第38話 閑職窓口のたそがれ
工業星系ヘパイストス、傭兵管理機構支部。
煤けた外壁のビルの、さらに地下深くにその部署はあった。
『戦利品管理及び鹵獲船処理課』。
長ったらしい名前だが、要するに「傭兵が拾ってきたガラクタを金に換える窓口」だ。
「……誰もいねえな」
自動ドアをくぐった先には、薄暗いオフィスと、乱雑に積み上げられた書類の山があった。
カウンターの奥では、初老の職員が端末でソリティアに興じているのが見える。
予想通りだ。大抵の宇宙戦闘において、船を鹵獲することなど稀だ。大抵は宇宙の塵になるか、スクラップとしてジャンク屋に直行する。
わざわざ面倒な手続きをしてまで、ここに持ち込む物好きは少ないだろう。
「すいません、頼みたいことがあるんですが」
俺がカウンターを叩くと、職員は面倒くさそうに顔を上げた。
「あー……はいはい。スクラップの買い取りなら、表の計量所に行ってくれ。キロ単位での買い取りになるから」
「いや、スクラップじゃない。『船』の売却だ。正規の手続きで頼みたい」
「はあ? 船?」
職員は眼鏡の位置を直し、俺と、後ろに控えるメイド服のアンドロイドを胡散臭そうに見た。
「兄ちゃん、悪いことは言わん。拾った船を直して売ろうって魂胆だろうが、割に合わんぞ。ハルナンバーの照会に、所有権の洗浄、違法改造のチェック……手数料だけで赤字になるのがオチだ。大人しくバラしてパーツで売っとけ」
親切心からくる忠告だろうが、あいにくこっちは計算済みだ。
「いいから、データを見てくれ。ルシア」
「了解。現物データおよび交戦記録を転送します」
ルシアが端末に接続すると、職員の手元のモニターに三隻の船のスペックと、戦闘時の映像が表示された。
職員は気のない様子で画面を覗き込み――数秒後、のけぞった。
「……は!?」
椅子から転げ落ちそうな勢いで立ち上がり、モニターに顔を近づける。
「おい、なんだこれは。……ジェネレーター、正常稼働可能。出力も正常推移……いや、安定しすぎているくらいだ」
職員はモニターの数値を食い入るように見つめる。
「それに、各機能へのエネルギー配分もずいぶん整理されているな。下手な中古のメーカー品より整ってるぞこりゃ。フレームの歪み率も……許容範囲内か。戦闘で鹵獲した船でこの数値は……」
「ミナって優秀な整備士がいてね。徹夜で仕上げてくれたんだ。二隻は即座に航行可能、残る一隻もフレームだけの状態だが状態は極上だ」
「いや、整備云々の前に……どうやってこんな状態で確保したんだ?」
職員の手が震えながら、戦闘ログを再生する。
そこには、マッコウクジラのビームが正確無比に宙賊船のスラスターを焼き切り、最後にコクピットだけを「ジュッ」と蒸発させる映像が記録されていた。
「……コクピットへのピンポイント射撃。しかも、三隻連続で……?」
職員がギギギ、と首を回して俺を見た。その目は、ただのチンピラを見る目から、得体の知れない化け物を見る目へと変わっていた。
「あんた……何者だ? こんな芸当ができるのは、正規軍のエースか、ゴールドランカーの傭兵でも一握りだぞ」
「ただの通りすがりだよ。それで、買い取ってくれるのか?」
「あ、ああ! もちろんだ! こんな上玉、めったに入ってこない!」
職員の態度が一変した。
ソリティアを閉じ、専用の業務ソフトを立ち上げる。そこからは戦場のような忙しさだった。
「ええと、まずはハルナンバーの照会! 盗難届とのマッチング……あった、3年前にアステリア方面で行方不明になった輸送船だ! 所有権は保険会社に移ってるから、そっちとの折衝が必要で……」
「違法改造箇所の免責申請も忘れるなよ。ジェネレーターの出力リミッターが外されてる」
「わかってる! だがこのケースだと書類が……ええと、どれが必要だったか……」
普段は暇な部署なのだろう。突然の複雑な案件に、職員が頭を抱える。
そこへ、ルシアが涼やかな声で助け舟を出した。
「当該ケースにおいては『様式第4号・戦利品詳細報告書』および『非合法兵器の無力化証明書』の提出が求められます」
「あ、ああ、そうだった。よく知ってるな」
「すでに作成し、機構のサーバーへアップロード済みです」
「は!? もうか!?」
ルシアの指先から伸びたケーブルが、カウンターの端末と直結している。
超高速で処理されるデータに、職員は目を白黒させている。
「ええと、じゃあ次は納税申告と……」
「処理済みです。還付金の手続きも含め、最適化されたフォーマットで提出しました」
「はっや!?」
優秀な秘書を持って俺は幸せだ。
「……終わりました。査定額の算出をお願いします」
ルシアが涼しい顔で告げる。
職員は呆然としながら、算出された金額を読み上げた。
「えー……船体評価額、整備状態の加算、宙賊討伐の報奨金、諸々の手数料を引いて……締めて、181万5000クレジットになります」
「181万!?」
俺は思わず身を乗り出した。
想定していた120万を大きく超えている。ミナの整備が完璧すぎたのと、ルシアの事務処理による減額回避が効いたらしい。
「ああ、文句なしの最高額だ。……正直、ここまできれいな仕事を見せられたら、ケチをつける場所がないよ」
職員は疲労困憊といった様子で、しかしどこか満足げに電子ハンコを押した。ハンコ、まだ現役なのかよ。
「これにて手続き完了だ。金は即座に口座へ振り込まれる」
「助かったよ。……ああ、そうだ」
俺は懐から未使用のクレジットチップを取り出し、端末にかざして送金処理を行った。
それをカウンターの上に滑らせる。
「これは?」
「俺はキリのいい数値が好きでね。180万が俺の取り分、残りの1万5000はあんたへの手間賃だ」
「い、1万5000……!?」
職員の目がコインのように丸くなる。
こんな地下の閑職窓口だ、その給料なんてたかが知れているだろう。1万5000クレジットといえば、おそらくだがこいつの月給の三ヶ月分には相当する大金のはずだ。
喉が鳴る音が聞こえた気がした。
「……へっ、旦那も粋なことするねえ。こういう袖の下ってやつは、断るとバチが当たるってもんだ」
職員は震える手で周囲を見渡してから、素早く、しかし大事そうにチップを懐に収めた。
顔が緩みきっている。チョロいもんだ。
「それに、今後もこの部署には仕事が舞い込むことになると思うんだ。俺が行く先々で、宙賊船が『たまたま無傷で』見つかることが増えるだろうからな」
「……なるほど。そういうことか」
「近隣星系の部署とも連携を取っておいてくれ。『面倒な手続きを持ってくるが、商品は上玉の傭兵がいる』とな」
「わかった。……あんたの名前、覚えておくよ」
職員はニヤリと笑い、力強く頷いた。
これで面倒な手続きが少なくなればいいが。
「さて、と。これでミナへのボーナスも、次の仕入れも余裕だな」
「ミナへの報酬の購入後、残存資金で本船の居住区画アップデート、および食材の確保を提案します」
「ああ、わかってる。まずは家具屋だ。あいつが起きたら腰を抜かすくらいの部屋にしてやるぞ」
俺たちはヘパイストスの雑踏へと消えていった。
次の目的は、ミナの部屋の家具と、そして「耐熱ツタ」の群生地だ。
閑職部署はこう……ちょっとぐらい緩んでいないとね。
次回、ミナへのご褒美と、いよいよ食材採取へ!
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