第35話 ミナの初仕事
ハイパードライブを抜け、マッコウクジラは通常空間へと戻った。
目的地である工業星系『ヘパイストス』までは、あと数時間の距離だ。
「……ねえ、アキト。ここ、航路図で見ると『危険宙域』のマークがついてるけど」
サブシートに座るミナが、不安げにモニターを指差した。
初めての宇宙航海だ。緊張するのも無理はない。
「ああ。この辺りは工業星系への輸送ルートが交差する要衝だからな。獲物を狙うハエどもが集まりやすいんだよ」
「ハエ?」
「宙賊だよ。手っ取り早く稼ぎたい無法者どもさ」
俺が薄い合成コーヒーを啜ったその時だった。
ブリッジにアラートが鳴り響く。
「レーダーに感あり。急速接近中。識別信号なし。……数は3」
ルシアが冷静に報告する。
モニターに映し出されたのは、武装を施した改造船の編隊だった。装甲を継ぎ接ぎして、無理やり大型のレーザー砲を載せたような、典型的な宙賊船だ。
『警告。こちらは自由交易組合の巡回船だ。貴船の積荷に違法物資の疑いがある。直ちに停船し、臨検を受け入れろ』
通信回線が開かれ、薄汚い男の顔が表示される。
「自由交易組合って言うなら、識別コードを示すことだな」
俺は冷静に返した。
自由交易組合という組織自体は実在する。だが、その名の通り交易の自由を掲げる互助組織であって、他船の臨検を行うような権限もなければ、そんな活動を行っているという話も聞かない。
そもそも「自由交易」を謳う連中が、通行の邪魔をするわけがないんだよな。
「……き、来た! どうするの!? 護衛もいないのに!」
ミナがパニックになって座席から飛び上がりかける。
俺はカップを置き、大きく伸びをした。
「騒ぐなミナ。宙賊が出るのは、ま、既定路線だ」
「既定路線って……囲まれてるよ!?」
「大型艦は小回りが利かず、近接戦が苦手ってのは定説だが……何事にも例外はある」
俺はニヤリと笑って、動揺するミナを見た。
「それに、お前がちゃんとメンテナンスしてくれただろ? 船の調子はいいはずだ」
「それは……そうだけど!」
「なら安心しろ。ルシア、射撃管制を起動。コンシールド武装を展開しろ」
「了解。セーフティ解除。対艦戦闘用意」
俺の言葉と共に、マッコウクジラの船体が低い駆動音を立てて変形を開始する。
外装パネルがスライドし、その下に隠されていた牙が露わになる。
「……悪いな」
俺はモニターの向こうの男に、聞こえないように呟いた。
「カモはお前らの方だ」
宙賊船が威嚇射撃をしてくる。
放たれたのはレーザーだ。シールドに対する減衰率が低く、脅しには最適だ。
普通の船の普通のシールドならな。
「シールド出力低下! ……してない?」
ミナが数値を読み上げようとして、首を傾げた。
直撃コースだったはずだが、シールドゲージはピクリとも動いていない。ゆらりと光の膜が波打った程度だ。
「問題ない。この船のシールドを抜くなら戦艦クラスの火力を持ってこないと話にならない。あの程度の出力じゃ蚊に刺されたほども感じないさ」
「……出力おかしくない? そういえば、まだジェネレーターみせてもらってないよ」
「うーむ、後でまたみせるさ」
俺は操縦桿を握り、スロットルを開いた。
腹の底に響くような重低音と共に、マッコウクジラが加速する。
スロットルに対する反応が少し素直になっている気がする。いいね。
「出力安定。各兵装、オンライン」
「上等だ。さて、ミナには戦闘のウデを見てもらおうとしようか」
俺は照準を突出してきた先頭の宙賊船に合わせた。
対艦パルスレーザーから、いくつかの光条が迸る。
その出力は宙賊の粗悪なレーザーの比ではない。
精密な射撃によって姿勢制御スラスターが吹き飛び、船体が大きくバランスを崩してきりもみ回転を始める。
「え……?」
ミナが呆然と呟く。
