第39話 整備士はクアトロディスプレイの夢を見る
ヘパイストス星系への輸送と行商で得た利益は約400万クレジット。
そこに宙賊船の売却益である約180万クレジットが加算され、俺の懐には600万近い余裕が生まれていた。
となれば、まずは約束を果たす時だ。
「ほら、好きなのを選べ。予算は気にしなくていい」
俺はミナにインテリアショップのホログラムカタログを渡した。三隻の船を徹夜で仕上げた功労者へのボーナスだ。
ルシアは睡眠を必要としないので気にしていなかったが、今の彼女の部屋には備え付けの硬いベッドとロッカーしかないからな。
「……本当にいいの? 予算気にしないって言ったよ? ほんとに?」
「言ったろ、出来高制だってな。お前はそれだけの仕事をしたんだ。遠慮するな」
ミナはおずおずとカタログを操作し始めたが、俺の言葉を聞くと、その目が物欲の色に変わった。
「……じゃあ、これ。多関節アーム付きの精密作業デスク。あと、壁面収納ユニットと、高演色性のLED照明、セットで。それと、高リフレッシュレートのディスプレイを4枚。アームで繋いでクワトロディスプレイ環境を構築したい。」
「4枚もかよ。……まあいい、もっとこう、フカフカのソファとか、可愛いカーテンとかないのか?」
「いらない。機能性優先。あ、でも……」
ミナの手が止まったのは、寝具のページだ。
「このマットレス……『セルリアン・コンフォート社製 "ゼロ・グラビティ・スリーパー X-9"』……これ、4000クレジットもする……」
「よし、それも採用だ。あと枕も一番いいやつにしとけ。身体が資本だからな」
エルゴノミクスチェアも含めれば、総額で1万2000クレジットオーバー。大金だが、全く問題ない額だ。即決で発注を済ませる。配送は数時間後には届くだろう。
ミナは「ありがとう、社長」と拝むように言った。冗談めかしているが、もし彼女の尻尾が感情に合わせて揺れる構造をしていたならば、今頃千切れんばかりに振られていただろう。
「……こんな自分の部屋が持てるなんて、信じられない」
ミナが噛みしめるように呟く。その言葉には、冗談ではない重みがあった。
ゴミ捨て場を漁り、その日暮らしをしていた彼女にとって、自分だけの城を持てるというのは夢のような出来事なのだろう。
「さて、次は俺の要望だ」
俺は本題を切り出した。
あのラーメン屋で食べた「耐熱ツタ」。つまりはモヤシが手に入るようになるだけでも大進捗だ。船内農園化計画だな。
「新鮮な野菜を確保したい。この船に植物を育てる区画を作れないか?」
「可能ですが、推奨される機材は高額です」
ルシアが即座にデータを表示する。
『ヴァーダント・バイオテック社製 全自動バイオ・プラント・ユニット VT-9000』
『惑星環境シミュレーター搭載』
価格:8億クレジット
「……リゾート船とかが積むやつだな。却下だ。そんな金はない」
「では、グレードを下げて……」
「グレードを下げても届かんだろう、元が8億だぞ。今の俺たちじゃ逆立ちしても無理だ」
俺はため息をついて、ミナの方を向いた。
「ミナ、お前ならアイデアで解決できないか?」
「……条件次第。育てるのがラーメンに入ってたって話の『耐熱ツタ』なら、必要なのは高温と多湿、もしくは特有の煤煙成分だと思うけど」
ミナは顎に手を当てて考え込むが、すぐに困ったように肩をすくめた。
「わたし、機械のことはわかるけど、植物のことはさっぱりだよ。食べたこともないし、どうやって生えてるのかまでは知らないし」
「現物を見て分析してみないと」
確かにその通りだ。エンジニアらしい堅実な意見だ。
ならば、やることは一つ。
「よし、採取しに行くぞ。現地で現物を見て分析するんだ。ルシア、周囲を警戒してくれ」
「了解。マスターの護衛を最優先事項とします」
◇
俺たちはコロニーの最下層、工場の排熱パイプが入り組む「排熱区画」へとやってきた。
防護柵の向こうは、まさに鉄の森だ。
シューシューと蒸気が噴き出し、視界は悪い。気温はサウナ並みだ。
「……暑い」
「環境対応システム稼働中。マスター、外部気温は50度を超えています。」
ルシアは平気な顔をしているが、生身の俺にはキツい。
