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スペース飯テロ輸送艦 最強宇宙船で本物の食材を狩り尽くし、最高のグルメで銀河をわからせる  作者: 空向井くもり


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第56話 カマンベールの丸焼きと白ワイン

 マッコウクジラは商業コロニーを出港し、技術系コロニー『テクネ・プライム』へ向かう航路に入った。

 最初のゲートウェイまでは数時間の距離だ。

 俺たちはその時間を使って、新たな同乗者――シュタイン教授の歓迎会を開くことにした。


「……ふむ。船のボロさの割には、キッチンだけやけに改造されているな」


 休憩スペースに腰を下ろした教授が、剥き出しの配管と業務用の高火力コンロが鎮座するキッチンを眺めて鼻を鳴らす。

 見る人が見れば、異様な出力の配管が通っていることがわかるのだろう。


「苦し紛れの日曜大工ですよ。正規の設備を入れる金がなかったもので」

「むっ、失礼。 技術的にはけっこうちゃんとしてるんだから。 排熱効率とか完璧だし!」


 俺が謙遜すると、整備した張本人であるミナが頬を膨らませて抗議した。

 まあ、見た目はフランケンシュタインだが、性能は折り紙付きだ。


「さて、お待ちかねの軽食です」


 俺はオーブンから熱々の皿を取り出した。

 『カマンベール・ロティ』。

 一般的にはそう呼ばれる料理だ。買ってきた高級カマンベールチーズの上部を切り取り、白ワインを少し垂らしてオーブンで丸ごと焼いたものだ。

 仕上げにたっぷりの蜂蜜と、挽きたての黒胡椒を振ってある。

 このトッピングだけで何週間分かの汎用合成食品テイスティキューブが食える額だ。

 添えてあるのは、軽くトーストした柔らかいパン。


「ほう……。そのまま切って出すのではなく、火を入れたか」

「熱を加えればトロトロになるし、香りの弱さは蜂蜜と胡椒で補強できる」


 教授はナイフでチーズのふちを突き、溶け出した中身をパンに絡めて口に運んだ。

 熱々のチーズの塩気、蜂蜜の甘み、そして黒胡椒の刺激。

 値段は占めて……いや、一旦考えないこととしよう。味を楽しむのに野暮な計算は不要だ。

 咀嚼し、ワインで流し込む。

 こいつは先日の兵站部のおっさん――ヴィクトル准将から個人的に譲り受けた本物の醸造酒だ。チーズに負けないだけの力強さがある。


「……悪くない。素材の若さを補うための計算された加熱だ。合格点をやろう」

「そりゃどうも」


 俺とミナ、ルシアも席に着く。

 ミナは「うわぁ、伸びる!」とはしゃぎながらチーズを頬張り、ルシアは相変わらず羨ましそうにそれを見つめている。


「しかし、嘆かわしいことだ」


 教授はパンをちぎりながら、不機嫌そうに語り始めた。


「この銀河には、これほど豊かな食材が存在するというのに、大衆が口にするのはあの忌々しい『テイスティキューブ』ばかりだ。味も香りも完全にデータ化され、均一化された工業製品。あれは食事ではない、ただの燃料補給だ」

「同感ですね。味気ないことこの上ない」

「だが、否定しきれないのも事実だ」


 俺は苦笑交じりに言った。


「保存性、携帯性、栄養価、そしてコスト。宇宙生活において、あれほど合理的な食料はない。腐る心配もなく、いつでも質の担保された味が体感できる。人類が星の海に広がるためには必要不可欠な発明だったことは認めざるを得ない」


 俺も散々文句を言っているが、無ければ死んでいたかもしれない。

 あの粘土のような食感が、多くの命を繋いできたのも事実なのだ。


「フン……合理性か。それが人間から「ゆらぎ」を奪うのだよ。食事とは、不確定な要素を楽しむ行為でもあるはずだ」


 教授は不満げにチーズをかき混ぜる。


「ところで教授。あんた、生体工学の権威なんだろ?」


 俺は話題を変え、ルシアを指差した。


「テクネ・プライムに行くのは、こいつに『味覚』をつけるためなんだ。あんたの技術で、なんとかならないか?」


 教授は眼鏡の奥の目を細め、ルシアをじろじろと観察した。

 そして、つまらなそうに首を振った。


「専門外だ」

「えっ?」

「私は『生体』工学の専門家だ。有機的な細胞や遺伝子のことはわかるが、機械仕掛けのアンドロイドの改装なんぞ管轄外だよ。電子回路の配線など、見ただけで頭痛がしてくる」


