第53話 電脳パンプキン・ポタージュ
脳内に響くノイズ混じりの声。
それは言葉というよりは、膨大なデータの羅列と、本能的な感情の波だった。
『飢餓』『限界』『停滞』。
彼らはこの閉ざされた施設の中で、必死に延命を図っていたのだ。
「俺たちは敵じゃない。お前たちを排除しに来たわけでもない」
俺は思考に乗せて、交渉材料を提示する。
ただ「実りを寄越せ」と言うだけじゃ、強盗と変わらないからな。相手にも明確なメリットが必要だ。
「ここにいれば、いずれサーバーは朽ち、電力も尽きる。お前たちはこの閉ざされた楽園で、緩やかに枯れていくだけだ。それは理解しているはずだ」
思考波が一瞬、揺らぐ。
図星だ。彼らの演算能力は、自らの破滅的な未来を正確に予測していたはずだ。
俺はすかさず、「外の世界」のイメージを送る。
広大な宇宙。無限のエネルギーを生み出すマッコウクジラのジェネレーター。そして、種子を広げるべき新たな大地。
「俺の船に乗れ。ここよりも広い世界へ連れて行ってやる。新しい環境、新しい刺激、そして種の拡散。悪い話じゃないはずだ」
「その代わり、家賃として『実り』を少し分けてもらう。……どうだ?」
俺の提案が伝わったのか、あるいは「外の世界」という概念に興味を示したのか。
周囲を取り囲んでいたツタのスパークが収まり、するりと道を開けた。
拒絶ではない。招いているのだ。
「……通れってことか?」
「アキト、大丈夫なの? 鼻血出てるよ」
ミナが心配そうに覗き込んでくる。
俺は手の甲で鼻を拭った。やはり負荷は大きかったようだが、成果はあった。
「平気だ。ご主人様のお出ましだぞ」
「敵性反応、消失。周囲の電磁波パターンが沈静化しました。……マスター、交渉成立のようです」
ルシアが安堵したように報告する。どうやら最大の危機は去ったらしい。
◇
案内されるようにして辿り着いたのは、最深部のメインサーバールームだった。
そこは灼熱の温室と化していた。
限界までオーバークロックされたサーバー群が低い唸りを上げ、その熱源の中心に、鎮座しているものがあった。
「……デカい」
それは巨大なカボチャのようだった。
直径2メートルはある鮮やかなオレンジ色の球体。
無数のケーブルのようなツタがサーバーラックから伸び、その球体へと突き刺さっている。
電気と熱、そしてデータを貪り食って肥大化した、このプラントの主だ。
――肯定……共生……提案……受諾。
再び脳内に声が響く。
今度はノイズが少ない。より明確な意志が伝わってくる。
どうやら、俺の提案を受け入れてくれたらしい。
彼らもまた、リソースの枯渇を予見し、次なる進化のステージを求めていたのだ。利害の一致だ。
ふわり、と空気が動いた。
主である巨大カボチャの一部が割れ、中からバスケットボール大の「実」が転がり落ちてきた。
だが、それは俺たちが知る植物の「実」とは似ても似つかない代物だった。
植物繊維と金属ケーブルが複雑に絡み合い、電子パーツの結晶のような核を抱え込んだ、無機質と有機質のハイブリッドな球体。
本来のカボチャとは全く違う、異質な存在。
彼らの記憶データ、そして凝縮された演算機能が詰まった「コア」であり、次世代の種子だ。
「これを、俺たちに?」
「……すごい。これ、生きてる。独立した思考ユニットになってるよ。見た目は機械みたいだけど」
「スキャン完了。対象は有機組織と電子回路が融合した生体演算ユニットです。非常に興味深い構造ですね」
ミナとルシアがそれぞれの視点で驚愕する。
俺は頷き、その実を抱え上げた。
ずっしりと重く、そして熱い。生命の鼓動のような振動が伝わってくる。
「こいつをマッコウクジラに連れて行く。ジェネレーター出力は有り余っているからな、演算装置は用意してやる必要があるだろうが……」
俺は趣味じゃなかったから使っていなかったが、ゲームには『生体艦』というカテゴリも存在していた。生き物が船と共生し、制御系の一部を担うっていうのも、ありえない話じゃない。
「ええっ!? 船に植物を住まわせるの? しかも電気食うやつを?」
「ミナならうまく接続できるだろ? ジェネレーターの余剰出力を餌にやれば、優秀なサブ・コンピューター兼、農園の管理者になってくれるはずだ」
「当船のジェネレーター出力であれば、維持および稼働に支障はありません。」
