第78話 蕎麦風味の和風シーフードカレー
オアシスのドックにマッコウクジラが滑り込むと同時に、俺たちは行動を開始した。
今回のミッションは二つ。
一つは、巨大な「眼球」を調理するための機材開発。
そしてもう一つは、『蜘蛛』との約束――「本物のカレー」の提供だ。
「ミナ、頼んだぞ。あの目玉の外殻を切り開くには、普通のナイフじゃ刃が立たん」
「任せて社長! オアシスのジャンクを組み合わせて、とびっきりの『解体ツール』を作っとくから!」
ミナは作業用のドローンを引き連れ、意気揚々とカーゴルームへ消えていった。
彼女には、眼球の硬い殻を安全に切断するための『超振動カッター』と、内部の圧力を抜くためのユニットの開発を依頼してある。
調理器具とは思えないが、あの技術オタクなら、きっと期待通りの代物を作り上げてくれることだろう。
「さて、俺たちの方は『本丸』攻めだ」
俺はルシア、教授、を引き連れ、再び最上層のレストランへと向かった。
エマルガンドはミナの買い出しに同行するようだ。大丈夫だろうか。
俺たちの手は、厳選したスパイスの入ったケースと、保冷コンテナに入ったスター・ツナの『脂身』、そして『蕎麦粉』を抱えている。
◇
レストランの厨房は、戦場のような緊張感に包まれていた。
『蜘蛛』の専属シェフたちが、忌々しげな視線を向けてくる中、俺は中央の調理台を占拠していた。
「……本当に、これで『聖典』を超えられるのかね?」
ホールの特等席で待つ『蜘蛛』が、モニター越しに問いかけてくる。
その手には、愛してやまないインスタントカレーのパッケージが握られていた。
「保証するよ。あんたが求めている『中毒性』の正体……それはスパイスの刺激だけじゃない。圧倒的な『旨味』と『脂』、そしてそれらを纏め上げる『とろみ』の黄金比だ」
俺はコンロに火を点けた。
鍋に投入するのは、スター・ツナの腹身から削ぎ落とした、純白のエネルギー脂だ。
ジュワアアア……!
熱せられた脂が溶け出し、芳醇な香りが厨房を支配する。
そこへ、クミンシードに似た現地スパイス『ザン・ガラ』を投入。
脂の中でスパイスを弾けさせ、香りを極限まで引き出す「テンパリング」の工程だ。
「いい香りだ……。だが、それだけではあの『ドロリとした濃厚さ』は出せないはずだ」
「ああ。普通の小麦粉がありゃ話は早いんだが、あいにくないみたいだからな。……だから、こいつを使う」
俺は『蕎麦粉』を取り出した。
通常、カレーのとろみは小麦粉とバターを炒めて作る。だが、蕎麦粉でも代用は可能だろう。
むしろ、蕎麦粉特有の香ばしさと粘りは、和風出汁や醤油との相性が抜群に良い、はずだ。
俺は別のフライパンで蕎麦粉を乾煎りし、香りを立たせてから、溶かしたツナの脂と混ぜ合わせる。
設備の整ったキッチンはやっぱりいいな。
さて、茶褐色に色づいた、特製の「蕎麦ルウ」の完成だ。
「……なるほど。あの時の粉をつなぎとして使うとは」
教授が感心したように頷く。
メインの鍋では、飴色になるまで炒めた『タマネギモドキ』と、大量の『ショウガモドキ』、そしてスター・ツナの端材肉が煮込まれている。
水は使わない。野菜の水分と、前回作った「虚空ゲソと岩盤茸の出汁」を注ぎ込む。まぁ和風出汁だ。最高ではないが最善ではある。
そこへ、数種類のスパイスを調合したパウダーと、特製の蕎麦ルウを投入する。
グツグツ……ボコッ、ボコッ。
鍋の中身が、黄金色の泥のように重く、艶やかに変化していく。
立ち上る湯気は、圧倒的に食欲を刺激する。
「仕上げだ」
俺は隠し味に、醤油もどきと、少量の合成砂糖を加えた。
スパイスの角を取り、全体の味を丸く、深くする。
