第52話 電気野菜はアンドロイドの夢を見るか?
実験農場プラント『エデンの園・第4区画』。
かつて食の楽園を目指して作られたその場所は、今や緑の魔境と化していた。
「……湿度、高すぎない?」
先行するミナが、鬱陶しそうに目の前の巨大な葉を払いのける。
エアロックを抜けた先は、本来ならば清潔な通路だったはずだ。だが今は、壁も床も天井も、極彩色の植物に覆い尽くされている。
換気システムが生きているのか、あるいは植物自体が蒸散させているのか、空気はねっとりと重く、肺に入れるたびに草いきれと湿気が身体にまとわりつく。
温度計の数値は摂氏38度。湿度90%。サウナの中にジャングルを詰め込んだような環境だ。
「環境維持システム稼働中。マスター、発汗量が許容値を超えつつあります。水分補給を怠らないでください」
「わかってる。……たく、ミナは元気だな」
俺は首元の汗を拭いながら、軽快に進むミナの背中を見た。
彼女は汗一つかいていない。バイオモーフとしての環境適応能力が遺憾なく発揮されているようだ。こういう時は羨ましい限りだ。
「警戒してください。前方、12時の方向。茂みの中に熱源反応多数」
ルシアの声が鋭くなる。
俺は手にしたアサルトライフル『M-22 ヴァルチャー』のグリップを握り直した。
「……来るぞ!」
茂みが不自然に波打った次の瞬間、そこから飛び出してきたのは獣ではなかった。
無数のケーブルとツタが複雑に絡み合った、緑と黒の蛇のような束だ。
生物的な滑らかさと、工業製品的な硬質さが同居した異様なフォルム。
その先端からは、バチバチと青白いスパークが迸っている。
「うわっ、電気!?」
「散開しろ!」
ミナが悲鳴を上げて横に飛び退く。
俺はライフルの照準を合わせ、引き金を絞る。
ダダダッ! という乾いた発砲音と共に、肩にリコイルの衝撃が走る。
放たれた実体弾は、過たず襲撃者の足元――根元付近の地面を抉った。
威嚇射撃だ。
実体弾の衝撃音と振動に反応し、ツタがピタリと動きを止める。
流れ弾が掠めた一本が千切れ飛び、断面からは樹液の変わりにドロリとした黒い液体が滴り落ちた。
鼻をつく匂い。これは……絶縁オイルか?
「なんだこいつら……植物か? 機械か?」
俺は油断なく銃口を向けたまま問うた。
通常の植物ではないことは明らかだ。電気を帯び、オイルを流し、動物のように襲いかかってくる。
「簡易解析完了……対象は植物ベースですが、組織内に金属繊維と導電性ポリマーを多量に取り込んでいます」
ルシアがスキャナーを向けながら冷静に分析結果を告げる。
「周囲の送電網から直接エネルギーを摂取するために進化しているようです。いわば、サイボーグ化した植物です」
「電気を食う植物か。……インテリだな」
光合成だけでは足りず、文明の利器である電気エネルギーに手を出したわけか。この宇宙の生物はなんでもありか? しかし、この施設の暴走の原因が見えてきた気がするな。
「それに……奇妙なデータ信号を検知しました。彼らは単に暴れているのではありません。高度な並列処理を行っています」
「並列処理だって?」
「はい。植物の根が物理的な接続端子となり、施設のサーバーと融合しています。彼らはサーバーの演算能力を取り込み、自己学習と進化を繰り返しているようです」
ルシアの報告に、俺は眉をひそめた。
植物が、サーバーを乗っ取って計算している?
