第47話 巨人の墜ちた日
目の前に浮かぶのは、全長300メートルを超える鋼鉄の塊だった。
正規軍所属、重巡洋艦『HC-09 アイギス』。
高い防御力と火力を活かし、艦隊戦列の中核として敵の攻撃を一手に引き受ける「盾」であり、同時に戦線を押し上げる「矛」でもあった巨艦だ。
だが今は、無惨に引き裂かれ、火災の跡も生々しい残骸となって漂っていた。
「……酷いもんだろ?」
サブシートに座るリックが、自嘲気味に呟く。
「俺たちの任務は、反乱軍の拠点制圧だった。情報じゃ、敵は旧式艦の寄せ集めだって話だったんだがな」
「罠だったのか?」
「ああ。このデブリ帯に誘い込まれた瞬間、伏せてあった大量の自律機雷とドローンが一斉に起動したんだ。アイギスは集中砲火を浴びて、シールドごと装甲を剥がされて大穴が開いちまった」
リックは悔しげに拳を握った。
「そこからは向こうの巡洋艦クラスとこっちの護衛艦とだ。俺は哨戒に出てて、少し離れた位置にいたから難を逃れた。だが……敵艦隊の索敵にばっかり気を取られて、足元の機雷原に気づけなかった。護衛艦も必死で応戦したが、数の暴力に押しつぶされて全滅しちまったよ」
対艦戦闘なら巡洋艦は非常に強力だ、だがどの船もマッコウクジラほどの至近防御性能を持たないのだ。
「……ま、ここを巣食っていた害虫どもは俺たちが駆除した。あとは、こいつをスクラップの山から救い出してやるだけだ」
俺はコンソールを操作し、船の状態をスキャンした。
センサーの反応を見て、俺は思わず口笛を吹いた。
「おい、見ろよ。エンジンブロックがほとんど無傷だぞ」
通常、艦隊同士の戦闘では大口径の兵器の撃ち合いになり、動力部が誘爆して木っ端微塵になることが多い。
だが、アイギスは違った。
機雷でどてっ腹をぶち抜かれたことで、誘爆する前に機能停止に追い込まれたようだ。皮肉な話だが、おかげで最も高価な心臓部が綺麗に残っている。
これは儲けものだ。
「ルシア、全エネルギーをトラクタービームへ回せ。シールド出力は最低限まで落としていい。機関出力、限界まで上げるぞ」
「了解。エネルギーバイパス、接続。トラクタービーム、出力最大」
マッコウクジラの船体が低く唸る。
搭載されたジェネレーターが咆哮し、莫大なエネルギーが船首の投射機へと奔流する。
空間が歪むほどの重力波が放たれ、巨大な巡洋艦の残骸を捉えた。
サイズが違うとは言え、空荷の輸送艦と軍用装甲の塊じゃ質量は向こうが優位だ。普通なら、こちらが振り回されて終わる。
だが、マッコウクジラは揺らぐことなく、その巨体を宇宙空間に縫い止めた。
「なっ……!?」
リックが目を見開く。
「おいおい、嘘だろ? 巡洋艦クラスを完全に固定したのか? 整備基地の大型牽引装置を使ったって、かなり手こずる作業だぞ!」
「こいつは力持ちだけが取り柄なんでね。さあミナ、解体ショーの始まりだ。指揮を頼む」
「了解! ルシア、切断ラインを表示! エンジンブロックの接続ボルトを狙って!」
ミナの指示が飛ぶ。
俺はそれに合わせて、パルスレーザーのトリガーを引く。
高出力の光条が、巡洋艦の分厚い装甲をじりじりと溶断していく。
「……デタラメだ。あそこの装甲、対ビームコーティングが施されてるはずだぞ? なんであんな速度で切れるんだよ」
リックが信じられないものを見る目でモニターを凝視している。
いくらデタラメなジェネレーター直結の高出力とはいえ、さすがに軍用艦の装甲だ。バターのようにとはいかないが、耐熱限界を強引に突破して焼き切っていく。
溶断された断面が赤熱し、真空の闇に軌跡を描く。
「そこ! 次は右舷の動力パイプ! 誘爆させないように、冷却液の循環路を避けて!」
「右だな、わかった」
俺の操作と、ミナの指示、そしてルシアの補正。
三位一体の作業は、さながら外科手術のようにスムーズに進んでいく。
本来なら数日がかりの解体作業が、驚くべきスピードで消化されていく。
「……右のパイプは予備だ。本命は装甲の下、第三層を通ってる」
不意に、リックが口を挟んだ。
「あそこのラッチを外せば、エンジンユニットが丸ごと抜けるはずだ。整備班の連中がよく愚痴ってたからな、整備性が悪いって」
「ナイス情報だ、リック! アキト、装甲の剥離をお願い!」
元乗組員の知識は伊達じゃない。
リックの的確なアドバイスのおかげで、俺たちは難所の解体を次々とクリアしていった。
数時間後。
マッコウクジラのカーゴルームには、巨大な軍用エンジンユニットと、主砲の基部パーツ、そして希少金属や軍用規格の電子機材を含む質のいいスクラップが山と収められていた。
今や巡洋艦『アイギス』はほとんどが食いしん坊なマッコウクジラの腹の中に収まっており、内装区画ブロックがバラバラに散らばって漂っている。
◇
「ふぅ……。いい仕事だったな」
作業を終え、俺たちは休憩スペースで休んでいた。
「ああ。まさか自分の船をバラすことになるとは思わなかったけどな」
リックは苦笑しつつ、コーヒーをあおった。
その顔には、憑き物が落ちたような晴れやかさがあった。
「なぁ、リック。お前、ウチに来ないか?」
俺は以前から考えていたことを口にした。
「腕は確かだし、性格もいい。ミナともうまくやれそうだ。それに、見ての通りウチはクルーが足りてない。正規軍なんて堅苦しいところより、気楽な稼業も悪くないぞ」
「……」
リックの手が止まる。
ミナとルシアも、彼の方を見た。
だが、リックは短く息を吐き、首を横に振った。
「ありがたい話だが、パスだ。俺は一度、基地に戻らなきゃなんねえ」
「報告義務か?」
「それもあるが……死んだ連中の家族に、最期を伝えてやりたいんだ。それに、俺だけ逃げ出して気楽な傭兵稼業ってのも、寝覚めが悪い」
リックは真っ直ぐな瞳で俺を見た。
その目を見て、これ以上誘うのは野暮だと悟った。
こいつは、俺たちが思っていた以上に義理堅い男らしい。
「わかった。残念だが、無理強いはしない」
「その代わりと言っちゃなんだが……今回回収したパーツ、高く売りさばくルートを紹介してやるよ」
リックがニヤリと笑う。
「正規軍の兵站部にコネがある。出所不明のジャンクとして買い叩かれるより、正規の『回収品』として納入したほうが、ずっといい値がつくはずだ。俺の口利きがあれば、手続きもスムーズに行く」
「……へえ、そいつはありがたい」
持つべきものは友、そしてコネだ。
目標金額への道が、大きく開けた気がした。
「よし、じゃあ早速そのコネを使わせてもらおうか。最寄りの基地まで送ってやる」
「おうよ! 頼むぜ、船長!」
俺たちは再出発の準備に取り掛かった。
宇宙船解体ゲーム、ウィッシュリストの肥やしになってますがいくつかありますよね。
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