第49話 1000万の壁
正規軍の駐留基地、『フォート・ヴァルカン』。
巨大な軍事要塞のドックに、場違いな民間船が一隻、滑り込んだ。
マッコウクジラだ。
通常なら問答無用で追い返されるか、撃墜されても文句は言えない場所だが、今回は違う。
『入港を許可する。8番ドックへ着岸せよ。大型輸送艦用のドックだ……民間の船にしては随分とデカいな』
管制塔からの通信の端に、オペレーターの素の声が漏れた。
全長500メートル級の巨体だ。正規軍の艦船と並んでも遜色ない、というか威圧感すらあるサイズだからな。
周りは強襲揚陸艦ベースだなんだと勝手な評価を下すが、俺にとっては使い慣れたただの輸送船でしかない。
「へっ、顔パスってやつだ。俺のIDコードはまだ生きてるからな」
リックが得意げに笑う。
俺たちは彼の案内で、基地の深部にある兵站局へと向かった。
◇
「……民間人が、軍の資材を持ち込んだだと?」
兵站部のカウンターで俺たちを出迎えたのは、岩のように厳つい顔をした老士官だった。
階級は大佐。兵站部の責任者らしい。
彼は俺とミナ、そしてルシアを値踏みするように睨みつけ、最後にリックへ視線を移した。
「ヴァンス中尉。貴様の生還は喜ばしいが、部外者を、それもこんな怪しげな連中を連れ込むとはどういうつもりだ」
「報告します、大佐! 彼らは私の命の恩人であり、また、我が軍の貴重な資産を回収してくれた功労者です!」
リックが敬礼し、大声で告げる。
だが、大佐の鋭い眼光は和らがない。
リックは「おっと」という顔をして、持っていた箱をカウンターに滑らせた。
「まあまあ、そう睨まないでくださいよ。ほら、土産もありますから」
「……なんだこれは」
「生き残った『タイプS』です。生存報告のついでに、大佐への差し入れってことで」
リックが目配せをする。
大佐は箱の中身を確認すると、呆れたように、しかし少しだけ表情を緩めて鼻を鳴らした。
「……ふん。貴重な糧食を賄賂に使うとは、いい度胸だ。だが、物で釣られるほど安くはないぞ」
そう言いながらも、箱を受け取る手つきは丁寧だ。少しは毒気が抜けたらしい。
大佐は俺が提出したデータパッドを手に取った。
そこには、マッコウクジラのカーゴに積まれた『アイギス』のパーツリストが記載されている。
「で、用件はこれか。どうせ、焼け焦げたスクラップの山だろ。ジャンク屋にでも持っていけ」
大佐は吐き捨てるように言い、リストをスクロールした。
だが、数行目でその指が止まった。
「……なんだ、これは」
大佐の目が大きく見開かれる。
『主機関部エンジン・コア:定格出力維持率98.2% / 内部損傷軽微』
『40センチ対艦パルスレーザー砲塔・基部:砲身歪曲率 1%未満 / 駆動系応答速度 正常』
『FCS(射撃管制システム)用統合演算ユニット:論理回路欠損率2.7%』
「おい、ふざけるな。撃沈された艦から、こんな数値でパーツが回収できるわけがない。捏造データか?」
「現物を見ていただければわかります」
俺が自信満々に答えると、大佐は無言で立ち上がり、「ついてこい」と顎でしゃくった。
ドックに移動し、実物検分が始まった。
ミナが指示したドローンが、巨大なエンジンブロックを吊り上げている。
大佐は整備兵たちに細部をチェックさせ、自らも携帯型の非破壊検査デバイスを片手に、構造材の密度や内部クラックをスキャンして回った。
「……信じられん」
数十分後、戻ってきた大佐の表情は、驚愕から感嘆へと変わっていた。
「切断面が……焼き切られているにも関わらず、熱による歪みが最小限に抑えられている。まるで外科手術だ。接続ボルトの一本一本まで丁寧に外されているとは……それに、この電子機器のコンディション。衝撃によるデーターロストが一切ない」
大佐がミナを見た。
「嬢ちゃん、これをやったのはお前か?」
「はい。外部スキャンから構造を推測して、一番効率的なラインを計算しました。……素材を無駄にするのは嫌いなので」
「見事だ。正規軍の工廠でも、ここまで丁寧な仕事をする奴は少ない」
頑固親父の顔がほころんだ。どうやら合格らしい。
「いいだろう。これらはスクラップではない。正規の『回収資材』として買い取らせてもらう。……査定額は、弾んでやるぞ」
大佐が端末を叩く。
提示された金額を見て、俺は息を呑んだ。
『12,500,000 クレジット』
1250万。
桁が一つ増えている。
ヘパイストスでの稼ぎと合わせれば、所持金は一気に2000万クレジットを突破する計算だ。5000万の折り返し地点が見えた。
「……悪くない取引だ」
「だろうな。だが、話はこれで終わりじゃない」
大佐はニヤリと笑い、俺たちに向き直った。
「君たちのような腕利きを、野放しにしておくのは惜しい。どうだ、軍属にならないか?」
スカウトだ。
予想はしていたが、直球で来たな。
「ヴァンス中尉の報告書も読ませてもらった。単艦で宙賊を蹴散らす戦闘力、機雷原を見抜く索敵能力、そしてこの整備技術。ウチに来れば、将校待遇で迎えてやるぞ。給料も、今の倍は保証しよう」
悪くない条件だ。安定した身分、高額な給与、そして最新鋭の設備。
だが、俺の答えは決まっている。
「ありがたい話ですが、パスです」
俺は即答した。
「俺たちは、美味い飯を自由に食うために宇宙を飛んでるんです。軍の規律に縛られてちゃ、消化不良を起こしちまう」
「……飯、だと?」
「ええ。レーションも悪くはないですが、俺が求めてるのはもっとこう、自由で、わがままで、カロリーの高い食事なんでね」
俺が肩をすくめると、隣でリックが吹き出した。
「ぷっ……! ほら言ったでしょう大佐。こいつらは型にはまらない連中なんですよ」
「……ふん、物好きな奴らだ」
大佐は呆れたように首を振ったが、その目には悪い感情はなさそうだった。
「わかった、無理強いはせん。だが、気が向いたらいつでも来い。……それと、これは個人的な礼だ」
大佐は懐から、一本のボトルを取り出して俺に投げ渡した。
ラベルのない、古びたガラス瓶だ。
「本物の醸造酒だ。士官用の配給品だが、俺は下戸でな。アンタらなら、美味く飲んでくれるだろう」
「……いいんですか?」
「持っていけ。いい仕事への報酬だ」
俺はありがたく受け取った。
1250万クレジットと、本物の酒。
最高の結果だ。
「リック、世話になったな」
「こっちこそ! またどこかの空で会おうぜ、船長!」
俺たちはリックと、そして意外と話のわかる頑固親父に別れを告げ、基地を後にした。
懐は温かい。腹は……そろそろ減ってきたな。
「さて、次はどうする? 2000万あっても、まだ足りないぞ」
「基地内の食堂エリアにて情報収集、および次の高額依頼の検索を提案します」
ルシアの提案に、俺は頷いた。
基地の飯。それもまた、一つの「味」だ。
俺たちは期待を胸に、士官用食堂へと足を向けた。
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