第41話 味覚への道
ヘパイストスでのビジネスは順調だった。
だが、新たな目的である「ルシアの強化」については、壁にぶち当たっていた。
「……ない? これだけデカい工業コロニーなのにか?」
ドック近くのサイバネティクス専門店、というよりは義体修理屋。
俺の問いかけに、店主は油にまみれた手を拭きながら鼻で笑った。
「兄ちゃん、ここは『工場』だぞ? 俺たちが扱うのは、プレス機に潰された腕の代わりや、有毒ガスを吸っても平気な肺だ。労働に直結する機能ならそりゃ何でも揃う」
店主は棚に並ぶ無骨な義手や義足を指差した。
「だが、アンタが探してる『味覚センサーユニット』だの『超小型有機変換炉』だの……労働者が必要とすると思うか?」
「……取り寄せは?」
「できないことはないだろうな、だが足元見られるぞ。医療先進コロニーからの輸入品になる。ざっと見積もって……ユニットだけで3000万。輸送費やら手術費やら込みで5000万クレジットってとこだな」
5000万。
俺はめまいを覚えた。キッチン改装費とほぼ同額だ。
現在の所持金600万が、端金に見えてくる。
「それに、そんな高度なアンドロイドの改装ができる繊細な連中、少なくとも俺には心当たりがないね。ここらの整備士はハンマーで叩いて直すのが専門だ」
店主は肩をすくめた。高い金払って付けられませんでしたじゃお話にならないか。
「……出直してくる」
「おう。また来な。頑丈な義手が欲しくなったら安くしとくぞ」
店を出ると、隣で控えていたルシアが申し訳なさそうに俯いた。
「マスター……私の個人的な欲求のために、これほどの高額投資は非合理的です。計画の凍結を推奨します」
「バカ言え。男が一度やると決めたんだ、引っ込みがつくもんか。それに、うまい飯はみんなで食わなきゃダメなんだよ」
俺はガシガシと頭をかいた。
やはり、辺境や工業区画ではハイエンドな嗜好品パーツは手に入らないし、値段も跳ね上がる。
となれば、まずは流通の中心である場所に戻るのが筋だ。
「……戻るぞ、ルシア。商業コロニー『トランザクション・ハブ』へ」
「あちらへ戻ると?」
「ああ。ここよりは情報のパイプも太いし、何より仕事の単価が高い。あそこを拠点に、堅実に稼ぎつつ情報を集める」
◇
船に戻った俺たちは、早速出港の準備に取り掛かった。
もちろん、空荷で戻るなんて勿体ないことはしない。
ギルドの端末で、トランザクション・ハブ行きの依頼を検索する。
「お、これなんかどうだ。『精製レアメタルインゴットの輸送』。重量はあるが、単価はいい」
「積載率、60%確保可能です。残りのスペースには?」
「こっちで安く売ってる『工業用潤滑油』を詰め込めるだけ詰め込む。消耗品はどこだって常に需要があるからな」
手際よく依頼を受諾し、物資の搬入を手配する。
カーゴルームにミナが直接操作するドローンを先頭に、次々とコンテナが積み込まれていった。
「……よし、固定完了。バランス良好」
汗を拭うミナに、俺は合成缶コーヒーを投げ渡した。
「お疲れ。いい手際だ」
「これくらい余裕。……でも、これだけの量を運んでも、利益は100万ちょっとなんでしょ?」
「百万は別に少ない金額じゃない。目標がでかすぎるんだ。」
「それはわたしもわかってる。100万なんて何年掛けても稼げなかったはず」
俺は遠い目をしはじめたミナを横目に伝票を見ながら溜息をついた。
5000万という目標金額は途方もなく見えるが、マッコウクジラの容量の大きさによる反則的な稼ぎがあればそう遠くはない。
だが、溜めた端から財布を空にして道楽に突っ込むのはあまりに無茶だし、金はあればあるだけいい。
「もっとこう、ドカンと一発でかい稼ぎが欲しいところだな」
「一発?」
「ああ。例えば……そうだな。この前、イグニス星系からの脱出戦で巡洋艦を2隻落としたんだが、あんときは回収してる余裕がなかった。マジで惜しいことをした」
俺は何気なく言った。
前回の小型艇では180万だったが、軍用の巡洋艦ともなれば桁が変わる。
ジェネレーターは流石に無理だろうが、各種の武装、装甲材、電子系部品。どれをとっても宝の山だ。
「……落とした? 巡洋艦を?」
ミナが空き缶を持ったまま固まった。
「ああ。全長300メートル級のやつだ。派手にやったから損傷もでかいだろうが、あれを回収できてたらいくらになったんだろうな」
「……ちょっと待って。アキト、本気で言ってる?」
ミナが引きつった笑みを浮かべる。
「巡洋艦だよ? 軍艦だよ? 落としてるのもおかしいし、どうやって運ぶの。カーゴだって入らないでしょ。入らない、よね?」
「丸ごと運ぶわけじゃないさ。美味しいところだけいただくんだ」
全長500mを超すマッコウクジラのカーゴは広大だが、流石に巡洋艦は入らない。ゲーム時代はぶっ壊して資源回収、確率で装備回収だったが、現実ともなれば小型艦よりよほどやりようはあるはずだ。
「イオンキャノンで動きが止まったところをうまいことやれば、効率よく解体できると思うんだがなぁ」
「……解体ショーを、宇宙空間でやるってこと? 戦闘中に?」
「そうだ。ま、さすがにニコイチで直して動く巡洋艦ができるほどうまくはいかんだろうがな。そこは勘弁してくれ」
「巡洋艦をでっちあげるのは流石に無理!」
ミナは「……アキトの常識、やっぱりおかしい」と頭を抱えた。
ま、軍用艦とぶち当たる機会なんてそうあるもんじゃないけどな。それと、ミナにはそろそろジェネレーターと主砲も見てもらっておくか。
「準備完了だ。出すぞ!」
俺は号令をかけ、ブリッジへと向かう。
目標、商業コロニー。
マッコウクジラは重たい船体を震わせ、煤けた空を舞い上がった。
マッコウクジラのスペック実はちゃんと決めてなくて……タンカーベースに考えてるけど宇宙時代ならもっとでかいか?
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