第63話 自由港での爆買い
銀色の都、テクネ・プライムを出港して数日。
マッコウクジラは中継地点である商業コロニー『フリーポート・ノヴァ』のドックに滑り込んだ。
「到着だな。ルシア、積み荷の状況は?」
「オールグリーン。データスレート5ケース、および研究サンプルの小口コンテナ2つ、全て破損なし。荷受人への引き渡し準備完了です」
今回の航海も、空荷ではない。
テクネ・プライムを出る直前、シュタイン教授の口添えで、いくつかの配送依頼を受けることができたのだ。
マッコウクジラの巨大なカーゴを埋めるような大口貨物こそなかったが、「アカデミー関係者船」という箔がついたことで、重要度の高いデータ輸送や、デリケートなサンプルの急送といった「割の良い仕事」が回ってきた。
報酬額はそこそこだが、何より傭兵管理機構や行政機関に対する『信用スコア』が稼げるのが大きい。
そして、この報酬が今回の買い物資金、そして当座の運転資金となる。
「よし、サクッと納品して、街に繰り出すぞ!」
◇
『フリーポート・ノヴァ』。
自由貿易港の名を冠するこのコロニーは、テクネ・プライムの静謐さとは対極にある、熱気と喧騒の街だった。
巨大なアーケードには、あらゆる星系から集まった物資が溢れかえっている。
「……すごい匂い。いろんなものが混ざってる」
タラップを降りた瞬間、ミナが鼻をひくつかせた。
スパイスの刺激臭、焼ける肉の脂の匂い、甘い果実の芳香。
それらが混然一体となって、市場の空気を満たしている。
フリーポートと言うだけあって、食文化も相応に発達しているようだ。テイスティキューブ一色の味気ないコロニーとは違い、ここには「食」を楽しむ活気がある。
「嗅覚センサー、感度良好。……情報の奔流です」
ルシアもまた、目を輝かせて(いるように見える)、市場を見渡している。
これまでの彼女ならノイズとして処理していたであろう雑多な匂いを、今は色彩豊かな情報として楽しんでいるようだ。
「さて、効率よく回るために二手に分かれよう。俺と教授は『機材班』だ。調理器具と、船の備品を見て回る」
「じゃあ、私たちは『食材班』ですね」
「うむ。エマルガンド、君は彼女たちの案内役だ。自走式リフターの管理と荷物持ちも兼ねてな」
「は、はいぃ……」
教授が指差した先には、追従型の自走式キャリアーが待機している。
便利な機械だが、繊細な食材を山盛りにするなら、結局は人間がバランスを見て積み込む必要がある。彼女の苦労は目に見えていた。
こうして俺たちは、それぞれの獲物を求めて市場の雑踏へと散った。
◇
俺と教授が向かったのは、業務用厨房機器を取り扱う専門店街だ。
軒先に並ぶのは、巨大なミキサーや、見たこともない形状の加熱器。
だが、俺は狙いを一つ決めていた。
「あった……!」
一軒の専門店の奥に、それは鎮座していた。
銀色に輝く筐体。堅牢なハンドル。そしてデジタル制御の操作パネル。
『業務用スチームコンベクションオーブン』。
熱風と蒸気を自在に制御し、「焼く・煮る・蒸す・揚げる」を一台で完璧にこなす、現代調理の神器だ。
「ほう。なかなか立派な代物じゃないか」
「ええ。コイツがあれば料理の幅が劇的に広がります。ローストビーフも、煮込み料理も、パンの発酵から焼き上げまで自由自在だ」
俺は愛おしそうに筐体を撫でた。
値札を見る。
……高い。
俺の知る相場よりもずいぶんと高額だ。テイスティキューブが普及したこの世界では、旧来の調理器具は一部の物好きか富裕層向けの嗜好品扱いなのだろう。需要の少なさが価格に反映されている。
テクネ・プライムでの依頼報酬があらかた吹き飛ぶ額だ。
だが、教授は涼しい顔で店員を呼んだ。
「これをくれ。それと、あそこにある真空パック機と、低温調理用のサーキュレーターもだ」
さらに教授は店内の棚を指差していく。
