第34話 鮮度維持の壁
胃袋に収まった『超火力リベイク・ピザ』の余韻に浸りながら、俺は端末を操作していた。
腹が満たされると、頭が冴えてくる。
このコロニーにはそれなりに「美味い飯」が存在する。それだけでも十分救いだ。
「ルシア、検索だ。『輸送依頼』、カテゴリは『生鮮食品』」
「承知しました。傭兵管理機構データベースへアクセス……検索完了。該当案件をリストアップします」
ルシアが空中にホログラムウィンドウを展開する。
単純な話だ。食材を運ぶ仕事を請け負えば、役得として中身を少し融通してもらえるかもしれないし、生産者とのコネもできる。
一石二鳥の妙案だと思ったのだが。
「……うーん。条件が厳しすぎるな」
表示された依頼の募集要項には、どれも赤字で必須条件が記載されていた。
『要・環境維持レベル5対応貨物ブロック』
『鮮度保持フィールド発生装置搭載艦に限る』
『バイオハザード対策規定クラスA準拠』
「本船の貨物ブロックの環境維持レベルは、現在の設定ではレベル2相当です。受注要件を満たしていません」
ルシアが淡々と事実を告げる。 横から覗き込んだミナも声を上げた。
「レベル5? 無理だよアキト。あのよくわかんない機材冷却のやつはレベル0ね。わたしが改造してもどうにもなんないよ。レベル5なんて、専門の輸送船以外じゃ正規軍の医療船かとか、超高級客船の備蓄庫並みの設備」
「専用区画の新規導入が必要です。市場価格を参照……中古の『ゼネラル・クライオニクス社製 GC-5000G』で、およそ3億クレジット。現在の資金では不可能です」
ルシアが追い打ちをかけるようにカタログデータを表示した。
3億。ゼロの数が多すぎて一瞬バグかと思った。
「だよな……」
俺は溜息をついた。
生鮮食品、特に「真性」と呼ばれる本物の野菜や肉を宇宙空間で輸送するのは、並大抵のことではない。単に冷やせばいいという話ではないのだ。
放射線を遮断し、湿度と気圧を完璧に制御し、さらには鮮度保持フィールドで細胞の劣化を停止させる。
そのためには、後付けのコンテナを積むのではなく、船の区画ブロックそのものを専用の高度技術ブロックに換装しなければならないということらしい。
「キッチン改装費の5500万が、可愛く見えるな」
「食品単価の高騰理由として、この輸送コストが約70%を占めていると推測されます」
ルシアの補足に、俺たちは顔を見合わせた。
普通の小さな貨物船なら買えてもおかしくないような値段だ。キッチンとはわけが違う。生命維持装置の親戚みたいなガチガチのハイテクの塊なのだから、当然といえば当然だ。
「納得したよ。どうりで真性の野菜があんなに高いわけだ」
そこらの貧乏傭兵が手を出せるシロモノじゃない。
俺が以前、機材用の冷却コンテナを魔改造して「冷蔵コンテナもどき」を作ろうとして断念したのも、結局はこの技術的な壁と圧倒的な資金不足が原因だった。
「……どうする? 食材輸送ルートの開拓は諦める?」
「そうだな。今の俺たちには分不相応だ」
俺はあっさりとウィンドウを閉じた。
無理なものは無理だ。だが、絶望するにはまだ早い。
「よく考えろミナ、ルシア。俺たちの目的は美味い飯を食うことだ」
「そうですね。マスターの目的は『生鮮食品を用いた食事の摂取』であり、『生鮮食品輸送業への参入』ではありません」
「その通り。このコロニーにいれば、高い金を払えばマシな飯が食えることはわかった。デリバリーもあるし、探せば店もあるだろう」
「……うん」
「なら、無理に食材を運ばなくても、普通に仕事をして稼げばいいんじゃないか?」
俺の提案に、ミナはポカンとして、それから吹き出した。
「……ふふっ。なにそれ。一周回って普通の結論」
「合理的判断です。個人消費のために物流ラインを構築するよりも、完成品を購入する方がコストパフォーマンスにおいて500%以上優れています」
ルシアも真顔で肯定した。
そう、真理だ。金があれば解決するなら、金を稼げばいいんだよ。
俺は検索条件をリセットし、再びリストをスクロールさせた。
生鮮食品の輸送は無理だが、この船には大容量のカーゴと、メンテナンスされた武装、そして優秀なクルーが揃っている。選べる仕事は山ほどある。
