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スペース飯テロ輸送艦 最強宇宙船で本物の食材を狩り尽くし、最高のグルメで銀河をわからせる  作者: 空向井くもり


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第71話 銀河の果ての年越しそば

ここまでは揃えておきたかった!

 オアシスのドックに停泊したままのマッコウクジラ船内。

 俺は何かに突き動かされるようにして、一人キッチンに立っていた。


 次なる目的地は、スター・ツナが回遊するガス星雲。

 だがその前に、俺にはやるべきことがある。


 キッチンには、オアシスの市場で買い漁った怪しげな包みが並べられていた。

 そして中央には、『蜘蛛』からせしめた「黒い実」と「黒い粉」の入った袋が鎮座している。

 三角形の角ばった黒い実――殻付きの蕎麦の実だ。

 たいした量ではない。収穫期ではないし、そもそも貧民の食料だ。根こそぎ持って行くわけにはいかない。

 要求した時の俺は、あまりにも冷静ではなかったな。


「……さて、やるか」


 俺は手元の端末で日付を確認した。

 帝国標準歴では何の意味もない平日だ。だが、俺の体内時計と、魂に刻まれたカレンダーは告げている。


 今日は大晦日。一年を締めくくり、新たな年を迎える境界の日だと。


「マスター、先程から何やら儀式めいた準備をされていますが……それは何ですか?」


 ルシアが不思議そうに首を傾げる。

 その後ろでは、ミナが持ち帰ったインターディクターの残骸に夢中になり、教授とエマルガンドは『蜘蛛』から受け取ったスパイスサンプルの分類作業をしている。

 教授の用を済ませて次にここに寄るまでに、こいつの検分を済ませ、カレーの配分を確かなものにしておく必要がある。料理人として受ける注文だ。腕が鳴る。


「これは『年越し』の準備だ。俺の故郷じゃ、一年の終わりには特定の麺料理を食う習わしがあってな」


「麺、ですか? パスタとは違うのですか?」


「ああ。もっと素朴で、香りが命の料理だ」


 俺は袋の口を開けた。

 中には、少し灰色がかった黒い粉が詰まっている。

 手に取って匂いを嗅ぐ。どこか香ばしさのある土の香りと、穀物の甘い香り。間違いなく蕎麦粉だ。


 問題は、これをどうやって食える形にするかだ。


「小麦粉がない以上、選択肢は『十割蕎麦』しかねえ。……難易度は高いが、やるしかねえな」


 十割蕎麦は、粉の粘りだけで麺を繋ぐ高等技術だ。下手をすれば茹でた瞬間にバラバラの団子汁になる。

 だが、この世界には科学という武器があり、進んだ技術が精密な調理を可能にさせる。


「ルシア、熱湯を頼む。温度はきっかり98度だ」


「承知いたしました」


 俺はボウルに粉を入れ、熱湯を一気に注ぎ込んだ。

 湯気と共に、蕎麦特有の香りが爆発的に広がる。

 熱湯で無理やり粘りを引き出す『湯捏ね』の手法だ。強化された身体で熱々に耐え、力一杯に生地を練り上げる。


「熱量制御、及び水分量のモニタリングを開始します」


 ルシアのサポートのおかげで、生地は奇跡的なまとまりを見せた。

 表面は滑らかで、しっとりとした艶がある。いける。


 ここからが勝負だ。

 俺はテーブルに「打ち粉」代わりの蕎麦粉を振り、生地を置いた。

 道具は、オアシスのジャンク市で調達した金属パイプを洗浄したもの――即席の麺棒だ。


「伸ばして、切る。言ってみれば単純だが、十割は切れやすい。慎重に、かつ大胆にだ」


 パイプを転がし、生地を薄く、均一に広げていく。

 円形から四角形へ。厚みは数ミリ。

 破れないよう、力の加減をコントロールする。強化された肉体の制御力が、こういう繊細な作業で役に立つとはな。


 薄く伸ばした生地を丁寧に折り畳み、まな板に乗せる。

 包丁を構え、リズムを刻む。


 トントン、トントン……。


 小気味よい音がキッチンに響く。

 均等な幅で切り出された麺が、少しずつ積み重なっていく。

 機械のような精密さはないが、そこには手打ち特有の「ゆらぎ」がある。


「すごいね、社長」


 ミナが感嘆の声を漏らした。


 切り終えた麺を優しくほぐし、バットに並べる。

 灰色がかった、角の立った美しい麺線。これぞ蕎麦だ。


 よし、麺は準備完了だ。


 次はつゆだ。これが最大の難関だ。

 醤油代わりの調味料はある。みりんは、合成の酒と砂糖でギリギリ成立する。

 問題は、この料理の魂である「出汁」だ。


 スペースツナのような魚じみたものは無いかとオアシスの市場を探し回ったが、無かった。

 俺は発掘した「乾物」たちを睨みつけた。


 一つは、『虚空ゲソ』。

 真空宇宙を漂う軟体生物の足らしい。見た目は干からびたエイリアンのミイラだが、炙るとスルメのような香りがする。いずれ生にお目にかかりたいものだ。


 もう一つは、『岩盤茸ガンバンタケ』。

 小惑星の岩盤に張り付いて育つ菌類だ。石のように硬いが、旨味成分の塊だという店主の言葉を信じて買った。


「……こいつらから、最善のスープを引き出す」


 どう足掻いても鰹節や昆布のそれにはならないが、スープを引き出す。


 俺はバーナーに『虚空ゲソ』を容赦なくかざし、炙った。

 パチパチと爆ぜる音と共に、生臭さが消え、香ばしい匂いが立ち上る。焼きアゴ出汁ならぬ、焼きゲソ出汁だ。


 その間に、『岩盤茸』をぬるま湯で戻す。

