第82話 電脳カボチャのお引っ越し
一夜明け、マッコウクジラは静かな朝を迎えていた。
だが、俺の安息は早々に破られた。
「社長、ちょっといいかな。……深刻な相談があるの」
モーニングコーヒーを啜っていた俺の元へ、ツナギ姿のミナがやってきた。
いつになく真剣な表情だ。手にはデータパッドを握りしめている。
「……機関室の『カボチャ』のことなんだけど」
ミナは眉を寄せ、パッドの画面を俺に見せた。
そこに表示されているのは、真っ赤なグラフと、警告を示すアラートの列だ。
「現在の接続環境じゃ、もう限界なの。入出力帯域が完全に飽和してる。このままだと処理落ちどころか、自己崩壊を起こしかねないよ」
「補足します、マスター」
傍らに控えるルシアが、ホログラムウィンドウを展開する。
「バイオ・コアの演算領域は、接続当初と比較して400%以上に拡張しています。原因は、ドローン制御による学習データの蓄積、バックグラウンド処理を引き受けたことによる情緒パラメータの流入、さらに昨夜のスター・ツナ料理による活性化……これらが複合し、ニューラルネットワークが物理的に成長したためです」
「物理的な成長、だと?」
俺たちは機関室へと移動した。
そこで俺が見たものは、明らかに「育っている」カボチャの姿だった。
以前、シュタイン教授が持ち込んだ『循環式培養液槽』に収められているのだが、今は太くなった蔦が槽の内壁を押し合うように広がり、緑色の光脈がドクンドクンと力強く脈打っている。
そして、コンソールへと伸びる仮設ソケットのケーブル束は、熱を持って悲鳴を上げているようだった。
「……なるほど。教授の培養槽でも手狭になってきたか」
「うん。あれはあくまで『保存用』の環境だからね。演算機としてフル稼働させるには循環ポンプの能力不足だし、もっと深くて広い、専用の環境が必要だよ」
ミナが心配そうにガラス越しにカボチャを撫でる。
「解決策できそうなものなのか?」
「眼球解体用の部品を探してた時に、ちょっとだけ見て心当たりがある店があるの。あそこなら、今のあの子にぴったりの機材があったはず」
「いくら掛かる?」
俺は単刀直入に聞いた。
現在の残高は、直近の稼ぎを合わせて約200万クレジットといったところか。
「……ピンきりだけど、中古の良品を探せば60万クレジットくらいでいけると思う」
「なるほどな」
俺は腕を組んだ。
決して安い額ではない。今後の旅の予備費を考えれば痛い出費だ。
だが、払えない額ではない。
「船のスペックアップに必要な投資だ。それに……」
俺はカボチャを見つめた。
こいつはもう、ただの部品じゃない。ドローンを使って飯をねだり、俺たちの旅を支える仲間だ。
「これはクルーへの福利厚生だ。こいつはもうこの船のクルーの一員だからな」
「本当!? ありがとう社長!」
ミナがぱあっと顔を輝かせた。
◇
俺たちは再びオアシスの市場へと繰り出した。
今度は食材エリアではなく、電子部品やジャンクパーツが山積みになった「電脳街」だ。
教授とエマルガンドは何か他に目的があるようで別行動中だ。
この世界のデータ保存技術は、俺の前世の常識とは少し違う。
主流なのは『データ・クリスタル』と呼ばれる結晶体。情報を光の干渉パターンとして三次元的に記録するもので、電気的な記録装置に比べて大容量であり、半永久的な保存が可能だ。
だが、今回探しているのはさらに特殊な代物だ。
「ここ。これだよ」
ミナが足を止めた目線の先には、周囲のジャンクパーツとは一線を画す、異様な威圧感を放つ黒い鉄塊が鎮座していた。
『液状記憶媒体搭載型・多目的演算槽』。
高さ2メートル、幅1.5メートル。艶消しのブラックメタルで覆われた装甲板には、管理コードが削り取られた跡がある。
前面の分厚い強化ガラス越しに見えるのは、ドロリとした深緑色の液体だ。
見た目はサーバールームの機材というよりも、水族館のバックヤードの方が似合うだろう。
「リキッド・メモリ……。この液体そのものが記憶媒体なのか?」
俺がタンクを覗き込むと、深緑の液体が俺の視線を吸い込むように揺らめいた。
ただの水ではない。重油のような光沢と、生物的な粘り気を感じる。
「うん。この中身は、特殊な『強誘電性液晶』と『導電性ポリマー』の混合液。自己組織化機能を持つ流体素子だよ」
ミナがガラスに手を当て、少し早口で解説を始める。彼女の悪い癖、もとい職人のスイッチが入ったようだ。
