第66話 暗礁宙域『ヴォル・ガ・ド』前編
商業コロニー『フリーポート・ノヴァ』を出港して数時間。
マッコウクジラは、目的の食材、星間回遊魚『スター・ツナ』が生息するガス星雲を目指し、その道中に横たわる難所――暗礁宙域『ヴォル・ガ・ド』へと進路を取っていた。
窓の外には、光が後方へと流れる亜空間トンネルの景色が広がっている。
「……ふむ。ここがあの悪名高いヴォル・ガ・ド宙域か。亜空間のスペクトル干渉が実に不安定で美しい。ゾクゾクするねえ」
ブリッジのゲスト用シート――かつては通信士や航法士が座っていた席――で、シュタイン教授が優雅に紅茶を啜りながら嘯いた。
この偏屈な老教授は、命懸けの航海をまるでサファリパークのツアーか何かと勘違いしている節がある。
「教授、不謹慎な発言は控えてください……! 前回の現地調査団は、正規軍の護衛艦隊付きだったんですよ!? こんな民間船一隻で突っ込むなんて、話が違いすぎます! 今からでも引き返すべきですよぅ……ああもう、こんなことになるなら研究室に引きこもっているべきでした……」
その隣で、青ざめた顔で端末にしがみついているのは、助手のエマルガンドだ。
「何を言うかねエマルガンド君。船がただの張りぼてなら、骨までしゃぶられることになるぞと言ったのは私だぞ? その実証実験ができるんだ、喜ばしいことじゃないか」
「骨までしゃぶられたくないから申し上げているんですっ!まだ論文の査読も終わってないのに!」
エマルガンドが涙目で抗議する。
やれやれ、賑やかになったものだ。
俺は合成コーヒーを一口啜り、コンソールに向き直った。
「安心しろ助手。この船は頑丈だ。それに、ここを抜けて中立ステーション『オアシス』に入らなきゃ、スター・ツナの漁場には行けないんでな」
そう、全ては美味い魚のためだ。
刺身、寿司……は、米がないから無理か。なら兜焼きだ。脂の乗ったカマを塩焼きにするのもいい。
いずれにせよ、リスクを冒すだけの価値はある。
機器のステータスはオールグリーン。退屈なくらいに平和な航海だ。
そう思った、その時だった。
『警告。重力震、接近。――回避不能』
ルシアの警告と同時だった。
船体が、見えない巨人の手で鷲掴みにされたかのように激しく軋んだ。
「ぐおっ!?」
「ひいいぃぃッ!?」
物理的な衝撃が走り、俺はコンソールにしがみつく。
エマルガンドは「あがっ!」と短い悲鳴を上げ、教授のシートの背もたれに頭突きをしていた。
視界の外で、光のトンネルが弾け飛ぶ。
超光速で流れていた光景が瞬時に停止し、星々が点となる通常の宇宙空間へと強引に引きずり出された。
急ブレーキなんてもんじゃない。時速数百キロで走る車が、コンクリートの壁に衝突して止まったような衝撃だ。慣性制御がなければ全員ミンチになっていただろう。
「……ッ、例のインターディクターか!?」
俺は吐き気を堪えながら、メインスクリーンを睨みつけた。
そこに映っていたのは、デブリの影から現れた艦隊だった。
中央に鎮座するのは、違法改造された中型巡洋艦。その周囲を駆逐艦級が四隻、さらに無数の小型艦が取り囲んでいる。
塗装こそ剥げているが、巡洋艦のシルエットには軍用艦の面影が色濃く残っている。
「……ただの宙賊じゃないな。あれは軍用艦のフレームだ。廃棄されたスクラップか、裏ルートで横流しされた代物か……。何らかの方法で手に入れて、無理やり補修して動かしてやがる」
軍艦のスクラップを再生するなど、並大抵の資金と技術じゃ不可能だ。中立ステーションの利用料の徴収も兼ねているのだろうか。
まともな商船なら、遭遇した時点で白旗を上げるレベルだろう。
『ヒャハハハ! ようこそ、俺たちの庭へ! 通行料を払ってもらおうか、デカブツ!』
通信回線が開くと同時に、耳障りなノイズ混じりの声が響く。
「ひ、宙賊……! しかもあんな数! 終わりました、私の人生ここで終了ですぅ! まだ奨学金の返済も残ってるのに!」
エマルガンドが頭を抱えてガタガタと震えだす。
一方で教授は、モニターに映る敵艦の装備に目を細め、まるで博物館の展示を見るような目で観察している。
「ほう、噂は真実だったようだな。インターディクターの実物にお目にかかれるとは。スクラップから回路を復元したのか?」
「ルシア、状況報告。……シールドは?」
「展開済みです。戦闘規定に基づき、強制停止と同時に最大出力で維持しています」
よし。流石にそこは抜かりないか。
俺は即座に火器管制システムを起動する。
「敵艦、攻撃開始。……来ます」
敵艦隊から無数の光点と、実体弾が放たれた。
高価な誘導ミサイルは見当たらない。安価なロケット弾と、旧式のレールガン、そしてレーザーの雨だ。
質より量で押し切るつもりらしい。
船体を叩くような、鈍い振動が断続的に伝わってくる。
シールド表面で無数の爆発が起きているのだ。
だが、マッコウクジラの船体は微動だにしない。
ジェネレーター出力に余裕があるこの船にとって、この程度の弾幕はそよ風みたいなものだ。
「ひいいッ! 撃たないでくださいぃ! 私はただの助手ですぅ! 骨格標本にはなりたくありませんんん!」
「静かにしたまえ、エマルガンド君。悲観的な発言は志気に関わる。それにだ、船長くんの落ち着きようを見たまえ」
教授が涼しい顔で窘める。あんたが一番楽しんでるように見えるがな。
「被害軽微。シールド変動なし」
「よし。反撃だ。……俺は主砲と副砲でデカブツに集中する。ルシア、お前は小型艦に集中してくれ。数が多い、任せたぞ」
俺は手動で主砲のチャージを開始しつつ、対空・対小型艦用の小口径兵器の制御をルシアに回した。
今回はゲストもいる。いつものように戦利品のためにゆっくり丁寧ににとはいかないな。速戦即決といこう。
難産!!!書いては消してを繰り返していたら膨れ上がったので分割。
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