第55話 銀色のライセンスと偏屈な教授
商業コロニー『トランザクション・ハブ』。
この宙域最大の交易拠点のドックに、マッコウクジラは滑り込んだ。
数日ぶりの帰還だが、今回は懐事情が違う。5000万クレジットという大金が口座にあるのだ。見える景色さえ違って見える。
「……で、いきなり呼び出しか」
入港手続きを済ませるや否や、俺たちは傭兵管理機構の支部長室へと招かれていた。
通された応接室には、何の革なのかが怖い革張りのソファと、見るからに高そうな調度品が並んでいる。
一般の傭兵が来る場所ではない。
「やあ、待っていたよ。『マッコウクジラ』の船長殿」
現れたのは、柔和な笑みを浮かべた支部長だった。
彼は手元の端末を操作し、一枚のカードデータを俺の端末に転送してきた。
画面に表示されたのは、銀色に輝くライセンスカード。
「おめでとう。本日付で、君のランクを『ブロンズ』から『シルバー』へ昇格させる」
「……随分と急ですね。俺はまだ、ここに来て数件しか仕事をこなしてないはずですが」
通常、ランクアップには数年の実績と、数百件の依頼達成が必要だ。
俺のような新入りが、飛び級でシルバーになるなど前代未聞だろう。
「数字上の実績はね。だが、君には強力な推薦があった」
支部長はウィンクしてみせた。
「正規軍兵站部、ヴィクトル・ハウンド大佐。彼から直々に『極めて優秀な輸送業者である』との評価書が届いている。加えて、宙賊船の鹵獲や、危険地帯での調査任務の成功。質という意味では、すでにゴールド級と言ってもいい」
「……なるほど。軍の口添えですか」
食えない御仁だ、俺にはそんな話一言もしなかった。
「コネ入社」と陰口を叩かれそうな話だが、断る理由もない。
いや、むしろ大歓迎だが、顔に出すことなく冷静に対応する。
「ま、傭兵ギルドは実力主義だ。使える奴なら経歴は問わない、ってことでしょう?」
「その通り。君のような優秀な人材には、相応の特権を与えて繋ぎ止めておくのが、我々の仕事だからね」
支部長は事務的な笑顔で肯定した。
シルバーランク。
その恩恵は大きい。
中口径の実体弾頭やハイグレードな個人用武装の購入権利、特定封鎖区域への航行許可、そして……コロニー内の富裕層向けエリアへのアクセス権。
どれもこれもあれやこれやと制約がついて回るが、それでもシルバーランクは明確なプロフェッショナル、ベテランの証だ。
「さて、昇格祝いはこれくらいにして、仕事の話をしましょうか」
俺は本題を切り出した。
ランクが上がったのは嬉しいが、目的はあくまでルシアの改装だ。
「技術系コロニー『テクネ・プライム』へ向かいたいんです。あそこ行きの輸送依頼、何かありませんか?」
「テクネ・プライムか……。あそこは閉鎖的な研究都市だからね。外部からの搬入は厳しく制限されているし、正規の定期便ですら検問で数日待たされる」
支部長は難しそうな顔で端末を検索する。
ルシアの懸念通りか。
「通常の物資輸送は、指定業者以外には回ってこないよ。……だが」
検索の手が止まる。
支部長は少し困ったような、しかし興味深そうな顔で俺を見た。
「『あるにはある』が、誰も受けたがらない依頼が一つだけ残っている」
「危険なやつですか?」
「いや、戦闘の危険はない。ただ……荷物が『厄介』なんだ」
支部長が提示したのは、人物の護衛および輸送任務だった。
依頼人は、テクネ・プライム所属の生体工学博士。
「対象は、学会のためにこのコロニーに来ていた老教授だ。だが、その偏屈な性格と度重なるトラブルで、全ての定期船から搭乗拒否を食らっている」
「……搭乗拒否? 何をしたんです?」
「機内食にケチをつけて厨房に乱入したり、持ち込み禁止の実験生物を隠し持っていたり……まあ、そういう御仁だ。だが、身分は確かだし、報酬もいい。彼をテクネ・プライムまで送り届ければ、君たちの入港許可も降りるだろう」
なるほど。
普通の業者なら敬遠するだろうが、俺たちにとっては好都合だ。
機内食にケチをつけるような人物なら、食への関心が高いということだ。味のわからない客を相手にするよりよっぽどやりがいがある。