「……むぅ。ルシアまで言うなら……。確かに、自己修復機能のある生体回路として使えば、船のダメージコントロールは劇的に向上するかも。やってみる価値はある、かな」
ミナの目がエンジニアの色に変わる。
どうやら技術的な興味が勝ったらしい。
さて、交渉は成立だ。
だが、俺にはもう一つ、確認しなければならないことがある。
残されたこの「実」の味だ。
コアを排出し、その場に残された巨大なオレンジ色の球体――いわば「抜け殻」となった親株の方だ。
コアが抜けたとはいえ、その果肉は瑞々しさを失っていない。
むしろ、役割を終えて熟成の極みに達しているように見える。
俺はナイフを取り出し、巨大なオレンジ色の球体に突き立てた。
分厚い皮を切り裂くと、中身はトロトロのペースト状になっている。
サーバーの排熱と電気刺激によって、分厚い皮の中でじっくりと加熱調理されていたのだ。
天然の、機械、でもないな、電子仕掛けのダッチオーブンだ。
「成分分析。有害物質は検出されません。……理論上は、可食です」
ルシアのお墨付きも出た。
俺は指ですくって舐める。
「……ッ!」
熱い。そして、衝撃的に甘い。
砂糖の甘さとは違う。凝縮されたデンプンが極限まで糖化し、ねっとりと舌に絡みつくような濃厚な甘みだ。
普段口にしている合成甘味料の、舌の上だけで完結する薄っぺらな甘さじゃない。喉の奥、胃の腑まで染み渡るような、重厚で生命力に溢れた甘味だ。
クリーミーで、コクがあり、喉を通ると体の中から温まるようなエネルギーを感じる。
「美味い……。これは、何も足さなくても極上のポタージュだぞ」
「えっ、食べるの? それ」
「ああ。こいつは役割を終えた抜け殻だ。だが、栄養と旨味の塊だぞ」
俺はバックパックからシェラカップを取り出し、巨大カボチャの中からペーストをたっぷりと掬い取った。
見た目は鮮やかな山吹色。スプーンですくうと、とろりと重たい糸を引く。
そこへ少量の塩と、コーヒー用のコーヒーフレッシュを混ぜ合わせる。
ミルクの白が黄金色のペーストに渦を描き、溶け合うにつれて淡く、柔らかなクリーム色へと変化していく。
このフレッシュも合成品だが、俺が知るリアルのやつも大半は植物油と乳化剤でできた合成品だ。味に遜色はないし、このとろみにはむしろ合う。
湯気と共に立ち上るのは、カボチャの甘い香りと、ミルクのまろやかな匂い。
即席の『電脳パンプキン・ポタージュ』の完成だ。
「ほら、ミナも食ってみろ。知恵の実の味がするぞ」
「……えぇ、本当に大丈夫? さっきまで電気バチバチしてたんだよ?」
ミナはシェラカップを受け取り、疑わしげに中身を覗き込む。
だが、鼻先をくすぐる甘く芳醇な香りは、食欲を刺激するには十分すぎた。
喉がゴクリと鳴る。
「……うぅ、でもすごくいい匂い……。変な味がしたらすぐ吐き出すからね」
ミナは意を決してカップに口をつけ、ふーふーと息を吹きかけてから、小さく一口啜った。
「……ん!」
ミナの目が大きく見開かれる。
舌の上でとろける滑らかな舌触り。
口いっぱいに広がる、暴力的なまでの甘みとコク。
警戒心など一瞬で吹き飛んだようだ。彼女はカップから口を離すことなく、今度は大きくゴクリと飲み込んだ。
「おいしい……! なにこれ、すっごく甘い! 甘いもの入れてないんでしょ? なのに、ケーキみたいに甘くて、でも野菜の味もして……」
ミナは夢中でスプーンを動かし始めた。
一口、また一口と運ぶたびに、彼女の頬が緩み、幸福そうな吐息が漏れる。
「あったかい……。胃の中がポカポカする。なんか、力が湧いてくる感じ」
「電子の海で育った植物だからな。エネルギー効率も段違いなんだろう」
俺たちは熱気渦巻くサーバールームで、甘くて温かいスープを啜った。
疲れた体に糖分と熱が染み渡る。
それは、文明と自然が融合した、この世界ならではの「進化の味」だった。
信号途絶の理由は判明した。脅威とは和解し、むしろ味方につけた。そして美味い飯にもありついた。
調査任務としては、これ以上ない満点回答だろう。
俺たちは新たなクルー(?)をコンテナに収め、意気揚々と帰路についた。
ポタージュ、作ると大変なんですよねぇ。
かぼちゃは決まって煮付けにしてしまいます。
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