第37話 整備士はご飯の夢を見るか
ヘパイストス星系に到着してから丸一日。
マッコウクジラのカーゴルームには、ようやく静寂が戻っていた。
「……おわっ……た……」
最後の配線チェックを終えたミナが、工具を握りしめたままその場にへたり込んだ。
その姿は、まさに「燃え尽きた」という表現が相応しい。
ピンと立っていた自慢のネズミ耳は力なく垂れ下がり、尻尾は床で伸びきっている。全身煤だらけで、目の下には濃いクマができているが、その表情には職人としての達成感が滲んでいた。
「よくやった。完璧な仕事だ」
俺はスポーツドリンク的な飲料のボトルを差し出したが、ミナは受け取る気力すらないようで、へにゃへにゃと液状化するように俺の方へ倒れ込んできた。
「……もう、むり。指一本、動かない……」
「はいはい、お疲れさん」
俺はミナを米袋でも担ぐようにひょいと持ち上げた。
軽い。ちゃんと飯を食わせているはずだが、激務でカロリーを使い果たしたのだろう。そもそもそんな数日でかわらんか。
俺はそのまま居住区画へと歩いた。
「……どこ?」
「お前の部屋だ。ちゃんとクルー用の個室を登録しておいたからな。倉庫じゃなくて、ベッドがある部屋だ」
空き部屋の一つを、ミナ専用に割り当てておいたのだ。
部屋に入り、ベッドに放り込んでやると、ミナは一瞬で丸まり、規則正しい寝息を立て始めた。
「……んぅ、あきと……ごはん、おいしい……むにゃ」
どんな夢を見ているのやら。
俺は毛布をかけてやり、部屋を見渡した。
まだベッドとロッカー、それに小さなデスクといった備え付けのデフォルト家具しかない、殺風景な部屋だ。マットレスもペラペラの業務用だし、これじゃあ疲れも取れないかもしれないな。
「家具の買い物も必要だな。マットレスに、カーテンに、あとはミナが欲しがってた精密作業用の机か……」
買うものがどんどん出てきてしまう。
だが、これは必要経費だ。優秀なクルーには、それ相応の環境を用意してやるのが船長の務めってやつだ。
俺は照明を落として部屋を出た。当分起きないだろう。ゆっくり休め。
◇
さて、ミナが泥のように眠っている間に、俺にはやるべきことがある。
俺は再びカーゴルームへ戻り、鎮座する三隻の船を見上げた。
最小限の損傷で回収されたそれらは、ミナの驚異的な突貫工事によって姿を変えていた。
三隻のうち二隻は、見事に「航行可能な船」へと修復されている。
残る一隻は、他の二隻を直すための部品取りに使われたため、エンジンや主要な電子機器が抜かれた「抜け殻」状態だ。だが、フレームの歪みもなく、装甲のダメージも少ない。パーツ単位で見ればまだまだ価値があるし、ジェネレーターが生きている。
「これなら高く売れるな」
「資産価値の再計算を実行。……スクラップとして重量販売した場合の推定額は3隻合計で約15万クレジット。対して、現状の中古船2隻と良好な船体フレーム及びジェネレーターとして正規ルートで売却した場合、推定総額は120万クレジットを下らないと推測されます」
ルシアの具体的な試算に、俺は口角を上げた。
やはり、直して売るのが一番だ。手間をかけた甲斐があった。ミナがだが。
だが、ここで一つ問題がある。
「さて、どこに持ち込むかだが……ジャンク屋ってわけにはいかないんだよな。」
これが単なるエンジンの部品や、装甲板の切れ端、武器のパーツなら、その辺の解体業者に量り売りすればいい。
だが、こいつらは「船」だ。船の売買は部品のそれとは訳が違う。
船体識別番号登録、所有権登録、航行ログ。そういった戸籍のようなデータに紐付けられる事になるからだ。
宙賊船というのは、大抵が登録を抹消された違法船、もしくはスクラップからでっち上げられた船のような何かだが、船として売るには色々いるわけだ。
え? マッコウクジラのハルナンバー? どことも紐付いてないと思うんだが、なんかあるにはあるんだよな。どうなってるんだか。
「それに、ジェネレーターも厄介だ」
俺は船の腹に収まっている動力炉をコンコンと叩いた。
宇宙船の心臓部であるジェネレーターは、取り扱い注意の筆頭だ。
高出力のプラズマ炉や核融合炉は、一歩間違えれば都市を消し飛ばす爆弾にもなるし、高出力兵器の動力源にもなる。
そのため、星系政府や軍部はジェネレーターの流通を厳しく監視しており、正規のタグがない動力炉の売買は重罪になることが多い。
小型艦のジェネレーターは大したことないし、ミナが直してくれたおかげで出力は安定しているが、出処が怪しいことには変わりない。
「闇市で売り払う手もあるが……」
「推奨できません。足元を見られる可能性が高く、後のトラブルのリスク評価値が期待利益を上回ります」
「だよなぁ。俺たちは堅実な商売を目指してるんだ」
俺は腕を組んで考えた。
少し手間だが、やはり「表のルート」を通すのが一番安全か。
「……仕方ない。傭兵管理機構の窓口に行くか」
ギルドには、宙賊討伐の証明だけでなく、鹵獲した船の処理を代行する部門がある。船が鹵獲されることなんて希だから閑職というのが俺の記憶だが、ま、現実もそうだろうな。厄介ごとにならなきゃいいが。
手数料はガッツリ取られるし、手続きも煩雑だが、船の所有権をクリアにして「正規の戦利品」として買い取ってくれる。ジェネレーターの登録問題も、ギルドが保証人になって処理してくれるはずだ。
「ルシア、三隻の航行データをまとめてくれ。あと、戦闘記録の提出用データもな。俺たちが正当防衛で無力化し、鹵獲したことを証明しなきゃならん」
「了解しました。映像データの編集を行い、過剰防衛に抵触する恐れのあるシーン……コックピットへの一方的な狙撃等の残酷性をマイルドに修正しますか?」
「バカ、ありのまま出せ。腕の良さのアピールになる」
俺は上着を羽織った。
ミナが起きるまでにはまだ時間がある。
その間に面倒な手続きを済ませ、帰りにまた何か美味いものでも買ってくるとしよう。
俺はルシアを連れ、ヘパイストスの煤けた空の下、傭兵ギルドの支部へと足を向けた。
こういう設定こねこね楽しいんだけど、求められていない気はする。どうなんでしょうか。
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