第42話 グルメガイドの罠
商業コロニー『トランザクション・ハブ』のドックに、マッコウクジラが滑り込んだ。
往路では宙賊との戦闘があったが、復路は平和そのものだった。
積荷の『精製レアメタル』を納品し、空いたスペースに詰め込んできた『工業用潤滑油』を売りさばく。
ヘパイストスで二束三文で買った油は、ここではメンテナンス需要の急増により、仕入れ値の3倍近い価格で飛ぶように売れた。
「……締めて、利益は200万クレジットか。悪くない」
アキトは端末の口座残高を確認し、満足げに頷いた。
現在の総資産は約800万クレジット。
ルシアの強化費用5000万にはまだ遠いが、日銭を稼ぐという意味では十分すぎる成果だ。
「マスター、次の予定はいかがなさいますか?」
「ああ、そうだな。……たまには休むか」
アキトの言葉に、ルシアとミナが顔を見合わせた。
「休息、ですか?」
「ああ。ヘパイストスではバタバタしてたし、ミナは徹夜で整備漬けだったからな。金もあることだし、少し羽を伸ばそうぜ」
これまで働き詰めだった。
生きるために必死だったのもあるが、余裕ができた今、ちゃんと休みを取って英気を養うのも仕事のうちだ。
それに、単純に遊びたい。くだらないものを眺めて、だらだらと時間を消費したい。見落としてる飯の種――この場合は金ではなく本当にご飯の話――もあるだろうしな。
「賛成。わたし、あっちのショッピングモール見てみたい」
「推奨いたします。クルーの精神衛生維持は、長期的な運用効率を向上させますから」
満場一致で、マッコウクジラ一行の休日は決定した。
◇
トランザクション・ハブの商業区画は、相変わらず洗練された活気に満ちていた。
ミナは「最新の工具セット」や「ホログラムフィギュア」のウィンドウに張り付き、アキトはそんな彼女を眺めつつ、のんびりと通りを歩く。
そしてルシアは……。
「マスター、少し立ち寄りたい場所があります」
「お、どこだ? 服屋か?」
「いいえ。書店です」
ルシアが案内したのは、大型のメディアショップだった。
書店とはいうものの、並んでいるのは紙の本ではない。
色とりどりのパッケージが陳列棚を埋め尽くしている様は、俺の目にはゲームショップのように見える。
前にも少し言ったが、この世界の娯楽や情報は、基本的に物理デバイスとして売られている。
パッケージの中に、平たくしたUSBメモリとか、細くしたフロッピーディスクのようなデータチップが封入されているのだ。
完全なデジタルデータ販売にしなかったのは、海賊版対策としての物理認証キーが必要だったからだとか、あるいは単に「物を買う」という所有欲を満たすためだとか言われている。断じて、ゲーム的に各所で拾える情報メモのためではないのだ。
ルシアは迷わず実用書のコーナーへ向かう。
「何を探してるんだ?」
「料理に関するデータ、あるいは書籍です。マスターの調理技術を体系的に学習し、サポート体制を強化したいと考えまして」
健気な心がけだ。
アキトは感心しつつ、一緒に棚を探し始めた。
ネットで探せばいいと思うかもしれないが、この世界のインターネットは自由に開かれた場所じゃない。企業ページや招待制のコミュニティが中心で、有用な「個人の知識」が広く共有される文化がないんだ。だから、こういう物理メディアの情報価値が高い。
だが……。
「……ないな」
「ありませんね」
あるのは「効率的な栄養摂取ガイド」や「サプリメント大辞典」、「最新フードプリンターのカタログ」ばかり。
「食材を切って、煮て、焼く」という原始的な調理法を記した本など、影も形もない。
考えてみれば当然だ。この世界では料理をする人間自体が希少種なのだから、レシピ本なんて需要があるはずもない。
「検索結果もゼロです。体系化されたデータは存在しません」
「まあ、そうだろうな……ん?」
