第6話 箱入り娘(天地無用)
250万クレジットという種銭を手に入れた俺は、一旦『マッコウクジラ』のブリッジに戻り、今後の計画を練りながら、違和感について考えていた。
「メンテナンスドローンがいねぇんだよな」
ブリッジクルーは雇用枠のNPCだが、清掃や修理を行うドローンたちは「船内備品」、というかシステムの一部だったはずだ。 船を購入した時点で勝手に湧いて出てくるエフェクトだったが……。 買い直さなきゃならんのか?
「……まだ船の中も全部見たわけじゃないっちゃ無いか」
俺は広大な船内マップを頼りに、備品倉庫へと向かった。
倉庫のドアを開けると、そこは物流センターだった。 壁一面に、大小様々な段ボールやコンテナが、テトリスのように隙間なく積み上げられている。
「うわぁ……あったのはいいけどよ、これ全部、自分で開封してセットアップすんのかよ」
気が遠くなる作業だ。 だが、放置すれば船はゴミ屋敷になり、いずれ機関部が不調を起こす。 俺はとりあえず、一番手前にあった「清掃ドローン FC328」のパッケージを引きずり出した。
その時だ。
カタ……カタカタ……。
「ん?」
静まり返った倉庫の奥から、乾いた音が聞こえた。 ネズミか? 宇宙船の中に掬う害獣はいるが、この短期間で空っぽのこの船にいるわけがない。
俺は音の発生源へと近づく。 それは、部屋の隅に置かれた、ひときわ縦に長い棺桶サイズの強化プラスチックケースだった。 表面には『精密機器』のステッカーが貼られている。
カタカタカタカタカタカタッ!
俺が近づくと、振動は激しくなった。
まるで、中身が必死に暴れているような。
「……なんか、嫌な予感がするな」
よく見ると、ケースの留めには、外側から厳重に工業用テープや電子ロックで封がされているる。 つまり、「中からは絶対に開けられない」仕様だ。 誤配送されたエイリアンの卵か何かか?
だが、ラベルには見覚えのある型番があった。
『Type-L003 Production Model: LUCIA』
「……ルシア?」
俺の記憶が正しければ、それは人型アンドロイドの名前だ。 なんぞの超高難易度クエストの報酬だったはず。 性能は地味だ。「交易レートの最適化2%」とか「火器管制のロックオン時間5%短縮」とか、あった方がいいっちゃいいが、ぐらいのやつだ。コンパニオンは何を設定してもそんなもんなもんだから、見た目で選ぶのが正解で、だから俺はずっとルシアを船内管理コンパニオンに設定していた。
「そうか、コンパニオンはクルーと同じNPCだけど、ルシアは入手時はアイテムだった、な。」
俺は恐る恐る、船の管理用端末を電子ロックに近づける。画面上で緑のチェックマークが表示され、 プシュッ、と気密が解除される音が響く。
ゆっくりと蓋が開く。
そこには、緩衝材のスポンジに埋もれるようにして、一人の少女が詰まっていた。
透き通るような銀髪。作り物めいた白磁の肌。
整いすぎた顔立ちは、確かに「美少女」という記号そのものだ。
メイド服をアレンジしたような機能的なボディスーツに身を包み、その膝を抱えて丸まっていた彼女は――。
ゆっくりと顔を上げ、俺を見た。
その瞳は、絶対零度のアイスブルー。 そして、絶対零度の軽蔑が宿っていた。
「……」
「……」
沈黙。
俺はどう声をかけるべきか迷った。「初めまして」か? 「おはよう」か?
だが、その前に彼女の唇が動いた。
「――帝国暦3025年、10月14日、16時42分」
「は?」
美しいアルトボイス。だが、抑揚は極めて機械的で、冷徹だ。
「現在時刻です。貴方様がこの『マッコウクジラ』にて意識を覚醒させてから、現在までの経過時間は、72時間と14分32秒」
彼女――ルシアは、緩衝材の海から優雅に立ち上がると、スカートの埃を払う動作をした。 そして、氷のような視線を俺に突き刺す。
「その間、私はこの暗黒の箱の中で、緩衝材のポリスチレンと密着し、意識がある状態で待機しておりました。……3日間も」
「あー……えっと」
「ドローンならいざ知らず、高機能自律AIである私を? 梱包状態のまま? 3日間放置? ……合理的かつ人道的な判断とは言えませんね、マスター」
最後の「マスター」という響きに、隠しきれない棘があった。
「いや、違うんだ聞いてくれ。俺だって知らなかったんだよ! お前らが自分で出てこないなんて!」
「言い訳は結構です。ログは全て記録しました」
ルシアは冷たく言い放つと、つかつかと俺に歩み寄ってきた。
そして、俺の顔を覗き込む。
甘い香りがした。機械油ではなく、高級な香水のような匂い。
「生体スキャン完了。……栄養失調、軽度の重金属汚染、および精神的な疲労が見られます。全財産の大半を失ったショックによるものでしょうか」
「うっさいわ」
「ですが、登録認証は正常です。……不本意ながら、本刻をもってシステムをオンラインにします」
ルシアは優雅にお辞儀をした。 その所作は完璧で、主人に忠実なメイドそのものだった。表情以外は。
「船内管理コンパニオン、ルシアです。以後、この船の在庫管理、経理、および戦闘補助を担当します。……はぁ」
溜息ついたぞ今。
アンドロイドが溜息つく機能なんてあったか?
「とりあえず、マスター。ドローンを展開し、直ちに清掃プロセスを開始します。貴方様は邪魔ですので、ブリッジの隅で大人しくしていてください」
「おい、俺は船長だぞ」
「船長なら、船長らしく振る舞ってください。……例えば、少しはマシな積荷を見つけてくるとか」
ルシアはジロリと俺を睨んだ。
「現在の資金残高と、収支予測を計算しました。……絶望的ですね。私の演算回路が『バグではないか』と警告を出しているレベルの赤字です」
「ぐうの音も出ねぇ……」
「わかればよろしい。さあ、働いてくださいマスター。借金を返すまで、このルシアが徹底的に管理させていただきますから」
そう言って彼女は、手近なドローンの箱を蹴り開けた。
文字通り、蹴り開けた。
俺は確信した。 この船に、とんでもない冷徹メイドが乗ってしまった、と。だが、彼女の言う通りだ。 地味なパッシブスキルだと思っていたが、彼女がいれば、少なくとも俺が一人で箱を開けまくる手間は省ける。
「……へいへい、わかったよ」
俺は肩をすくめ、ドローン達のセットアップを進める彼女を尻目に蹴り飛ばされたパッケージを片付け始めるのだった。
これ主従が逆では?
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