第43話 情報の対価
カフェでの休息を終えた俺たちは、ショッピングモールの出口で二手に分かれることになった。
ミナが購入した大量の工具やガジェット――ドローン数機が抱えるほどの分量――を船に持ち帰る必要があったし、何より俺には、女性陣には聞かせられない野暮用があったからだ。
俺は「少し市場を覗いてくる」と適当な理由をつけて二人を見送り、コロニーの最下層へと足を向けた。
◇
トランザクション・ハブの最下層、薄暗いバーの奥まった席。
俺の向かいには、目深にフードを被った情報屋が座っていた。
「……なるほど。高性能アンドロイドへの味覚実装、および有機変換システムの増設か」
情報屋は、俺が注文した琥珀色の液体を揺らしながら呟いた。
「この辺りの星系じゃ無理な相談だ。ヤブ医者ならいくらでもいるが、そいつ――ルシアと言ったか、そんな精巧な機体を弄れば、二度と動かなくなるのがオチだぞ」
「わかってる。だから、確実にできる場所を探してるんだ。多少遠くても構わない」
俺が言うと、情報屋は端末を取り出し、地図データを空中に投影した。
指し示されたのは、ここからゲートウェイを二つ越えた先にある星系だ。
「技術系コロニー『テクネ・プライム』。銀河でも指折りのサイバネティクス技術を持つ研究都市だ。あそこなら、正規のラボで完璧な手術が受けられるだろう」
「……正規のラボ、か。さぞ値が張りそうだな」
俺は眉をひそめた。
ヘパイストスの修理屋が言っていた「5000万」という数字が頭をよぎる。正規の研究都市ともなれば、さらに上乗せされる可能性は非常に高い。
「間違いなくな。だが、技術は保証する。それに、あそこ以外でまともな施術ができる場所なんて、俺の知る限り存在しない」
情報屋は断言した。
この世界の情報伝達は、意外と不便だ。
超光速通信は存在するが、それは巨大なゲートウェイ・ネットワークを経由する必要があり、帯域も限られている。
政府の公報や大企業の取引データで回線は常にパンク状態で、個人のニッチな情報や、裏社会の噂話なんてものは、結局のところ人が物理的に運ぶ方が早くて確実なのだ。
だからこそ、こうして足で稼ぐ情報屋が重宝される。
「テクネ・プライムか……。行くしかないが、先立つものがな」
俺はグラスを呷り、ぼやいた。
手持ちは800万。キッチンの本格改装、食材の確保ルート開拓と、やりたいことが山積みの俺は少々せっかちになっているのだ。チマチマ稼いでたんじゃ日が暮れる。
「金に困ってるのか?」
「困ってるわけじゃないが、デカい入り用がある」
俺が肩をすくめると、情報屋はニヤリと笑い、別のデータチップをテーブルに滑らせた。
「なら、いい話があるぞ。『マッコウクジラ』の船長さん」
「……俺を知ってるのか?」
「同業者の間じゃちょっとした噂になってるぜ。単艦で宙賊を返り討ちにし、しかも船ごと鹵獲して売りさばく、腕利きの輸送屋がいるってな」
情報屋は声を潜めた。
「そんな度胸のあるアンタなら、興味があるんじゃないか? ……『戦場跡』の座標だ」
「戦場跡?」
「ああ。隣のセクターとの境界付近で、一ヶ月前に正規軍と大規模な反乱軍の艦隊戦があった。双方が撤退した後、そこは手つかずのまま放置されている」
俺はチップを手に取った。
一ヶ月前の大規模戦闘。時期と場所からして、以前俺が正規軍からの依頼で弾薬などの救援物資を運んだ戦闘、あれの本命だろうな。
あの時は末端への補給だけで精一杯だったが、中心部では艦隊同士の殴り合いが行われていたわけだ。つまり、撃沈された艦船や、放棄された機材が漂う鉄の墓場がそこにある。
「なんで放置されてる? いつものハイエナどもが群がっててもおかしくないだろ」
戦場跡のサルベージは、ハイリスクだがハイリターンな商売だ。