だが、隣を歩くミナは涼しい顔をしている。
「……お前、平気そうだな」
「うん。この程度なら適応範囲内だから」
ミナはこともなげに答えた。かつて過酷な環境での労働力として遺伝子編集されたバイオモーフの面目躍如といったところか。頼もしい限りだ。
「あった、あれ」
ミナが指差した先。太い排熱パイプの継ぎ目に、黒っぽい緑色のツタが絡みついていた。
蒸気の中で妖しく葉を広げるその姿は、たくましくも不気味だ。
「あれが『耐熱ツタ』か。……なるほど、根元を見て」
ミナが端末を取り出し、真剣な眼差しでスキャンを開始する。
「パイプの断熱材の劣化部分に根を張ってるね。あそこに含まれる炭素や硫黄分……それに熱そのものをエネルギーにしてるみたい。……うん、データ取れた」
「どうだ? 何が必要なんだ?」
「さあ? わたしは専門家じゃないから、植物にとって何が必要で何が不要なのかまではわからないよ。でも、この場所の温度、湿度、大気成分……環境を丸ごと再現するだけならできそう」
「高価な環境シミュレーターなんていらない。エンジンの排熱ダクトから熱を引いて、エアフィルターの廃棄ラインを直結させれば、擬似的なヘパイストス環境は作れる。コストは配管材と断熱材だけ。数千クレジットで済む」
完璧だ。後は持ち帰って増やすための親株を確保するだけだ。それには根が張っている断熱材ごと剥がす必要がある。
「よし、採取するぞ」
俺はナイフを手に、パイプへと近づいた。熱気が肌を焼く。工場の排熱だ、下手をすれば火傷じゃ済まない。
「……チッ、熱いな」
ゲーム時代なら、こんな環境ダメージなんてスキル一つで無効化できた。
『環境適応フィールド』だか何だか。
今の俺にも、その力はあるはずだ。サイオニック能力の使い方はまだよくわかっていないが、身を守るイメージくらいなら……。
「……ふんっ!」
俺は身体の表面に見えない膜を張るイメージで、念じた。
瞬間、周囲の空気がドンッ! と弾けるような音がした。
バキバキバキッ!!
「え?」
目の前のツタが、いや、ツタが絡みついていたパイプの断熱材ごと、何かに弾き飛ばされたように粉砕され、霧散した。
熱気はおろか、空気さえも俺の周りから拒絶され、真空の刃のような衝撃波が発生したのだ。
「……あ」
採取すべきツタは見る影もなく消し飛んでいる。
「アキト、何したの!?」
「いや、ちょっと熱さをカットしようと思って……」
「カットしすぎ! パイプまで凹んでるよ!」
ミナが呆れて叫ぶ。ルシアが俺の前に進み出て、スキャンを行った。
「対象物の完全な破壊を確認。もはや防御ではなく攻撃行動です」
「……面目ない」
俺は自分の手を見つめた。……出力調整が、まったくできていない。
ゲームではボタン一つで自動発動していたスキルだ。現実で「程よく」使うのがこれほど難しいとは。
俺のサイオニック能力は、どうやら俺が思っている以上にデタラメな出力らしい。
「……すまん。次は物理でやる」
俺は能力の使用を諦め、汗だくになりながらナイフを駆使し、別のツタを慎重に剥がし取った。根が張った断熱材のブロックごと、そっとコンテナに収める。
「ふぅ……これで苗床ごと確保できたな」
「うん。これなら船内でも増やせるかもしれない」
目的のブツは手に入れた。
だが、俺の中には新たな課題が刻まれた。『サイオニック能力の訓練』だ。
戦闘だけじゃない。こういう日常のちょっとした場面で暴走されては、いつか取り返しのつかない事故を起こしかねない。
「帰ったら農園作りだ。……それと、俺は少し特訓が必要みたいだな」
「特訓? 料理の?」
「いや、もっと根本的な……力加減の話だ」
「サイオニック能力についてのモニターは困難です。バイタルデータをモニタリングし、最低限フィードバックを行うことは可能ですが」 「まずはそれでやってみよう、頼む。ルシア」
俺は苦笑し、煤で汚れた顔を拭った。
手に入れたツタの苗と、新たな課題を抱えて、俺たちはマッコウクジラへと戻るのだった。
結果的にモヤシ生活に。
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