第7話 輸送船稼働開始
「……では、事情を説明してください。マスター」
ルシアによって、船長席に無理やり座らされた俺は、尋問官のような彼女の視線を受けながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
ここがVRゲーム『スター・フロンティア』の世界であること。
俺がプレイヤーとして転生してきたこと。
船以外の資産、および有機生命体のクルーが消失していること。
そして何より――この世界で「まともな飯」を食うことが至難の業であること。
話し終えると、ルシアはわずかに眉を寄せ、数秒間の沈黙を作った。
高性能な電子頭脳が、俺の世迷言を演算処理している時間だ。
「……前半の『転生』云々は信じ難いですし、後半の『美味い食事』への執着も非合理的すぎて理解不能ですが」
ルシアは冷ややかな声で結論を述べた。
「少なくとも、現状のステータスとは一致します」
彼女はスッと背筋を伸ばし、手を差し出した。
「そして、貴方様が仰る『ゲームの中の私』ではなく、ここに存在する『本来性能の私』であれば、権限を頂ければ、あらゆる情報支援が可能です。」
その瞳には、プログラムされた忠誠心とは違う、どこか試すような光が宿っていた。
俺は苦笑し、コンソールを叩いた。
「言われなくても、一人でまわるような船じゃないからな、頼むよ。」
他に頼るものもないし、今更ためらう理由もない。俺の操作を受け入れ、ルシアの瞳の奥で青い光が流れる。
『アクセス承認。船体制御システムとのリンクを確立します』
声色が、事務的なシステムボイスに切り替わった。
だが、すぐに彼女の顔がしかめっ面に戻る。
「……掌握完了。ですがマスター、報告すべき致命的な問題が二点あります」
「なんだ?」
「第一に、私のアルゴリズムです。専用の戦闘ルーチンがインストールされていないため、自律火器管制の効率はマッコウクジラ本来のスペックの23%に留まります」
「23%か……まあ、俺が手動で撃つからいい。」
「そして第二に。これが深刻です」
ルシアは空中にホログラムウィンドウを展開した。
そこには、船の武装リストがずらりと並んでいる。
「当艦の火器の67%を占める実体弾兵器およびミサイルランチャーですが……。弾薬の在庫が、ほぼゼロです」
「…………あー」
俺は頭を抱えた。
「どういうことですか? これだけの重武装艦を作っておいて、弾を一発も積んでいないとは」
「いや、仕方ないだろ! 実弾はロマンなんだよ!!!」
俺は身を乗り出して力説した。
「それにゲーム内じゃ、船体固定武器の弾薬なんて無限だったんだ。クールタイムさえ待てば勝手にリロードされたし、対シールド効率が悪くても弾幕でごり押せた。いちいち金払って弾補充する仕様じゃなかったんだよ」
「……はぁ」
本日二度目の、深い深いため息。
「ここは現実です、マスター。撃てば減りますし、無ければ出ません。……つまり現状、この船の戦力の七割はただの飾りです」
「うっ」
「残る光学、電子、プラズマ等のエネルギー兵器だけで戦うしかありませんね。……火器管制のキャリブレーションも必要です。画面の真ん中から弾が出るわけではありませんから」
ルシアは手際よくウィンドウを操作し、一枚のクエストデータを表示した。
「ちょうどいい輸送依頼があります。隣接星系への『鉱物資源輸送』。報酬は相場より高めですが、理由は『海賊出没率の高い危険航路』だからです」
「おい、弾がないのに海賊退治か?」
「大丈夫です。見てください、この船の外観を」
ルシアはブリッジのスクリーンに、外から見た『マッコウクジラ』の姿を映し出した。
全長500メートル。つるりとした流線型の船体。
一見すると、デブリ除去用の小口径レーザー機銃くらいしか見当たらない、ただの巨大な輸送船だ。
「マッコウクジラの武装は全て装甲下に隠蔽されています。傍目には無防備な大型艦に見えるでしょう」
「それがマズイんじゃないか? カモだろ」
「いいえ。この世界の常識では、輸送船の防衛手段は二つ。『護衛艦を雇う』か、『自身の船内に戦闘機や高価な戦闘ドローンを搭載する』かです」
ルシアは淡々と解説する。
「単独で航行するこのサイズの船は、後者――つまり『内部に強力な迎撃戦力を抱えている』と見なされます。中身が空っぽで弾もないとは夢にも思わないでしょう。」
「……なるほど。ハッタリで押し通すわけか」
「それに、一般的な宙賊レベルなら稼働可能な武装だけでも問題ありません。」
数時間後。俺たちの前には、依頼主である小太りな商人が立っていた。
「いやぁ、助かりますよ! 最近はこの航路も『宙族』が多くて困っていたんですが……」
商人は『マッコウクジラ』を見上げ、値踏みするように目を細めた。
護衛艦の姿はない。あるのは巨大な輸送船が一隻のみ。
「……ふむ。単独行ですか。ということは、艦載機搭載型ですかな? あるいはこのサイズなら相当な数のドローンを積めそうだ」
商人は勝手に納得して頷いている。
俺は肯定も否定もせず、ただ曖昧に頷いた。
「……ああ。任せてくれ」
俺は努めて低い声で、短く答えた。 ボロが出ないようにするための棒読みだが、商人には「手の内を明かさない熟練者の用心深さ」と映ったらしい。確率選択肢の成功率を高めるパーク表情とかにいい感じに作用してくれているんじゃないだろうか。
「素晴らしい……! それに、そちらのオートマトンも」
商人の視線が、俺の斜め後ろに控えるルシアに向けられた。
彼女は無表情で直立しているだけだが、その立ち姿には一分の隙もない。
「これほど精巧なオートマトンは、目が飛び出るほど高価だ。それを惜しげもなく手元に置いておける資金力があるなら、防衛設備も万全でしょう」
商人はホクホク顔で契約書にサインをした。
俺は背中を冷や汗が伝うのを感じていた。
だが、もう後戻りはできない。
俺たちは指定されたコンテナを搬入し、固定する作業に取り掛かった。
「計算通りですね、マスター」
すれ違いざま、ルシアが小声で囁く。
「相手が勝手に過大評価してくれました。これで前金は確保です。……さあ、出航しましょう。私の性能テストも兼ねて、素晴らしい初仕事になりそうです」
その口元が、わずかに――本当にわずかにだが、好戦的に歪んだのを見た気がした。
俺は覚悟を決めて操縦席に座る。
実弾在庫ゼロの銀河級輸送船、いざ抜錨だ。
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