 セオリーなら一晩掛けるところだが、宇宙食材達にそれが有効かもわからない。

 俺は両者を入れた鍋を火にかけ、煮出すことで強引にエキスの抽出を試みることにした。


 数分後。

 鍋の中では、真っ黒な液体がグツグツと煮立っていた。

 見た目は魔女の薬だが、香りは……。


「……ふむ。不思議な香りだ。海の匂いと、森の土の匂いが混ざり合っている」


 いつの間にかキッチンに来ていた教授が、鼻をひくつかせた。


「味見してみますか?」


 俺は小皿にスープを取り分けた。

 教授が一口啜る。


「……!! ほう……これは……」


 教授の目が大きく見開かれた。


「複雑怪奇だが、不快ではない。むしろ、強烈な旨味が舌の根を掴んで離さない。……合成食の単調な味とは対極にある、生命のスープだ」


「合格みたいだな」


 ここへ醤油もどきと合成みりんもどきを加え、味を調える。

 カツオでも昆布でもない、未知の宇宙出汁。だが、蕎麦の強い香りを迎え撃つには、これくらい癖があった方がいい。


 最後は具材だ。

 エビ天のような豪華なものはない。

 あるのは、『タマネギモドキ』と、出汁を取った後の『虚空ゲソ』を刻んだもの。

 そして――。


「ミナ、耐熱ツタの緑のところ、少し取ってきてくれ」


「えっ? 食べるの?」


「ああ。新芽じゃなくて、少し育った葉と茎を使う。あれ、苦味はあるが、調理によっちゃ食えるとみている」


 新芽がモヤシなら他も食えるんじゃないかと味見を済ませていたのだ。

 これにはバイオ・コアによる管理補助によって硫黄分などの有毒成分は不要だったことが判明していることも大きい。彼らは単に熱に強い以外は俺の知るような普通の植物に近かった。


 ミナがプランターから『耐熱ツタ』を毟り取り、持ってきてくれた。

 これらを蕎麦粉の衣でまとめ、高温の油へ投入する。


 ジュワアアアアッ……!!


 心地よい音と共に、香ばしい油の匂いが広がる。

 ごま油なんて上等なものではない、合成食用油だが、雑多な食材たちも、油を吸えば立派な『かき揚げ』だ。


 茹で上がった蕎麦を冷水で締め、熱々のつゆをかける。

 その上に、揚げたてのかき揚げを乗せれば完成だ。


「さあ、できたぞ。『銀河の果ての年越しそば』だ」


 湯気を立てる丼が、全員の前に配られた。

 灰色がかった不揃いな麺。黒く透き通ったつゆ。そして、ゴツゴツとした巨大なかき揚げ。

 見た目は無骨で、まともなそばとは比べるべくもないが、それでも圧倒的な「本物の食材の匂い」が漂っている。


「……これが、そば?」


 ミナが恐る恐る箸(俺がロッドを削って作った)を持つ。


「食べ方にはコツがある。音を立てて、空気と一緒に啜り込むんだ。そうすることで、香りが鼻に抜けて美味くなる」


「音を立てるのですか? マナー違反では?」


 エマルガンドが戸惑うが、俺は構わず手本を見せた。


 ズズッ、ズズズズッ!!


 行儀の悪い音が響く。

 口いっぱいに広がる、本物の穀物の、蕎麦特有の香りと出汁の旨味。

 十割特有のボソッとした食感が、噛むほどに甘みに変わる。

 そして、つゆを吸ってふやけたかき揚げ。タマネギモドキの甘みと、ツタのほろ苦さ、ゲソの弾力が渾然一体となって押し寄せる。


「……うんめぇ」


 思わず声が出た。

 これだ。この染み渡る感覚。一年間の苦労が、胃袋に溶けていくようだ。涙が出るほどにうまい。


「……ズズッ。……む、難しい」


 ミナが真似をして啜る。

 目を見開き、そしてにへりと笑った。


「おいしい! なんか、土の味がするけど、なんだか懐かしい感じ!」


「ふむ……。……なるほど、香りを楽しむための吸引か。合理的だ」


 教授も器用に啜り上げている。

 ルシアとエマルガンドも見よう見まねで箸を動かし、その素朴な味に吐息を漏らした。


「この細く長い麺には意味がある。『細く長く、来年も生き延びよう』っていう願いが込められてるんだ」


「生き延びる、ですか……」


 エマルガンドがしみじみと麺を見つめる。

 この過酷な宇宙で、それは何より切実で、重みのある願いだ。


「よい風習ですね」


 ルシアが静かに微笑んだ。


「来年も、貴方様の胃袋と資産をお守りします、マスター」


「お手柔らかにな」


 俺たちは丼を持ち上げ、最後の一滴までスープを飲み干した。

 身体の芯から温まったところで、俺の指示に首をかしげながらルシアがコンソールを操作する。


 ゴーン……ゴーン……。


 船内スピーカーから、合成された鐘の音が厳かに響き渡った。

 除夜の鐘だ。


 本物とは程遠い紛い物の出汁と、雑草扱いの粉で作った蕎麦。

 それでも、今の俺たちにとっては最高の御馳走だった。


 さあ、来年も生き残って、美味いもんを食い尽くしてやろうぜ。

 今の彼らにはこれが限界......!しかし、年越し蕎麦を出せました!!!


 作者的にもかなり限界です。急にモノは出てこない……!

 蕎麦をどうにか出せないかと考えに考え、ガレットに辿り着きました。

 ガレットを作ってみたくてそば粉を買った経験が生きましたね。


 年始ネタはマグロで勘弁してください。


 面白かった、続きが楽しみ、と思っていただけたら「★」をポチッと!

 アキトの明日の夕飯が少しグレードアップするかもしれません。よろしくお願いします!

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