 にべもない拒絶。

 ミナが「えぇ……」とがっかりした声を上げる。

 だが、教授は言葉を続けた。


「……しかし、『味覚』という概念そのものは私の領域だ」

「どういうことだ?」

「味覚とは、単なる化学物質の受容ではない。脳が信号を処理し、過去の記憶や感情と結びつけて生じる『情動』だ。機械にセンサーをつければ済む話ではないぞ。そいつの電子頭脳に、味を『快楽』として認識させるプロセスが必要になる」


 教授はルシアの目を真っ直ぐに見据えた。


「ただ成分を分析するだけなら、今の君にもできているはずだ。だが、それを『美味しい』と感じるには、心……あるいはそれに相当する高度な処理系が必要だ。ハードウェアの問題ではない、ソフトウェア、いや『魂』の問題かもしれん」

「……魂」


 ルシアが小さく呟く。

 なるほど、単にセンサーを付ければいいってわけじゃないのか。奥が深い。


「ま、テクネ・プライムに行けば、ハードウェアの専門家に渡りを付けてやれる。私は『味覚の定義』についてなら助言してやれるかもしれんがね」


 教授はツンとした態度でパンをかじった。

 完全な拒絶ではない。脈はある。


「それともう一つ、あんたに見せたいものがあるんだ。こっちはあんたの専門分野だと思うぜ」

「なんだ? また珍しい食材か?」

「いや、食材もあるが……もっと珍しいもんだ」


          ◇


 俺たちは機関室へと移動した。

 その途中、通路の一角をガラスで仕切ったスペースの前を通る。


「……む? なんだこれは」


 教授が足を止めた。

 そこは、俺たちが作った『船内農園』だ。

 中では、プランターに植えられた耐熱ツタが青々と茂っている。


「農場だと!?」


 教授がガラスに張り付く。


「この植物は……ヘパイストス原産の耐熱ツタか。まさか、これを食用に栽培しているのか? 毒性はないとされているが、まさか食べる物好きがいるとは……」

「意外といけますよ。シャキシャキしてて」

「ふむ……。だが、驚くべきはこの環境だ。これほど小さな空間に、専用の循環装置もなしに高温多湿環境を維持しているのか?」

「エンジンの排熱と、浄化システムの排気をバイパスさせてるんです。実質的なコストはほぼゼロで環境再現してます」


 ミナが得意げに胸を張る。

 教授は「なんと乱暴な……しかし合理的だ」と唸っている。


「だが、お見せしたいのはその奥です」


 俺たちはさらに奥、機関室の予備コンソールへと案内した。

 そこに鎮座するのは、カボチャの形をした『生体演算核バイオ・コア』だ。

 ジェネレーターからの微弱な電気を吸って、穏やかに明滅している。


「……これは?」


 教授の目の色が変わった。

 先程までの不機嫌さが消え、科学者の顔になる。


「軍の依頼で調査した実験農場で見つけたんです。植物がサーバーを乗っ取って、機械と融合した成れの果てです」

「植物と機械の融合……自然発生的なバイオ・サイバネティクスだと!?」


 教授がコンソールに詰め寄る。

 震える手で端末を操作し、コアから送られてくるデータを読み取る。


「信じられん……! 植物の維管束が光ファイバーの代わりを果たし、葉緑素が光電変換素子として機能している……。しかも、独自の思考ルーチンまで形成しているのか!?」

「こいつ、意思疎通もできるんですよ。今はさっきの農園の管理をしてくれてます」

「素晴らしい! これこそ私が求めていた『進化』の可能性だ!」


 教授は子供のように目を輝かせ、コアを食い入るように見つめている。

 さっきのチーズの時よりも興奮しているようだ。


「船長! こいつのデータを取らせてくれ! いや、私の研究室まで運んで詳細な解析をしたい! これは学会がひっくり返る発見だぞ!」

「あー、持っていくのは難しいと思いますよ」

「何故だ! これほどのサンプルを……」

「こいつ、ウチのジェネレーターに直結してないと生きられないんですよ。無理に引き剥がせば枯れちまう。それに、今は農園の環境制御を一手に引き受けてるんで、いなくなると困るんです」


 どうやら、教授の知的好奇心にも火がついたらしい。

 食通としてのコネクションだけでなく、技術者としての協力も得られそうだ。


 マッコウクジラは、変わり者の教授を乗せ、一路テクネ・プライムへと進む。

 この旅は、思った以上に騒がしくなりそうだ。

 ロティなんて洒落た名前初めて聞いた

 ミナ、もっと落ち着いたキャラの予定だったんですけどね。たくさんおたべ。


 面白かった、続きが楽しみ、と思っていただけたら「★」をポチッと!

 アキトの明日の夕飯が少しグレードアップするかもしれません。よろしくお願いします!

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