第40話 スタミナ肉野菜炒め
カクヨムのペースに近づけるためにちょっと連続投稿
ヘパイストスのドックでの滞在も、そろそろ終わりが見えてきた。
出港前の最後の仕上げとして、俺たちは機関室の横にあるデッドスペースにいた。
「……よし、接続完了。排熱バイパス、正常に稼働」
ミナが端末を操作すると、目の前の強化ガラスで仕切られた区画――俺たちが急造した『船内農園』の中に、シューッという音と共に蒸気が送り込まれた。
エンジンの排熱と、浄化システムの湿気を循環させるだけのシンプルな構造だが、中の温度計はたちまち50度を超え、湿度は80%に達する。
人間なら数分で茹で上がる環境だが、あの植物にとっては楽園だ。
「環境データの再現率は98%。これなら育つはず」
「頼むぞ。こいつが将来の食糧庫になるんだからな」
俺はプランター――弾薬ケースだ――に植え付けられた耐熱ツタの苗を見つめた。
まだひょろりとした小さな株だ。爆発的に増えるわけでもないし、収穫できるようになるまでには時間がかかるだろう。
だが、これは大きな一歩だ。
「よし、農園はひとまず放置だ。育つのを待つ間に、腹ごしらえといくか」
「賛成。お腹すいた」
◇
俺たちは居住区画のキッチンへと移動した。
今日のメニューは決まっている。
排熱区画で採取してきた残りのツタ(もやし風の新芽)を使った料理だ。
「まずはタレ作りからだな」
俺はカウンターに数種類の瓶を並べた。
どれも現地の市場で買い集めたものだ。
あのラーメン屋の親父が使っていた「醤油風調味液」は、残念ながら店主のオリジナルブレンドで市販はされていなかった。
だが、ヒントは貰った。
植物性タンパクのアミノ酸液をベースに、カラメル、塩、そして……
「このスパイスだ」
市場の怪しい露店で見つけた、刺激臭のする茶色い粉末。
成分分析の結果は『カプサイシン類似物質を含む混合香辛料』。要するに、辛くて香ばしい何かだ。
これらをベースに、さらに乾燥ニンニク粉末をたっぷりと投入し、合成酒で伸ばしながら煮詰める。
ジュワァ……。
鍋から焦げたような甘辛い香りが立ち上る。
本物の醤油には程遠いが、食欲をそそる暴力的な匂いだ。これでいい。今日の料理には、繊細さなんて必要ない。
「アキト、それだけでご飯食べられそう」
「焦るな。主役はこれからだ」
俺は高火力コンロに中華鍋(に見立てたボウル状の装甲材)をセットし、点火した。
轟音と共に青い炎が鍋を包む。
煙が出るまで熱したところに、油を引く。
まずは合成肉の細切れを投入。
表面をカリッと焼いて、人工的な脂の臭みを消す。
そこへ、洗っておいたツタの新芽を山盛り投入する。
ジャァァァァァッ!!
激しい音と共に、大量の蒸気が上がる。
ここが勝負だ。火を通しすぎれば水分が出てベチャベチャになる。
強火で一気に煽り、シャキシャキ感を残したまま熱を入れる。
最後に、作っておいた特製ダレを回し入れる。
ジュワワワワッ!
タレが鍋肌で焦げ、香ばしい匂いが爆発的に広がる。
全体にタレが絡んだのを確認し、火を止める。
「完成だ。『工業区風・スタミナ肉野菜炒め』」
皿に盛り付けると、黒っぽいタレを纏った肉と野菜が、てらてらと脂ぎった艶を放っている。
そして、その横に添えるのは――。
「……これ、お米?」
ミナが不思議そうに、茶碗(代わりのマグカップ)によそわれた白い粒々を見つめる。
市場で仕入れた『合成炭水化物・ライス型』だ。
デンプン質のペーストを粒状に成形して乾燥させたもので、お湯で戻すとご飯のようになる……という触れ込みの代物だ。
「見た目は白米だな。味は期待するなよ」
俺たちはテーブルにつき、手を合わせた。
まずは肉野菜炒めを一口。
「……ん!」
ミナの目が輝く。
濃い。しょっぱい。そして脂っこい。
だが、その強烈な味付けを、炒めたツタの食感と瑞々しさが受け止めている。
ニンニクとスパイスの香りが鼻を抜け、噛むほどに合成肉のジャンクな旨味が染み出してくる。
「すごい……音がする」
ミナは咀嚼しながら、自分の口の中で鳴る音に驚いているようだった。
「シャキシャキいってる。それに、噛むと中から水が出てくる……。これ、本当に植物なの?」
無理もない。彼女が今まで食べてきた「野菜」といえば、栄養素だけを抽出して固めたペーストか、フリーズドライの粉末スープくらいのものだっただろう。
植物の繊維を噛み切り、その細胞壁を壊して中の水分を味わうという体験自体が、彼女にとっては未知の領域なのだ。
所詮は工場の排熱で育つ雑草、あるいは環境適応のために遺伝子をいじられた人工植物の成れの果てかもしれないが、それでも「生きている植物」であることに変わりはない。
「ああ。野菜炒めの醍醐味はこの食感だからな」
俺はすかさず合成白米をかき込んだ。
味気ない。食感も少しポソポソしていて、粘りや甘みはない。単体で食えば、ただの味のしない粒だ。
だが、この味の濃いおかずと合わせるとどうだ。
おかずの塩分を白米が中和し、白米の淡泊さをおかずの脂が補う。
口の中で混ざり合い、完璧なバランスへと昇華される。
「……美味しい」
ミナも真似をして、おかずを白米にバウンドさせてから頬張っている。
教えたわけでもないのに、本能で「定食の流儀」を理解したらしい。
「この白い粒、味しないけど……このお肉やツタと一緒に食べると、すごく美味しい。味がちょうどよくなる」
「だろ? 白飯を主食に、おかずでかきこむ。これが最強なんだ。」
俺は茶碗のご飯を見つめ、ふと遠い記憶を重ねた。
「でもなミナ、本物の米はもっと美味いんだぜ。噛めば甘みがあって、香りも良くて、それだけでおかずがいらないくらいだ」
「えっ、これより?」
「ああ。いつか本物の銀シャリを手に入れたら、炊きたてを食わせてやるよ。腰抜かすぞ」
合成だらけの模造品料理、しかもモヤシ炒めだ。だが、生の食材が加わった。更には自分たちで環境を整え、食材を確保し、工夫して作ったという事実が、最高のスパイスになっている。
ガツガツとかき込み、あっという間に完食した。
満腹感と共に、心地よい熱が体に広がる。
「ごちそうさまでした。……アキト、これなら毎日でも食べたい」
「おう。農園のツタが育てば、いつでも作ってやるよ」
俺は空になった皿を片付けながら、視線をルシアに向けた。
彼女は無表情で、しかしどこか羨ましげに空の食器を見つめている、気がする。
ルシアにはまだ味覚はない。味覚センサーユニットと有機変換炉の実装は、決して安い買い物じゃないからな。
だが、俺が料理の道を歩み始めた以上、彼女がこれを食べないという選択はない。
必ず、美味いものを食わせてやる。そのためには――。
「さて、腹も満たされたし、稼ぎに行くとしようか」
俺は端末を起動し、傭兵管理機構のページを開いた。
稼がなきゃならない理由は山積みだ。
中華屋のもやし炒めはとてもうまい。
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