第57話 銀河の大動脈
商業コロニー『トランザクション・ハブ』を出港して数時間。
マッコウクジラは、この宙域の交通の要衝、『星系間ゲートウェイ "ゼフィリオン"』へと到達した。
「……でけぇな」
ブリッジのメインスクリーンに映し出された光景に、俺は思わず唸った。
漆黒の宇宙空間に浮かぶ、直径数十キロメートルにも及ぶ巨大なリング状の構造物。
その内側には、歪んだ空間が渦を巻き、青白い光の粒子が奔流となって吸い込まれている。
ここは銀河通商連合と星系軍が共同管理する、中立かつ絶対の不可侵領域だ。
周辺宙域には重武装の警備艦隊が目を光らせ、許可なく利用しようとする不届き者を容赦なく排除する鉄壁の守りが敷かれている。
超長距離を短時間で結ぶ「亜空間トンネル」の出入り口。
これを使わずに目的の星系へ向かおうとすれば、通常のハイパードライブを駆使しても数ヶ月、亜光速航行なら数十年はかかる長大な旅路を、わずか一瞬に短縮する。まさに銀河文明の大動脈だ。
「現在、ゲートウェイ通過待ちの待機列に接続中。通過予想時刻まで、およそ120分です」
ルシアが淡々と告げる。
ゲートの前には、巨大コンテナ船、高速連絡艇、さらには軍の巡視船まで、ありとあらゆる船が長蛇の列を作っていた。
これだけの数が集まれば、当然ながら処理には時間がかかる。
「ふん。相変わらずの手際の悪さだ」
同乗しているシュタイン教授が、窓の外を睨みつけて鼻を鳴らす。
「あれは空間を折り畳んでいるのではない。莫大なエネルギーで座標に穴を開け、無理やり固定しているのだよ。ロストテクノロジーの解析品とはいえ、その維持管理には天文学的なコストがかかっている。効率が悪くて当然だ」
「へぇ……。詳しいんですね」
「専門外だが、基礎教養の範疇だ」
教授の講釈を聞きながら、俺は順番を待った。
そしてようやく、俺たちの番が回ってきた。
『船体識別番号確認。全長500メートル級……重量級輸送艦ですね。通行料の算出を行います』
管制官の事務的な声と共に、端末に請求額が表示される。
『通行料、および重量加算、サイズ加算を含め……計85万クレジットになります』
「……は?」
俺は我が目を疑った。
85万。
ちょっとした依頼の報酬が丸々吹っ飛ぶ額だ。
「おいおい、高すぎないか? 民間船だぞ?」
俺は頭を抱えた。
ゲーム時代、ゲートウェイの利用料なんて誤差みたいなものだった。そもそもファストトラベルみたいなものだから高額じゃなかったし、当時の俺は膨大な所持金を持っていたから気にしたこともなかった。
だがここは現実、ゲートウェイ運営も商売だ。
通行料は「船の質量」と「サイズ」で決まる従量課金制。
張り込んだハイエンドの高重量な装甲や兵装、そして大容量の輸送艦としての図体が、この課金システムにおいては最悪の燃費ならぬ「通行費」を叩き出す原因になっていたわけだ。
「……ごめんね、社長。私が積んだ補修用の装甲材とか、重かったかな」
「いや、そんなもんは誤差みたいなもんだ。そもそもこの船が重すぎる。輸送艦が軽装な理由のひとつか……」
俺は泣く泣く決済を承認した。
安全と時間は金で買うものだ。わかってはいるが、財布へのダメージは精神に来る。
『決済確認。続いて、保安検査を行います。その場に停止し、スキャンを受けてください』
ゲートの両脇に設置された巨大なセンサーアームが動き出し、マッコウクジラに向けられる。
最近のテロや宙賊騒ぎで検査が厳格化しているらしい。
「……まずいかも」
ミナが小声で囁く。
「バイオ・コアとか……見つかると厄介なものが結構あるよ?」
「問題ない。この船は大丈夫だ」
俺は平然と答えた。
「スキャン開始……」
センサーの波が船体を洗う。
だが、アラートは鳴らない。
『……スキャン完了。危険物反応なし。オールグリーンです』
「ほらな」
ミナが信じられないという顔で俺を見る。
「なんで? 結構やばい反応出るはずなのに」
「これもまぁ、いろいろあってな」
俺は口の端を吊り上げ、はぐらかした。
種明かしをすれば単純だ。この船には、プレイヤー特権として「非合法活動の拠点となっている星系」でしか手に入らない、違法なジャミングシステムや偽装コンテナが導入されているのだ。
ゲームでは、プレイヤーは正義の味方だろうが悪党だろうが、特権的に陣営を行き来できる自由さが必要だった。そのためのシステムが、現実でもそのまま機能している。
中身がなんであれ、外からは「ただの荷物」にしか見えない仕様だ。
『では、最終確認を行います。乗員リストの照合を……』
管制官が手続きを進めようとしたその時、シュタイン教授が身を乗り出した。
「ええい、まだか! 私の時間をどれだけ浪費させるつもりだ!」
教授が通信に割り込み、懐から一枚のカードを提示した。
『アカデミー特級パス』。
銀河全域の学術機関で通用する、水戸黄門の印籠のような代物だ。
「ID確認……えっ、貴方は……シュタイン博士!? 失礼しました、VIPレーンへの誘導を……!」
「構わん、さっさと通せ! 私の研究資材が劣化したら貴様の責任だぞ!」
「は、はいッ! ゲート開放! 優先通過させろ!」
慌ただしい声と共に、正面のゲートが大きく開かれた。
面倒なリスト照合もすっ飛ばし、俺たちは行列を尻目に最優先でゲートへと進む。
「……流石ですね、教授」
「ふん。役人というのは肩書きに弱い生き物なのだよ」
教授はふんぞり返って席に戻った。
持つべきものは、裏の機能と表の権威だな。
「ゲートウェイ、突入します」
ルシアの声と共に、マッコウクジラは光の渦へと飛び込んだ。
視界が白く染まり、物理法則が曖昧になる感覚。
外部との通信が途絶え、船内だけの閉じた時間になる。
この光のトンネルを抜ければ、そこは技術の都『テクネ・プライム』だ。
銀河の大動脈、ゲートウェイの設定回。
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