実験生物の件は懸念材料だが……まあ、ルシアとミナがいれば対処できるだろう。
「受けます。その教授はどこに?」
「今はコロニー内の会員制高級食材店『セレス・マルシェ』にいるはずだ。シルバーランクのIDがあれば入れる。そこで直接、契約を結んでくれ。私から連絡をつけておこう」
◇
会員制高級食材店『セレス・マルシェ』。
選ばれた富裕層のみが入店を許される、食の聖域。
俺たちは真新しいシルバーライセンスをかざし、そのゲートをくぐった。
「うわぁ……! アキト、見て! 空気が綺麗!」
ミナがはしゃぐのも無理はない。
店内は完璧な空調管理がなされ、並んでいる商品はどれも宝石のように輝いている。
本物の野菜、果物、そして穀物。
テイスティキューブなど一つもない。ここにあるのは、すべてが「本物」だ。
「すごいな。これだけの食材が揃うとは」
俺もまた、興奮を隠せなかった。
棚には、見たこともない惑星のスパイスや、色鮮やかな野菜が並んでいる。
だが、値段も桁違いだ。
『惑星ヴァルデ産 巨大キノコ(1本):1,500クレジット』
『オーガニック・トマト(1パック):3,000クレジット』
屋台のホットドッグが800クレジットであることを考えれば、富豪の道楽以外の何物でもない。
だが、5000万の余裕がある今なら、これらを「試す」ことができる。
「おっ、これは……焼きたての柔らかいパンか? それに、このチーズ……合成じゃなくて乳発酵品だ! 一切れ5000クレジットか……!」
俺が冷蔵ケースの中のチーズに手を伸ばした、その時だった。
横から伸びてきたしわくちゃの手が、同じチーズを掴んだ。
「おっと。それは私が先に目をつけたんだがね」
声の主は、白衣の上にツイードのジャケットを羽織った、白髪の老人だった。
丸眼鏡の奥の瞳は理知的だが、どこか神経質そうな光を宿している。
「譲ってくれたまえ。この『カマンベール・タイプ9』の価値がわかるのは、この店で私くらいのものだ」
「ほう? 確かにいいチーズだが、それ単体じゃ片手落ちだ。隣にある蜂蜜と、あっちの棚の黒胡椒。それをかけて炙って食うのが一番だぞ」
俺が言い返すと、老人はピクリと眉を跳ね上げた。
「……何? 君、このチーズに蜂蜜をかけると言うのか?」
「ああ。塩気と甘みのバランスが絶妙になる。それを、この焼きたての柔らかいパンに乗せて食うんだ。ワインにも合うが、個人的には濃い目の紅茶を推すね」
俺はこれまでの調理経験と知識を総動員して解説した。この宇宙での蜂蜜や胡椒が俺の知る味であることを祈るばかりである。
老人はまじまじと俺の顔を見て、それからニヤリと笑った。
「面白い。若造が知ったような口を……。気に入った。君、名は?」
「アキトだ。あんたは?」
「私はシュタイン。……君たちが探している『厄介な荷物』だよ」
老人はチーズを俺に放り投げ、杖をついて歩き出した。
だが、ふと足を止め、俺と、後ろに控えるルシアを振り返った。
老人の視線が、俺の服装を――最低限だが場にふさわしい清潔感のあるジャケットを――なめるように観察し、次いでルシアの洗練されたメイド服へと移る。
「ふん……。傭兵風情にしては、最低限だが格式を弁えた格好をしているな。そこのメイドの仕立ても悪くない」
傭兵風情、か。
「よく傭兵だとわかりましたね」
「歩き方だ。隙がない。それに、ここに来る富裕層特有の脂ぎった退屈が君たちにはない。死線を潜り抜けてきた獣の匂いがするよ」
「……どうも」
俺は苦笑し、襟元を正した。初期投資のかいがあったようだ。
「見る目もマシなようだし、合格だ。今度はどんなでくの坊が来るかと思ったが、少しは話せるのが来たようだ」
老人は満足げに頷き、再び歩き出した。
「ついてきたまえ。私の舌を満足させる講釈ができるなら、船に乗ってやろうじゃないか」
どうやら、面接は合格したらしい。
俺はチーズを受け取り、苦笑しながらその後を追った。
偏屈な教授との旅は、退屈しなさそうだ。
個人的には(筆者はワインが苦手)。
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