いわゆる「蕎麦屋のカレー」の系譜にある、出汁と醤油が効いた濃厚カレーだ。
「完成だ。『スター・ツナの蕎麦風味カレー』」
皿に盛った合成ライスの上に、ドロリとしたカレーをたっぷりとかける。
具材のツナは煮崩れて繊維状になり、ルウと一体化している。
ワゴンに乗せてホールへ運ぶと、『蜘蛛』が鼻をヒクつかせた。
その爬虫類的な瞳孔が、興奮で細く収縮している。
「……香りは、合格だ。だが、肝心の味は……」
彼は震える手でスプーンを手に取り、カレーとライスを掬い上げた。
そして、口へと運ぶ。
「…………ッ!!」
カチャン。
スプーンが皿に落ちた。
『蜘蛛』は天を仰ぎ、細い身体をのけ反らせた。
「……なんだ、これは……!」
彼の口から、恍惚とした吐息が漏れる。
「辛い! 痛いほどにスパイシーだ! だが……それ以上に、重い! 旨味が津波のように押し寄せ、脳髄を焼き尽くすようだ!」
スター・ツナのエネルギー脂と、出汁の旨味。それが蕎麦粉の粘度によって舌にまとわりつき、離れない。
インスタント食品が持つ「ジャンクな中毒性」を、天然の最高級素材で力技で再現し、さらに凌駕した味だ。
スター・ツナまで使うのは反則と思わなくもないが、在庫は譲るほどにはあるし、漁場も近い。捕獲は至難の業だがどうにか頑張ってくれることを祈る。
「合成ライスが、この濃厚なルウと混ざることで、絶妙な食感を生んでいる……! これは……これこそが、私が求めていた『聖典』の具現化だ!」
『蜘蛛』は狂ったようにスプーンを動かし始めた。
額には脂汗が浮かび、目は血走っているが、その表情は至福そのものだ。
「……勝負あり、ですね」
ルシアが静かに告げる。
専属シェフたちも、漂ってくる匂いだけで敗北を悟ったのか、力なく首を垂れていた。
完食まで、時間はかからなかった。
『蜘蛛』は皿を舐めんばかりに綺麗にし、ナプキンで口元を拭った。
その顔には、憑き物が落ちたような満足感がある。
「……礼を言う、アキト殿。君は私の生涯の夢を叶えてくれた」
彼は懐から一枚のカードキーを取り出し、テーブルに滑らせた。
「報酬だ。私の識別コード入りの『最優先取引権』だ。君が料理人だというのなら、取引されている食材の情報を現在在庫のないものを含めて渡そう。君なら何か光るものを見つけるかもしれない。そしてそれがカレーに合うなら、礼は尽くそう」
「! 話が早くて助かるぜ」
俺はニヤリと笑ってカードキーを受け取った。
金や物資よりも、「情報」と「権利」の方が価値がある。この魔窟で生きる上での最強のパスポートだ。
「あんたにはいずれもっとうまいカレーを食わせてやるよ。全てが完璧なカレーをな」
「そうか……まだ上があるのか……。それと……もう一つ」
『蜘蛛』が少し言い淀み、視線を逸らした。
「……その、蕎麦粉のルウの作り方だが……後でレシピを詳しく教えてもらえないだろうか? 自分でも、作ってみたいのだ」
そう言って『蜘蛛』は首元の鱗の色を明滅させ、瞬膜をパチパチと動かしながら視線を泳がせている。
どうやら、胃袋だけでなくハートも完全に掴んでしまったらしい。
「いいだろう。特別サービスだ」
俺は頷いた。うまいものを作りたい人間の要求を拒む理由はない。
これでオアシスにおける俺たちの地盤は盤石だ。
だが、俺にはまだやらなければならないことがある。
ルーが当たり前なもんだからカレーを再考して「小麦粉が無い!」って叫んだ。
多分アキトも同じ事を叫んだ。奇跡的に全てがうまくかみ合っている......。
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