第33話 完熟真性トマトのマルゲリータ
ジャンクパーツをツギハギして作り上げたキッチン。
その完成を祝して、俺たちはささやかなパーティーを開くことにした。
主役は、コロニーのデリバリーサービスで注文したピザだ。
「……高い」
端末の決済画面を見ながら、ミナがポツリと漏らした。
注文したのは以下の通りだ。
『完熟真性トマトのマルゲリータ』2200クレジット。
『真性ナスと厚切りベーコンのトマトソース』2400クレジット。
『ほくほく真性ポテトと真性コーンのマヨ』2300クレジット。
『真性ブロッコリーとプリプリ海老のシーフード』2500クレジット。
さらに山盛りの合成ポテトフライと炭酸飲料のボトルも追加して、合計金額は1万クレジットを超えている。
ポテトは芋のペーストを成形して揚げただけの安物だが、ジャンクフードの宴には欠かせないだろう。
「気にするな。毎日こういうわけにはいかんが、今日は祝いの続きで調査も兼ねてる。これくらいは誤差の範囲さ」
「……社長……!」
ミナが大げさに両手を組み、冗談めかしつつもキラキラした尊敬の眼差しを向けてくる。
「毎日お腹いっぱいご飯が食べられるなんて夢みたい」とボソリと呟くのが聞こえた。
そのネズミ耳は期待に震えてピコピコと動いている。
やがて、船のエアロックに配送ドローンが到着した。
受け取った保温ボックスを開けると、ソーセージやサラミがかもしだすピザのあのジャンクな香り、そして焼けた野菜の甘い香りがふわりと漂う。
「わあ……」
ミナが目を輝かせて覗き込む。
箱の中には、Lサイズ相当のピザが4枚鎮座していた。
マルゲリータの赤、ナスの紫、マヨコーンの黄色、ブロッコリーの緑。
「新鮮な野菜」をウリにしているだけあって、確かに本物の野菜たちだ。ただし、スライスは薄く、量は慎ましやかだ。それでも乾燥野菜やペーストとは違う、瑞々しい色彩を放っている。
まあ、ホットドックを考えるにこの値段ならこんなものか。やはり高いな。満足に食べるには生産元に直撃せねばならんか。
「じゃあ、さっそく食べよう」
「待て」
手を伸ばそうとしたミナを、俺は手で制した。
そしてピザの縁を指先で軽く押す。
「……やっぱりな。ここに来るまでの時間で冷めちまってる。生地が具材の水分を吸って、湿気ってやがる」
「? まだ温かいよ?」
「『温かい』と『熱々』は違う。ピザってのはな、チーズがマグマのように煮え滾り、生地がパリッと音を立てる瞬間が一番美味いんだ」
俺はニヤリと笑い、完成したばかりのキッチンを指差した。
「ちょうどいい。こいつの火入れ式には最高の相手だ」
俺はジャンク街で拾ってきた厚手の鉄板――元は装甲材の切れ端――をコンロに乗せ、点火スイッチをひねった。 ボォォォッ!!