アキトの手が、一冊の華やかな表紙のパッケージで止まった。
『銀河ぐるり旅・絶品グルメガイド』
観光地として有名な惑星の特集記事のようだ。
「おっ、グルメガイドか。これなら何かの参考になるかも……」
とりあえず買ってみるか。今の俺には端金だ。
アキトはパッケージをレジに持っていき、購入したチップをその場で手持ちの端末に読み込ませた。
しかし、数ページ送ったところで、アキトの表情が曇った。
『惑星アクア・リゾート限定! 海を感じる潮風フレーバー・テイスティキューブ!』
『砂漠の星の情熱! 激辛スパイス味キューブ(サソリ粉末入り)』
『一度は食べたい! ご当地キューブ・コンプリートBOX』
「……なんだこれは」
ガイドブックの半分以上、いや八割近くが「ご当地限定テイスティキューブ」の紹介で埋め尽くされていた。
ホログラムに写っているのは、カラフルな正方形の固形物ばかり。
現地の食材を使った料理ではなく、現地の「イメージ」を味付けしただけの合成食料。それがこの世界の「グルメ」の正体だった。
「ひでぇな……。観光に行ってまで食うのがこれかよ」
「分析しました。一般市民の方々にとって、現地の未加工食品は衛生面や価格面でハードルが高いため、安全で安価なキューブが推奨されているようですね」
アキトはがっくりと肩を落とした。
だが、捨てる神あれば拾う神あり。
パラパラとページを飛ばしていると、巻末の小さなコラム記事に目が止まった。
『通好みのあなたへ。海洋惑星アズライト・プライムの朝市では、水揚げされたばかりの未加工魚介類が取引されています(※必要資格アリ)』
「……これだ」
アキトの目が光った。
メインの観光情報ではないが、確かに「生の食材」が存在する場所はある。
惑星アズライト・プライムの魚。
それらは一部の富裕層やマニア向けのものかもしれないが、確かにそこにあるのだ。
アキトの脳裏に、かつて食べた『テイスティキューブ・サシミ味』の記憶がよぎる。
あの、生臭いだけで食感は消しゴムそのものだった、冒涜的な直方体。
だが、ここは違う。本物の、泳ぐ魚がいる場所だ。
もしかしたら、あの悪夢のような記憶を上書きする、本物の美味い魚に出会えるかもしれない。
醤油とワサビで食べる、透き通った刺身。脂の乗った焼き魚。
想像するだけで、唾液が溢れてくる。
今すぐにでも飛んでいきたい。
だが、アキトはふと隣に立つルシアを見た。
彼女は無表情で、しかし興味深そうにグルメガイドのデータをスキャンしている。
まだ味を知らない彼女を連れて行っても、その感動を共有することはできない。
「……ルシア、お前の改装が確実な場所を見つけて済ませたら、まずはここだな」
アキトはガイドブックの『アズライト・プライム』のページを指差して告げた。
「海洋惑星の新鮮な魚だ。俺の記憶にある限り、これ以上に繊細で、贅沢な味はない。最初の食事にふさわしい」
「……了解しました。目標設定を更新。『海洋惑星アズライト・プライムでの食事』を最優先事項の完了条件として登録します」
ルシアの瞳が、嬉しそうに微かに明滅した気がした。
目的地は決まった。だが、そこへ行くには準備が必要だ。
5000万クレジットという壁と、それを乗り越えるための情報。
「わたしは買い物をすませた。休憩したい」
向こうから、荷物を持たせた追従ドローンを数機引き連れたミナが手を振っていた。
アキトは端末を閉じ、軽く息を吐いた。
「ああ、今行く」
いい休日だった。
だが、休んでばかりはいられない。
茶を飲んだら、次は仕事だ。
5000万を稼ぐためのデカいヤマ、あるいはルシアを改装できる技術者の情報。
それらを求めて、俺たちはまた動き出す必要がある。
面白かった、続きが楽しみ、と思っていただけたら「★」をポチッと!
アキトの明日の夕飯が少しグレードアップするかもしれません。よろしくお願いします!




