第67話 暗礁宙域『ヴォル・ガ・ド』後編
さて、戦闘開始だ。小型艦は一旦ルシアに任せ、俺は巡洋艦に集中するはずだった。
だが。
「……照準、安定しません。……補正中……」
ルシアの声に、焦りが混じる。
マッコウクジラの船体各所からビームやレーザーが放たれるが、狙いが定まっていない。
以前の彼女なら、複数の砲塔を連携させ、弾幕の隙間を縫うような技巧を凝らした射撃を見せていたはずだ。
それが今は、敵艦の周囲を掠めるだけの威嚇射撃のような体たらくだ。
「おい、どうした? 無駄弾が多いぞ」
「申し訳ありません……。火器管制システムへのリソース割り当てが低下しています。敵の捕捉に……迷いが生じています」
「迷いだと? お前がか?」
ルシアほどの超高性能AIが、たかだか数十のターゲット処理で遅延を起こすなどありえない。
「……原因は、新規実装された『感覚処理ドライバ』です。これが、入ってきた情報を過剰に解釈しようとしています」
「どういうことだ」
「例えば、敵ミサイルの熱源情報です。今までの私なら、それを単なる『座標データ』と『熱量』という2つのパラメータとして処理していました。ですが今の私は、その熱源に対し……『色彩』『放射熱のゆらぎ』『空間への伝播速度』など、数千種類の感覚パラメータを自動生成し、紐付けてしまうのです」
ルシアはモニターの中で、苦しげに眉を寄せた。
「敵機一機の挙動を計算するだけで、以前の数万倍のデータ量が発生しています。単純な『座標』が、今の私にはあまりにも高解像度な『実像』として認識され……演算メモリを食いつぶしているのです。冷徹に処理すべきデータが、あまりにも重すぎます」
「……バグか?」
「いえ、仕様です。世界を『質感』として捉えるということは、それだけの情報量を処理するということです。この不要な処理の最適化には……現在の戦闘状況下では、とても時間が足りません」
マジかよ。
「美味しい」を感じるための代償が、これほどの負荷だとは。
ルシアの得た「豊かさ」は、戦闘においては致命的な「重り」になってしまっている。
「うぅぅ……おしまいですぅ……」
エマルガンドが絶望して床にへたり込む。
「落ち着け助手。この船のシールド出力は要塞並みだ。俺が手動で撃ち落とすまで、何百発食らってもびくともしねえよ。時間を掛けてじっくりやればいいだけだ」
俺はコンソールを叩き、全機銃の制御を自分に引き戻そうとした。
だが、数が多い。俺一人で操艦しながら全方位を迎撃するのは骨が折れる。
その時だった。
機関室からの回線が開いた。
『アキト、ルシアの影響はこちらでも確認してる』
ミナの声だ。
「ミナか! 悪いが今は手が離せん!」
『バイオ・コアを使う。今、仮設ケーブルでこの船のサブプロセッサとして直結するから』
「カボチャをか!? 大丈夫なのか!?」
『大丈夫。あの子、教授に調整してもらってからすごく元気なの。計算リソース余らせてるから、繋ぐよ』
直後。
コンソールの表示が一変した。
『――外部演算ノード……接続……』
『……計算……代行……』
ルシアの瞳の明滅が安定し、荒ぶっていた自動火器管制システムの照準が、再び敵影を捉え始める。
「……演算能力、回復しました。万全とはいきませんが、許容範囲内の精度には収まっています。バイオ・コアがバックグラウンド処理を肩代わりしてくれました」
ルシアの声にも、本来の冷徹な響きが戻る。
荒削りだが、今はそれで十分だ。カボチャの野郎、ただ飯食らいじゃなかったらしい。艦内LANに寄生するだけでなく、家賃分くらいは働く気になったか。
「よし、今度こそ反撃だ。……まずは動きを止めるぞ」
俺は艦首主砲のセーフティを解除した。
ジェネレーターの過負荷により、機能不全に追い込む『イオンキャノン』だ。
「さて、インターディクターなんて代物を持ってる船に、こいつがどれだけ利くか。お試しだな」
「ターゲット、敵旗艦。……ルシア、食らわせてやれ」
「了解。イオンキャノン、発射」
艦首から放たれたのは、青白い電磁の奔流だ。
膨大なエネルギーの解放により、船体の骨格が軋むような重低音が響いてくる。
高出力イオンキャノンの奔流が、敵艦隊の中央に鎮座する巡洋艦を中心に飲み込んでいく。
敵艦のシールドが激しく波打ち、推進器の輝きが弱まった。
「敵旗艦、ジェネレーター出力低下。」
「ハッ、いいザマだ。イオンキャノンなんて、正規軍の艦隊にだってそうそう積んでない代物だからな。警戒の外なのも無理はない」
「よし、弱ったところを剥がすぞ!」
マッコウクジラの船首下部から紅蓮の大口径パルスレーザーが放たれた。
弱体化したシールドを飽和させ、一気に無力化する作戦だ。
だが。
「――敵艦、緊急回頭!」
ルシアの警告通り、敵旗艦がありえない角度で船体を捻った。
サブジェネレーター、いや燃料を直接燃焼させるタイプのブースターだろう。