青白い炎が轟音と共に噴き出し、鉄板を舐める。
家庭用コンロの比ではない、工業用バーナーの暴力的な火力だ。
鉄板が一瞬で熱を帯び、陽炎が立ち上る。
「ちょ、火力強すぎない!? 焦げるよ!」
「そこを腕でカバーするのが料理人だ!」
俺はピザを鉄板の上へスライドさせた。
ジュワァァァッ! という派手な音が響き渡る。
生地に含まれた余分な水分が一瞬で飛び、小麦の焼ける香ばしい匂いが立ち込める。
俺はすかさず金属製のボウルを被せ、蒸し焼き状態にした。
上からの熱はないが、下からの猛烈な熱気でチーズを内側から溶かす。
「……今だ!」
ボウルを取り払うと、そこには別物に生まれ変わったピザがあった。
死にかけていたチーズはトロトロに溶け出して再び息を吹き返し、トマトソースはグツグツと沸騰している。生地の縁はカリッとキツネ色に焦げ目がつき、さっきまでの「湿気った円盤」とはオーラが違う。
「完成だ。『超火力リベイク・マルゲリータ』」
俺は熱々のピザをカッティングボードに移し、切り分けた。
一切れ持ち上げると、チーズが糸を引きながらとろりと垂れる。
「……すごい」
「ほら、冷めないうちに食え」
ミナは恐る恐る、けれど待ちきれない様子でピザを受け取った。
フーフーと息を吹きかけ、端っこを齧る。
パリッ、サクッ。
小気味よい音が響いた。
「んっ……!」
ミナの青い瞳が見開かれる。
ハフハフと熱さを堪えながら、口の中で咀嚼する。
「……おいしい! なにこれ、さっきと全然違う!」
「だろ? 湿気った水分を飛ばして、生地のクリスピー感を復活させたんだ」
ミナはまだ信じられないといった顔で、手の中のピザを見つめている。
そして意を決したように、トッピングの主役である『真性トマト』の部分に齧り付いた。
プチュッ。
小さな音を立てて、赤い果実が弾ける。
その瞬間、ミナの目が大きく見開かれた。
「……うそ」
リベイクされたことによって熱を持った果肉が崩れ、内側から凝縮されたジュースが溢れ出したのだ。 それはただの水っぽい汁じゃない。 光を浴びて蓄えられた甘みと、全体を引き締める鮮烈な酸味。 濃厚なトマトソースの旨味に負けない、植物としての力強い主張がそこにはあった。
「甘い……。酸っぱいけど、嫌な酸味じゃない。口の中が、じゅわって……これが本物の野菜?」
ミナが呆然と呟く。
喉を通った後も、青臭くも爽やかな余韻が残る。
彼女が今まで食べてきた「野菜味のペースト」や、栄養素だけを抽出した「乾燥野菜」とは、情報の解像度が違う。
これは、命の味だ。
「ああ。たった一欠片だが、確かに本物のトマトだ」
俺も一切れを口に運び、頷いた。
熱々のチーズのコクと、トマトの酸味のコントラスト。これぞピザの醍醐味だ。
チーズはやっぱり合成品のブレンドで、少しケミカルな脂っこさが残るが、トマトの瑞々しさがそれを中和してくれている。
ジャンクフードの王様みたいな顔をしているが、素材の力が生きている。
「アキト、これ美味しい。すごく美味しい」
「おう、たくさん食え。4枚もあるからな」
ミナは夢中で二口目にかぶりついた。
口の端にソースがついているのも気にせず、幸せそうに頬張っている。
その横顔を見ながら、俺は満足げに頷いた。
ツギハギだらけの無骨なキッチン。 そして、リベイクしただけのデリバリーピザ。 あの高級レストランのような洗練さはない。 だが、この熱量こそ料理の魅力だ。まだまだ1から料理を作るにはほど遠いがな。
「……ごちそうさまでした」
あっという間に4枚のピザとサイドメニューは消えた。
ミナは満腹のお腹をさすりながら、うっとりとした表情で天井を見上げている。
「……アキトの言ってた、あったかくて味がたくさんある魅力、なんとなくわかった気がする」
「そりゃよかった」
俺は頼もしい相棒を軽く叩いた。 腹は満たされた。精神的にも肉体的にも、エネルギーは充填完了だ。 500万クレジットと、この最強のキッチン、そして優秀なエンジニア。 準備は整った。
「さて、しっかり美味い飯は食った。仕事の時間だ」
俺は立ち上がり、端末を起動した。
食後の余韻に浸るのもいいが、食べた分は働かないとな。
本格的なピザ窯、ほんとに一瞬で焼き上がるのですごいですよね。
この新人、リアクション担当としてびっくりするほど優秀でルシアの出る幕が!
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アキトの明日の夕飯が少しグレードアップするかもしれません。よろしくお願いします!