つまり、奴らが、いや彼らが演算能力を取り込んでいるというのなら、今の彼らは「思考」が可能なのだ。
単なる本能で動く害獣とはわけが違う。論理的な思考回路、あるいはそれに近い集合意識を持っている可能性がある。
「……だから通信を遮断したのか?」
司令官が言っていた「信号の途絶」。
それはシステムダウンではなく、彼らによる意図的な情報の遮断、あるいはリソースの独占だったのかもしれない。
俺たちは警戒しつつ、さらに奥へと進んだ。
施設の中枢区画に近づくにつれ、その光景はより異様さを増していった。
壁や床を這う太い根が、配電盤やコンソールパネルを突き破り、内部へと深く侵入しているのだ。
廊下の至る所で、モニターが明滅している。
そこに映し出されるのは、意味不明な文字列の羅列や、ノイズのパターン。
まるで植物たちが、機械言語で会話をしているかのようだ。
「……すごい。これ、全部生きてる」
ミナが死に絶えたように見える端末に触れる。
その指先が、わずかな振動を感じ取ったようだ。
「根っこが光ファイバーの代わりになってる。データのやり取りをしてるんだよ。この施設全体が、一つの巨大な脳みそみたいになってる」
植物と機械の融合。
グロテスクだが、同時にどこか神々しさすら感じる光景だ。
彼らはただ暴走しているのではない。生き残るために環境に適応し、進化することを選んだのだ。
だが、その進化も限界に来ているようだった。
周囲の植物たちは、どこか焦燥感のようなものを漂わせている。
葉の色は濃すぎる緑に変色し、スパークは不安定に明滅している。
「エネルギー不足ですね」
ルシアが指摘する。
「彼らはサーバーと融合し、演算能力と電力を消費し尽くしています。これ以上の成長、あるいは現状維持すら危うい状態です」
「なるほど。だから外部からの侵入者を、残り少ないリソースを奪う『敵』と認識したか。」
生き残るために必死、というわけだ。 追い詰められた生物は凶暴だ。このまま進めば、いずれ本格的な衝突は避けられないだろう。 俺たちの火力なら、彼らを焼き払って進むことは容易い。 だが、それは俺の目的――「食材の確保」とは相反する。 焼き払って灰にしてしまっては、食うものも食えない。
それに……俺ならば話が通じるかもしれない。 言葉による会話は難しいだろうが、手段はある。
俺はライフルを下ろし、こめかみに指を当てた。
こんなに早く使う機会が来るとは思っていなかったから、訓練は完全に後回しにしていた。
ゲーム時代、俺が持っていたサイオニック能力の一つ、『思考読取』。
本来は会話イベントで「選択肢の正解」が光って見えるだけの、攻略wikiを見れば済むどうしようもない死にスキルだったが、現実では「意識への干渉」として機能するはずだ。
問題は出力調整だ。
前回の失敗――防御膜のつもりが衝撃波になった件――が脳裏をよぎる。
今の俺がこれを使えば、相手の脳内にメガホンで怒鳴り込むような、あるいは精神を土足で踏み荒らすような衝撃を与えかねない。人間相手なら精神崩壊の危険すらある。
だが、相手は植物だ。
それも電気を食らい、金属と同化し、サーバーの熱に耐えるほど図太い連中だ。
少しくらい「声」が大きくても、耐えられるんじゃないか?
繊細な心の機微を読む必要はない。こちらの「意志」を叩きつけ、相手の「要求」を読み取る。それくらいなら、暴走気味の出力でもなんとかなるはずだ。
それに、もし交渉が決裂したり、相手が暴走したりしたときは……その時は物理的に吹き飛ばせばいいだけの話だ。
「ルシア、ミナ、攻撃するなよ。ちょっと『挨拶』してくる」
「えっ? アキト、何する気?」
ミナが怪訝な顔をする。
俺は彼女の声を無視し、意識を集中させた。
目を閉じ、目の前に広がる電気植物のネットワークを感じ取る。
バチバチという電流のノイズ。ドロドロとしたオイルの脈動。そして、無数のデータが駆け巡る奔流。
俺はそこへ、自分の意識の波を強引に割り込ませた。
――聞こえるか。
ガツン、と頭を殴られたような衝撃が走る。
視界がホワイトアウトし、代わりに奇妙な映像が脳裏にフラッシュバックする。
飢え。渇き。閉塞感。そして、侵入者に対する警戒と敵意。
こいつはキツいな。だが、耐えられないほどじゃない。
――ザザッ……侵入者……リソース不足……排除……否……解析……。
――有機生命体……脅威度……判定中……生存確率……低下……。
頭の中に、ノイズ交じりの機械的な、しかし確かに「意志」を持った声が響いてくる。植物の集合意識と、サーバーの論理演算が混ざり合った独特の思考波だ。
彼らの悲鳴にも似た「飢え」と「焦り」が伝わってくる。
脳血管が切れそうな頭痛がするが、歯を食いしばって耐える。
「俺たちは、お前たちのテリトリーを荒らすつもりはない」
俺は思考に乗せて、明確なイメージを送る。
敵意がないこと。
そして、魅力的な提案があること。
さあ、取引といこうか。
電気仕掛けの野菜ども。
捕食植物に新規が来てうれしい。
こんな綺麗にオマージュタイトルにできるとは……
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アキトの明日の夕飯が少しグレードアップするかもしれません。よろしくお願いします!




