第48話 精鋭部隊のフルコース
戦場跡を離脱し、正規軍の駐留基地へ向かう航路。
マッコウクジラの挙動は、明らかにいつもと違っていた。
「……おっと。慣性が殺しきれないな」
「推進器出力低下、姿勢制御にラグが発生しています。マスター、慎重な操舵を推奨します」
ルシアの警告に俺は頷く。
操縦桿を倒すが、船首が回頭するのにワンテンポ遅れる。
加速も鈍い。まるで泥沼の中を進んでいるようだ。
無理もない。カーゴルームには巡洋艦『アイギス』から剥ぎ取ったエンジンブロックや主砲基部、それに高密度の装甲材がぎちぎちに詰め込まれている。
積載限界ギリギリ……いや、カタログスペックなら少しオーバーしているかもしれない。
「流石にこいつも満腹すぎるな。食い過ぎで動けないクジラだ」
「それだけ稼げるってことだろ? 嬉しい悲鳴ってやつさ」
隣でリックが笑う。
確かにその通りだ。この重みは全部クレジットに換わる。そう思えば、鈍重な挙動も愛おしく感じられるというものだ。
「積載物の固定状況は安定しています。重心移動による事故リスクは低減済みです」
ルシアがフォローを入れる。
さて、オートパイロットに入れた。到着まで少し時間がある。
「なら、飯にするか? さっきの礼だ、俺が奢るぜ」
リックが足元のコンテナから、銀色のパッケージをいくつか取り出した。
『高栄養価戦闘糧食・タイプS』。
「照合しました。正規軍の精鋭部隊専用支給品ですね。一般市場への流通は厳しく制限されており、軍紀の厳しさゆえに横流しも稀です。闇市での取引価格は通常のレーションの約50倍を下りません」
ルシアが即座に相場を弾き出す。
以前、俺が下水道で貪った「人道支援用」の薬莢缶詰とはわけが違う、文字通りのハイグレード品だ。
味と栄養価を両立しているという謳い文句も、ちゃんとうまい飯を食ってる上層部から降りてきたもので、あのあれとは違うのだとリックが力説してくれた。
あれもうまいが食感が違うという語り口だったのだけは納得がいかないが。
「よし、休憩スペースへ行こう」
◇
テーブルの上に、銀色のパックが三つ並べられた。
表面には識別コードが印字されているだけで、中身が何かは書かれていない。
「……中身、書いてないの?」
「ああ。戦場での楽しみってのは食事くらいしかないからな。何が出るかわからない『ガチャ要素』を入れることで、兵士の士気を維持してるんだとさ」
「建前はな」
リックが補足する。
「本音は在庫管理の簡略化だ。メニューを指定させると人気のあるやつばっかり減っちまうだろ? だから『全部同じ箱』にして、強制的にランダム配給してるんだよ」
「なるほど、合理的だ」
俺たちは顔を見合わせた。
いざ、開封の儀だ。
「確率論的推測を行います。生産ロット番号から推測するに、Bパターンの『洋食セット』である可能性が40%……」
「ルシア、ネタバレ禁止だ。開ける楽しみが減る」
俺はルシアを制して、バリッ、と封を開ける。
中から出てきたのは、メインのレトルトパウチ、副菜の缶詰、クラッカー、チューブ入りのペースト、粉末ドリンク、そして食後のガム。
完全なフルコースだ。あの「テイスティキューブ」が標準食のこの世界において、これだけの品数は王侯貴族の食事に等しい。
「俺は……『デミグラス・ハンバーグ』か。当たりだな」
「わたしは『チキンと豆のトマト煮込み』。……美味しそう」
「うげっ、俺は『激辛シーフードカレー』かよ……またこれか」
リックが肩を落とす。どうやらハズレ枠らしい。
「さて、温めるか……って、加熱剤が入ってないな」
俺はパッケージの中を探ったが、発熱材の類は見当たらなかった。
現代のレーションなら水を入れるだけで熱々になる機能がついていそうなものだが。
「ああ、タイプSは積載量を減らすために加熱ギミックはオミットされてるんだ。どうせ艦内か基地で食うことが前提だし、最前線ならバーナーで炙るか、エンジンの排熱で温めるからな」
「なるほどな。だが、ウチにはもっといいものがある」
俺はニヤリと笑い、二人をキッチンへ促した。
そこには、俺とミナが作り上げたジャンク製の高火力コンロが鎮座している。
「レトルトを湯煎にかける。クラッカーは軽く炙って香ばしさを出す。粉末ドリンクは……ちゃんと浄水器を通した水で作る」
数分後。
ただの保存食だったレーションは、湯気を立てる立派な「食事」へと生まれ変わった。
「いただきます」
俺はハンバーグにフォークを入れた。
……柔らかい。
テイスティキューブのような均一な弾力ではない。ちゃんと挽肉の繊維が解れる感触がある。
口に運ぶと、濃厚なデミグラスソースの味が広がった。
少し味が濃いが、それは疲労した兵士のために塩分とカロリーを高めているからだろう。
何より、「肉の味」がする。
「美味い……!」
「うん! このトマト煮込み、酸味がちゃんとしてる! ……それに、これ」
ミナがスプーンですくった煮込みを、まじまじと見つめている。
そこには、くたくたに煮込まれた豆と、小さな野菜の欠片が入っていた。
フリーズドライか何かを戻したものだろう。形は崩れているし、食感も柔らかすぎるが、それでも「野菜の形」をしている。
「野菜が、入ってる。ペーストじゃない、固形の野菜……」
ミナがおずおずと口に運ぶ。
柔らかい豆が舌の上で潰れ、煮込まれた野菜がトマトソースの旨味と共に喉を通っていく。
「……すごい。噛むと味が変わる。豆の味と、野菜の味が混ざって……」
彼女にとっての食事とは、均一な味のペーストか、固いだけのブロックだった。
複数の食材が混ざり合い、それぞれの食感や味を主張しながら一つの料理になっていること自体が、新鮮な驚きなのだ。
たとえそれが、保存のために加工されたレーションであったとしても。
「へぇ……温めて皿に盛るだけで、随分と変わるもんだな」
リックもカレーを一口食べ、目を丸くした。
「いつもは冷たいままチューブから啜ったり、クラッカーに乗せて流し込んでたからな。……これが『食事』ってやつか」
「ああ。手間を惜しんじゃ、飯に失礼だ」
俺はクラッカーに、付属のチーズペーストとハンバーグのソースを乗せてかじった。
サクサクとした食感と、濃厚な味のハーモニー。
窓の外には星の海。
カーゴには山のような戦利品。
そしてテーブルには、温かい食事。
悪くない。
最高の航海だ。
「……さて、食ったら仕事だ。基地に着いたら、大量の荷降ろしと交渉が待ってるぞ」
「おうよ! 任せときな、兵站部の頑固親父も、この『タイプS』を土産に持っていけばイチコロさ」
リックが自慢げにレーションの箱を叩く。
「奢るってのもそうだが、全部よこすって話はどうなったんだ?」
俺が茶化すように言うと、リックは肩をすくめて笑った。
「そりゃあ、交渉の切り札として使う分は別腹だろ? 船長の取り分が減るのは心苦しいが、その分高く売りつけてやるから許してくれよ!」
「口の減らないパイロットだ、クビにしてやろうか?」
「おっと、クルーになるって話は断ったはずだぜ!」
俺たちは笑い合い、残りのレーションを平らげた。
満腹のマッコウクジラは、重たい腹を揺らしながら、港へと進んでいく。
最初に苦し紛れに軍用缶詰を出したのでどうしようかと。
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