レーザーが虚空を切り裂き、あるいは浅い角度でシールドに弾かれ、光の粒子となって霧散する。
「くそっ、なかなかやるじゃないか! 性能頼りって訳じゃなさそうだ」
「敵、回避行動を継続。……粘ります。シールド強度、未だ60%を維持」
モニターの中で、敵艦が巧みにデブリを盾にしながら、こちらの射線を外してくる。
なにより地の利は向こうにある。
このまま持久戦になれば、エマルガンドの心臓が先に止まりかねない。
「……いいえ、逃がしません」
ルシアが静かに呟いた。
「将来位置予測、修正完了。……そこです」
彼女の指先が走ると同時、いくつかのパルスレーザーが敵の回避先へ向けて発射され、ガウス砲がそれに続く。
まるで吸い込まれるように、レーザーが敵艦を捉えて逃さない。
カッ、と音もなく閃光が弾けた。
まずは護衛の小型艦が二隻、回避しきれずに爆散した。
そして守る術を失った旗艦に、残りの砲塔が集中する。
パリンッ、という幻聴が聞こえるほど鮮やかに、敵旗艦を覆っていた光の膜が砕け散った。
「敵シールド、消失。丸裸です」
「ハッ、チェックメイトだ」
俺は残忍な笑みを浮かべ、コンソールを弾いた。
盾を失った船など、ただの鉄の棺桶だ。
この船には、巡洋艦クラスとも正面から渡り合えるだけの、中口径徹甲弾がきっちり積んである。
エネルギー兵器で盾を剥がし、実体弾で中身を砕く。
マッコウクジラ本来の戦闘スタイルが取り戻されつつある。
無防備な宙賊艦隊に対し、嵐のような弾幕が降り注いだ。
シールドを失った敵艦に、徹甲弾が容赦なく突き刺さる。
流石は元軍用艦の複合装甲だ。着弾の瞬間、凄まじい運動エネルギーを受け止めようと軋みを上げるのが見て取れる。
だが、それも何度とは続かない。
耐えきれずに砕け散った装甲の隙間から、衝撃波が内部へと突き抜け、ジェネレーターを叩き潰す。
赤黒い亀裂が船体を走り、内側から溢れ出した爆炎が巨体を食い破っていく。
一瞬の静寂の後、モニターの中で巨大な火球が無音で膨れ上がった。
インターディクターを搭載した旗艦もろとも、彼らは宇宙の塵となった。
「戦闘終了。……全敵艦の撃沈を確認」
ルシアが静かに告げる。
船内に、再び静寂が戻った。
俺は大きく息を吐き、主砲の冷却を開始した。
「ふん。少し弾薬を使っちまったが、お釣りは出るだろ」
俺は鼻を鳴らし、シートに深く身体を沈めた。
邪魔が入ったが、これで憂いはなくなった。
「さて、と。……ルシア、回収ドローンを展開しろ」
「回収、ですか? 先を急ぐのでは」
「どうしても急がなきゃいけない旅程じゃない。寄り道ついでに小遣い稼ぎといこう」
俺は指先で宙賊船の残骸――特に、インターディクターが搭載されていた区画のデブリを指定した。
「あのクラスの軍用パーツに使われてるレアメタルは貴重だ。スクラップとして売るだけでもいい値になる。それに、インターディクターの残骸だ。研究資料としても価値があるんじゃないか?」
チラリと教授を見ると、彼は肩をすくめた。
「私は生体工学が専門だ、機械屑には興味がないね。だが……ヴァーナなら相場よりも高く買い取ってくれるだろう。あの女狐はそういうゲテモノが大好物だからな」
教授はニヤリと笑うと、再び紅茶を口にした。
「了解。……有益な資源を選別し、回収します」
マッコウクジラのハッチが開き、小さな機械の群れが宇宙空間へと散っていく。
「生きてる……? 私、まだ生きてる……?」
作業が進む中、床にへたり込んでいたエマルガンドが、恐る恐る顔を上げた。
その顔を見て、俺は思わず吹き出しそうになった。
分厚い眼鏡はずり落ち、髪も振り乱れ、顔面は蒼白だ。
「酷い顔だぞ、助手」
「えっ……? あ、あう……」
エマルガンドが力なく眼鏡を直そうとして、手が震えて上手く掴めていない。
「……おいルシア、エマルガンドに気付け薬代わりの濃いコーヒーを頼む。あと教授にはおかわりを」
「承知いたしました」
「ふむ、なかなか興味深いデータが取れたな。カボチャと艦船システムの接続実験か……。これだけで論文が書けるぞ」
教授は涼しい顔で、宙賊の残骸よりもミナの応急処置の方に興味を示していた。
「さて、と。再出発だ。ルシア、航路の再計算を」
「はい。……バイオ・コアとの連携プロトコルを維持しつつ、最適解を算出します」
ルシアは少しだけ誇らしげに――あるいは、自分の不調をカバーできたことに安堵したように――コンソールに向き直った。
ドローンたちが戦利品を抱えて戻ってくる。
マッコウクジラは、残骸と化した宙賊たちを腹に収め、再びハイパードライブへの加速を開始する。
ヴォル・ガ・ド宙域の洗礼にしては、少々相手が悪かったな。
後半がギリ分けた方がいいぐらい長い。次話はご飯を食べますよ!!!
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