「ルシア、交易コンピュータを起動。隣の工業星系『ヘパイストス』方面の依頼を洗え。単価の高い順だ」
「検索条件を受理」
「それと、容量がデカくてだぶついてそうなやつならなおいい。あと、小口で複数出してる所には「ウチならまとめて受けれるぞ」って提案を忘れるなよ。手間賃代わりに色つけてもらう」
俺の指示に、ルシアの瞳が高速で明滅し、膨大な取引データを処理していく。
「了解。……検索完了。条件に合致する高額案件として『精密機器パーツの輸送』がヒットしました。依頼主は輸送手段の確保に難航しており、大型船による一括輸送を求めています」
俺が指差したのは、それだ。
報酬は悪くない。だが、それだけじゃマッコウクジラのカーゴスペースがもったいない。
「よし、これを本命にする。さらに、同じヘパイストス方面への小口依頼もピックアップしたか?」
「はい。『郵便コンテナの定期便』および『入植地向けの生活雑貨輸送』について、複数の業者へ一括受託を打診。3社より即時の承諾を得ました。これらを合わせると、積載率は40%に達します」
「上出来だ。ついで仕事で小銭を稼ぐんだ」
一つの目的地に行くのに、依頼を一つしか受けないなんてナンセンスだ。
空気を運んでも金にはならない。積めるだけ積むのが輸送屋の鉄則だ。
「そして、ここからが本番だ。ルシア、現在の市場レートを分析しろ。ここで安く仕入れられて、向こうで高く売れる商品は?」
俺の言葉に、ミナが目を丸くする。
「え、依頼の荷物だけじゃないの?」
「甘いなミナ。カーゴの空き容量はまだ60%もあるんだぞ。これを遊ばせておく手はない。定期便の輸送船団だってそうしてる」
「分析完了。ヘパイストス星系では現在、大規模なプラント増設工事が行われています。そのため、労働者向けの「嗜好品」の需要が急増中。」
「特に『合成アルコール』と『タバコ』、および『娯楽データチップ』の価格が高騰しています。本コロニーでの仕入れ値に対し、現地では約15%〜20%の利益が見込めます」
「15%か。結構な数字だな」
工業惑星の労働者たちが、過酷な労働のストレスを酒と煙で紛らわせたがるのは宇宙時代になっても変わらない。
俺は酒の味の違いなんて「酔えるか酔えないか」くらいしかわからないが、世の中には産地や銘柄にこだわる奴が大勢いるらしい。
現地でも最低限の合成酒は作られているだろうが、わざわざ他所から運ばれてきた「商業コロニー産」というだけでブランド価値がつく。
加えて、酒は重量のかさむ液体だ。輸送コストが上乗せされる分、辺境に行けば行くほど高級品扱いになる。
つまり、ここで大量に仕入れて運べば、確実に儲かるって寸法だ。
「よし、決まりだ。残りのスペース限界まで、酒とタバコ、それから最新の娯楽データチップを買い込むぞ」
「……アキト、あんた本当に傭兵? やってることが商人だよ」
「生き残るためには何でもやるのが傭兵だ。それに、マッコウクジラなら護衛の傭兵を乗せる必要が無いからな、その分、丸儲けできる割のいい仕事だ。帰りにあっちの星系で美味い土産を買ってこれるかもしれないしな」
俺は受諾ボタンを連打し、さらに問屋への発注処理をルシアに指示した。
往復で一週間。依頼の報酬と、交易の利益。合わせれば結構な稼ぎになる。
「これを繰り返せば、5500万のキッチンへの改装もそう遠くない未来に実現できるかもしれないな」
個人でこれだけの量を一気に運べる船なんて、そうそうない。つくづくでかい輸送船ってのは反則だな。改めてこの船のポテンシャルに感謝だ。
「これを受けるぞ。出港準備だ」
「了解。……ふふ、初仕事が普通の輸送かと思ったら、行商だなんて」
「何言ってんだ。これこそが堅実な傭兵の姿だぞ」
「各種申請、完了しました。物資の搬入および出港シークエンスに移行します」
ルシアが手際よく手続きを済ませる。
冒険もいいが、まずは生活基盤の安定と、元手の確保だ。
次なる「美味い飯」のために、俺たちはしっかり働くとしよう。
さて、次のコロニーはどうしましょうかね。
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