顔を真っ青にして、軋む天井を見上げながら震えている。
「よし、出港だ! テクネ・プライムに帰還するぞ。……その前に、ちょっと腹ごしらえといくか」
俺はスラスターを点火し、巨大な質量を宇宙へと押し出した。
重たくなった船体は、ゆっくりと、しかし確かな推力で、星の海へと旅立った。
「No Man's Sky」の貨物船みたいな船外コンテナも別にあると思ってください。
つまりまだやれます。
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