「通常のクリスタル・メモリは、物理的に固定された回路にデータを焼き付けるでしょ? でも、あのカボチャは常に成長して、回路を書き換えていく。固定された器じゃ、その変化に追いつけないと思う」
ミナの手が、空中で複雑な回路を描くように動く。
「でも、これは違う。液体中の分子配列そのものが回路になって、メモリにもなる。カボチャの電子神経がどう成長しても、導電性のある液体が隙間を満たして、常に最適な接続を維持してくれる」
なるほど。
成長し続ける怪物には、形を変える液体の器が必要というわけか。
俺には不気味なヘドロのプールにしか見えないが、あのカボチャにとっては極上の羊水になるらしい。
しかし、値札の数字は予算からはみ出している。
そう思ったが――
「……ひどい扱い」
ミナが低い声で呟き、筐体の側面を指差した。
そこには、太い配管やケーブルが、刃物のようなもので強引に切断された跡があった。断面が溶け、炭化している。
「これ、正規の手順で外してないよ。プラズマトーチで焼き切ってる。固定アームもねじ切られてるし、底面のフレームなんかひしゃげてる」
ミナの目がすうっと細くなる。職人として許せない仕事を見た時の目だ。
「これ、撃沈した軍艦か廃棄艦から、機材ごと無理やり引っこ抜いてきたやつでしょ。火事場泥棒みたいなやり方」
その言葉に、店の奥から出てきた店主がギクリとした顔をした。
「へ、変な言いがかりはやめてくれよ! こいつは正規の……リサイクル業者から仕入れたもんで……」
「リサイクル? 接続ポートをこんな風に破壊するのが?」
ミナが容赦なく追い詰める。
「おかげでメインバスの基盤に亀裂が入ってる可能性がある。気密性も怪しい。これを直すには、一度全分解してフレームの溶接からやり直し。……手間賃を考えたら、ただの鉄屑だよ」
「ぐっ……そ、それでも中身の液体は無事だ! 軍用規格のハイエンドモデルだぞ!」
「40万。それ以上なら買わない。直す手間を考えたら赤字ギリギリ」
「よ、40万!? 元値を考えろ! せめて80万……」
「60万。これ以上は出さない。嫌なら他を当たる」
「……ちっ、わかったよ! 持ってけ!」
結局、60万クレジットで購入決定。
モノ自体のポテンシャルは高いが、それを引き出すには相当な修理が必要だ。だが、ミナの腕なら新品同様に仕上げてくれるだろう。
配送ドローンを手配し、俺たちはホクホク顔で店を後にした。
◇
船に戻り、設置作業が始まった。
機関室の一角を空け、歪んだフレームを修正し、焼き切られた配管を繋ぎ直す。
『液状記憶媒体』の修理と設置には丸一日を要したが、なんとか形になった。
電源と冷却パイプを接続し、タンクに不気味な緑色の補充用の特殊溶液を満たしていく。
「よし、移植作業を開始するよ。ルシア、システムバックアップと同期をお願い」
「リンク確立。意識レベルの同期を維持しつつ、物理接続を切り替えます」
ミナが真剣な手つきでカボチャを持ち上げる。職人の顔だ。
教授の培養槽から引き抜かれた根――電子端子と植物根が融合した繊維の束――が、空中で妖しく蠢く。
それを、『液状記憶媒体』の深緑の海へと浸す。
コンソールに繋ぐのは仮設のソケットではない。専用に構築されたケーブルを、一本一本確実に接続していく。
カボチャ本体が溶液の中に沈み、根が粘性のある液体の中でゆっくりと広がる。
瞬間、黒い筐体のインジケーターが一斉に緑色に点灯した。
『――<<接続>>……<<領域拡張>>……<<快適>>!!』
機関室のスピーカーから、歓喜の声が響き渡った。
カボチャの明滅が、以前よりも強く、安定したリズムを刻み始める。
溶液の中を気泡が昇り、データの処理速度が向上していくのが分かった。
「うん……処理効率が数%向上。劇的とはいかないけど、ボトルネックは解消されたよ。これならルシアの感情データも安定して受け止められるし、自己崩壊のリスクもなくなった」
ミナがモニターを見ながら安堵の息を吐く。
カツカツだったリソースに余裕が生まれ、システム全体が少しだけ軽くなったようだ。
「ご苦労だったな。……これでまた一つ、この船が強くなった」
俺は水槽の中で妖しく光るカボチャを見上げた。
歪な姿だが、今のマッコウクジラには不思議と馴染んでいる。
さて、住環境も整ったことだし、次はいよいよ出発だ。
技術回、自分の知識であんまりフィードバックできないから時間かかる。
雰囲気でお楽しみください。
ご飯回ばっかだと作るメニュー無くなっちゃうから……
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