第50話 焦がし醤油ステーキ
正規軍基地『フォート・ヴァルカン』の中枢エリアにある士官用食堂。
一般兵用の食堂とは違い、ここはゆったりとした座席配置と、落ち着いた照明が設えられていた。
俺たちは窓際のテーブル席を確保し、運ばれてきた料理と対峙していた。
「お待たせしました。『特選サーロイン・ステーキ定食』でございます」
給仕ロボットが恭しく皿を置く。 ジュウウウゥ……! 熱せられた鉄板の上で、分厚い肉塊が音を立てている。付け合わせはマッシュポテトとインゲン豆、に見える。 見た目は完璧だ。合成肉特有の不自然な照りも抑えられ、食欲をそそる焦げ目がついている。
「いただきます」
俺はナイフを入れ、一口大に切って口に運んだ。
……ふむ。
悪くない。
決して「高級なゴム」ではない。ちゃんと繊維がほぐれる食感があるし、肉汁(に見立てた調味液)も溢れてくる。
熱い鉄板に乗せて提供するというスタイルも、合成肉の欠点を補うための工夫だろう。限られた予算と素材の中で、少しでも「まともな食事」を提供しようという厨房の気概は感じる。
「……でも、なんか普通」
ミナがフォークを咥えたまま、正直な感想を漏らした。
そう、普通なのだ。
栄養バランスとコストパフォーマンスの最適解。誰もが「まあ美味しい」と言える平均点。
だが、今の俺たちの舌は、早くも少し贅沢になりすぎている。
「さっきのSレーションの後だと、どうしてもパンチが弱く感じるな」
直前に食べた、あの精鋭部隊用糧食。
あれは戦場という極限状態で兵士を奮い立たせるため、コスト度外視で旨味とカロリーを凝縮した飯だった。
それに比べると、このステーキはあまりにも優等生すぎる。
管理された味。平和な味。
だが、俺が求めているのはもっとこう、魂を揺さぶるような……。
「……やるか」
「やるの?」
「ああ。このままじゃ消化不良だ」
俺は懐から、小瓶を取り出した。 ヘパイストスの市場で仕入れた『醤油風調味液』と、『乾燥ガーリックチップ』だ。
まだジュウジュウと音を立てる鉄板の余熱を利用する。
肉の上にガーリックチップを散らし、その上から特製ダレを一気に回しかける。
ジュワアアァァァッ!!
爆ぜるような音と共に、蒸気が立ち上る。
その瞬間、清潔で上品な士官食堂の空気が一変した。
焦げた醤油の香ばしさ。ニンニクの暴力的な刺激臭。スパイスの複雑な香り。
それらが混然一体となり、換気システムの処理能力を超えて周囲に拡散していく。
「「「っ!?」」」
周囲で食事をしていた士官たちが、一斉に顔を上げ、鼻をひくつかせた。
上品な合成食に飽き飽きしていた彼らの本能が、この「下品だが圧倒的に美味そうな匂い」に反応している。
食堂内がざわめき始めた。
「……むぅ。これは……なんという……」
その時、俺たちのテーブルに影が差した。
顔を上げると、白髪の上品な老紳士が立っていた。
軍服ではなく仕立ての良いスーツを着ているが、その立ち居振る舞いからは隠しきれない威厳が漂っている。
彼は俺の鉄板を、まるで宝物でも見るような目で見つめていた。
「失礼。……その香り、もしや『ショーユ』かね?」
「ええ。まあ、代用品をいじくった紛い物ですが」
「紛い物などとんでもない。この香ばしさ、焦げた匂い……かつてホール上層で口にしたことのある『テッパンヤキ』の記憶が蘇るようだ」
老紳士はゴクリと喉を鳴らし、恥を忍んでといった様子で言った。
「もしよろしければ、そのソース……一口、分けてはもらえんかね? もちろん、礼はする」
「構いませんよ。どうぞ」
俺はステーキの一切れをタレに絡め、小皿に取り分けて差し出した。
老紳士は震える手でそれを口に運ぶ。
咀嚼し、目を閉じ、そして深く息を吐いた。
「……美味い。身体中の細胞が歓喜しておる。これだ、私が求めていたのはこの『熱量』だ」
老紳士は感動の面持ちで目を開き、俺を見た。
「君は料理人か?」
「いいえ、ただの通りすがりの傭兵です。美味い飯のために飛んでるだけのね」
「傭兵……。そうか、君たちが『アイギス』を解体したという……」
老紳士は何かを納得したように頷き、懐から名刺を取り出した。
『基地司令官 ヴィクトル・ハウンド』。
……一番偉い人だった。
やっべ、一番えらい人の前で士官の飯に文句言うのは流石に不味かったか?
「単刀直入に言おう。君たちに頼みたい仕事がある」
だが司令官は気にした様子もなく、声を潜め、周囲を警戒しながら切り出した。
「正規のルートでは動けない案件だ。だが、君のような『食』への執着と、確かな腕を持つ者になら任せられる」
「内容は?」
「ある惑星の調査だ。かつて『食の楽園』を目指してテラフォーミングされ、その後放棄された実験農場プラント……そこからの定時信号が途絶えた」
食の楽園。実験農場。
俺とミナ、そしてルシアの視線が交錯する。
「信号が、ですか?」
「ああ。無人の管理システムが生きている限り発信され続けるはずの信号だ。それが消えたということは、システムが物理的に破壊されたか、何らかの異常事態で完全にダウンしたことを意味する」
なるほど、単なる通信機の故障レベルじゃないってことか。
そして「放棄された」場所で何かが起きている。きな臭い。だが、魅力的だ。
「報酬は3000万クレジット。加えて、現地で回収した物資――食材や種子を含む――の優先所有権を認めよう」
3000万。
今の手持ちと合わせれば、ちょうど5000万に届く。
しかも、食材の優先権付きだ。
断る理由が、何一つない。
「……乗った」
俺はニヤリと笑い、最後の一切れを口に放り込んだ。
焦がし醤油と肉の旨味が、次の冒険への活力を燃え上がらせる。
「詳しい話を聞かせてもらいましょうか、司令官」
軍は展開の加速装置として優秀。食堂で調味料を持参するのはよくないよ!
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