通常なら、戦闘終了から数時間後にはジャンク屋や同業者が殺到するはずだ。
「普通の業者は近寄れないのさ。戦闘は終わったが、そこは『機雷原』になっちまってる」
「機雷?」
「ああ。双方ともに撤退時に大量の自律機雷をばら撒いたんだ。機雷ってのは融通の利かない兵器だが、こと艦船のシールドを中和する能力に関しては最悪だ。瞬く間に船体を裸にし、装甲に風穴を開ける。それに、損傷して制御を失った無人戦闘ドローンも多数徘徊しているという噂だ。うかつに近づけば、スクラップの仲間入りだ」
なるほど。
危険すぎて割に合わないと判断され、放置されているわけか。
だが、それは逆に言えば、手つかずの「宝の山」が眠っているということだ。
沈んでいるのは軍艦だ。俺が喉から手が出るほど欲しい、巡洋艦クラスの大物が転がっている可能性は高い。
「……面白そうだな」
「だろ? 座標のデータだ。情報は高いぞ?」
「払うさ。先行投資だ」
俺は即決し、情報料を振り込んだ。
決して安くはない額だが、これで5000万への道が開けるなら安いものだ。
「毎度あり。……死ぬなよ、船長」
情報屋はヒラヒラと手を振り、闇に消えていった。
俺はチップを強く握りしめ、店を出た。
◇
船に戻り、俺はミナとルシアに情報を共有した。
「……テクネ・プライム。そこに行けば、ルシアの手術ができる」
「目的地設定。星系座標を確認しました。現在地よりゲートウェイ・ジャンプを2回。所要時間は通常航行を含め約10日です」
ルシアが淡々と、しかしどこか弾んだ声で答える。
「しかしマスター、ゲートウェイの利用は高額です。往復分の通行料と移動経費を差し引くと、現在の資金は大きく目減りします。手術費用どころか資金繰りがギリギリになりかねませんよ」
「わかってる。そこで仕事の話だ」
俺は戦場跡の座標をモニターに表示させた。
無数のデブリと、赤い警告マーク――機雷反応――が点滅している。
「寄り道をして、軍資金を稼ぐ」
「げっ……ここに行くの? 自殺志願者?」
ミナが顔をしかめる。
「機雷に自動防衛ドローン……まともな神経してたら近づかないよ。機雷に触れたらシールドごと蒸発するよ?」
「機雷は確かに厄介だが、動きは単純だ。それにマッコウクジラのシールドなら数発は受けられる。俺の射撃の腕にルシアの補助があれば、感知される前に処理するのは問題ないさ」
俺は自信たっぷりに言い放つ。
ゲーム時代からの経験だ。機雷原の突破なんて朝飯前だ。
「問題はドローンか。数は多いだろうし、小さいから狙いにくい。こいつへの対処はすこし考える必要があるな」
俺は武器のカタログリストを開いた。
普段は経費不要のエネルギー兵器ばかり使っているが、こういう時は実弾の出番だ。
「ガウス砲用の散弾があったはずだ。ルシア、至急注文しておこう。近接防御用にチューンしておいてくれ」
「了解。弾頭の種類は?」
「拡散範囲の広いフレシェット弾と、EMP弾頭を半々で。ドローンの回路を焼き切って無力化する」
俺はニヤリと笑った。
実体弾にはゲームとは異なり、様々な弾体やカスタムが存在する。
コストはかかるし補給も手間だが、状況に合わせて弾を選べる柔軟性は捨てがたい。やはり俺のロマンは間違っていなかったのさ。
「……うぅ。わかったよ、やればいいんでしょ、やれば! その代わり、レアなパーツがあったら私の取り分も弾んでよね!」
「交渉成立だ」
俺たちは笑い合った。
目的地は決まった。
まずは戦場跡で荒稼ぎし、その金を持ってテクネ・プライムへ乗り込む。
完璧なプランだ。
「よし、出港だ! 目指すは鉄の墓場!」
マッコウクジラは静かにドックを離れ、星の海へと舳先を向けた。
待ってろよ、5000万クレジット。
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