「それに、基本的な道具も揃えておきたまえ。中華鍋一つで全てをこなすのは見ていて心もとない」
「お言葉に甘えます!」
俺は遠慮なくカートに放り込んでいった。
フライパン、厚手の寸胴鍋、片手鍋。これまで代用品で済ませていたレードル(お玉)やフライ返し、包丁セットに、まな板。
どれもこれも、料理をする上で欠かせない相棒たちだ。
「支払いはアカデミーの経費口座から落とせ」
「は、はいっ! 毎度あり!」
店員が揉み手で飛んできた。パトロンの財布、最強である。
これでようやく、まともな「厨房」ができる。
勿論、最終的にキッチンユニットは導入するつもりだ。絶対にだ。
◇
一方、食材班。
「見て、ルシア。この赤い実、すごく甘い匂いがする」
「スキャン完了。糖度18度。原産地は惑星ベレヌスです。……予測される味覚パターンは、酸味と甘味のバランスが良好。サラダのアクセントとして推奨されます」
ルシアは市場の棚をスキャンしながら、次々とリフターのコンテナに野菜や果物を放り込んでいく。
以前なら「栄養価」と「保存性」だけで選んでいただろうが、今の彼女の基準は違う。
「味のハーモニー」だ。
「あ、あの……ルシアさん、買いすぎじゃありませんか? リフターの積載限界、もうギリギリですよぅ……!」
追従する自走式リフターは既に山積みで、センサーが過積載の警告音を鳴らし始めている。溢れた荷物を両手に抱えたエマルガンドが、涙目で訴える。
「問題ありません。新型フリーザーの容量と鮮度保持能力を計算に入れれば、この程度の量は許容範囲内です。それに……」
ルシアは立ち止まり、精肉店のショーケースを見つめた。
そこには、見事なサシが再現された合成ブロック肉が並んでいる。
かつて見た最低品質のペースト成形肉とは違う。繊維の方向や脂の入り方まで計算され、それなりの加工技術によって「肉らしさ」が生み出されている高級品だ。
「教授は、野菜の煮込み具合にはうるさいと聞きました。ですが、肉料理に関してはどうでしょう?」
「え? あ、はい。教授は……その、お肉が好きです。特に、柔らかくてジューシーなやつが」
「記録しました」
その時、ルシアの瞳の奥で微かな光が明滅した。
機材班とのデータリンクにより、購入情報が共有されたようだ。
「マスターがスチームオーブンの購入を完了したようです。では、その性能をテストするために、最適な部位を選定します」
ルシアは迷わず、最高級グレードの合成ロース肉を指差した。
「これを3キロ。真空パックでお願いします」
◇
数時間後。
マッコウクジラのカーゴには、山のような戦利品が積み上げられていた。
新鮮な野菜、肉、魚介類。多種多様なスパイスと調味料。
そしてキッチンには、真新しいスチームオーブンが鎮座している。
「……壮観だな」
俺は腕組みをして、充実したキッチンを見渡した。
冷蔵庫はパンパン。調理器具はプロ仕様。
これなら、どんな料理だって作れる。
「社長! 早く何か作ろうよ! お腹空いた!」
「肯定。食材の鮮度は最高状態です。私の味覚センサーも、試食の準備が完了しています」
ミナとルシアが待ちきれない様子で急かしてくる。
エマルガンドも、山盛りの荷物運搬で疲れ切ってはいるが、どこか期待の眼差しだ。
教授はと言えば、「手並み拝見といこうか」とワインを開けて待っている。
「よし。じゃあ、こいつの火入れ式といこうか」
俺はオーブンの電源を入れた。
今夜のメニューは、こいつの性能をフルに活かしたご馳走だ。
こんな立派な機材入れていいのか悩んだけど教授が妥協を許してくれなかった。
教授が予算の制約を無視する……。
あとミナ、アキト呼びより社長呼びの方が似合うからそうしてしまう。
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