先頭が制御不能になったのを見て、残りの二隻が慌てて左右に散開し、ありったけの武装による反撃を試みるが、遅い。
俺はマッコウクジラをゆっくりとロールさせ、側面の対艦パルスレーザーの射角に右手の敵機を捉えた。
断続的な発射の振動と共に、高出力のパルスレーザーが正確無比に投射される。
二隻目の宙賊船。俺は武装やエンジンではなく、その中枢――突き出したコクピットブロックだけに照準を絞った。
一瞬の閃光。
強化ガラスと装甲が蒸発し、コクピット内部が焼き払われる。
爆発はない。だが、その船は糸が切れた人形のように、ゆっくりと慣性移動を始めた。
『ひ、ひえぇぇ! 話が違うぞ! なんだあの精度は!』
左手に迂回しようとしていた三隻目が、情けない悲鳴を残して反転し、全速力での逃走を図る。
だが、マッコウクジラのセンサーからは逃げられない。
「ルシア、三番機、コクピット狙撃」
「了解。照準補正……発射」
反転の隙を突いた精確な狙撃。
一瞬で三隻目も沈黙した。
残るは一隻。
最初に姿勢制御スラスターを吹き飛ばされ、制御不能で回転している先頭の船だ。
仲間があっという間にやられたのを見てパニックになっているのか、デタラメにスラスターを吹かしているが、そのせいで回転は激しくなる一方だ。
「さて、最後だ。あいつはもうまともに動けない」
「ルシア、修正を頼む。狙いはコクピットだ。エンジンは残す」
「了解。照準補正……」
「今だな。発射」
回転する船体の隙間を縫うように、非情なレーザーが貫いた。
装甲を融解させ、パイロットごと制御系を焼き切る。
爆発も断末魔もなく、ただ静寂だけが残った。
「……戦闘終了。敵性反応、全機沈黙を確認」
ルシアが淡々と告げ、コンシールド武装が再び格納されていく。
ブリッジに静寂が戻った。
俺はコーヒーの残りを飲み干し、振り返った。
「……な?」
ミナは口をパクパクさせながら、俺と、モニターに映る「五体満足だが動けない」三隻の船を交互に見ていた。
「……なにこれ」
「マッコウクジラの本来の姿だ。今回は数が少なかったからな、丁寧に行かせてもらった」
「輸送船だよね? レーザーのスペックは見てたけど、やっぱり信じらんない。なんであんな強度のシールドなの? なんでそれがあれだけのレーザーと両立してるの? しかも、あんなピンポイント射撃……」
ミナが頭を抱えた。
常識が崩壊しているらしい。
「言ったろ。護衛なんて雇う必要はないって」
「……納得した。襲った方が可哀想」
ミナは深々とため息をついた。
しかし、実弾兵装の出番が無いな、いや、こういうのは備えが大事だからな。大型兵装の補充の件だって忘れてないぞ。
「さて、と。……あの船、エンジンパーツはまだ生きてるし、武装も修理すれば売れそうだ。コクピットを焼いたやつは丸々使えるな。ミナ、仕事の時間だぞ」
俺は満足げにモニターに映る宙賊船を指差した。
「……え?」
「ルシア、回収ドローン展開。ジャンクパーツ、というか敵艦船の回収作業に移るぞ」
「了解。ドックを解放し、作業用アームを展開します」
ミナの顔色がさっと変わる。今度はドン引きではなく、げんなりとした疲労の色だ。
「……ま、待って。船三隻? 丸ごと? それを解体して分類して整備するの? わたし一人で?」
「キツい仕事だとは言ったろ。だが安心しろ、出来高制だ。働いた分だけ、明日の飯が豪華になるぞ」
俺はニカっと笑ってサムズアップした。
「……わかった。全部新品同様に直して売れるようにしてあげるから!」
ミナは半ばヤケクソ気味にエアロックの方へと駆けていった。頼もしい限りだ。
改装のお手伝いもしたけど……あれは業務外だから……。
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