第31話 純白のコース料理
ミナがマッコウクジラのクルーになって、最初の課題が浮上した。それは「服」だ。
「……これ一着しかないの?」
「うん。作業着は機能的。汚れも目立たない」
ミナが着ているのは、拾ったものを継ぎ接ぎしたような油まみれのオーバーオールだけ。エンジニアとしては勲章かもしれないが、これからコロニー内を歩き回るには少々問題がある。特に、俺たちがこれから行こうとしている場所には。
「よし、買い物だ。まずはミナの装備を整える」
「装備? 新しい工具?」
「違う。服だ。作業着、普段着、あと……ちょっといいとこのレストランに入れる服だ」
◇
俺たちはコロニーの商業区画にあるブティックへとやってきた。俺にはファッションのセンスなんて欠片もないが、ウチには優秀なアンドロイドがいる。
「ルシア、任せた。ミナに合いそうなやつを見繕ってくれ」
「承知しました。対象の身体データスキャン完了。……推奨されるスタイルを検索中」
ルシアの赤紫色の瞳が、解析のために微かに発光する。数分後、試着室の前には服の山が積み上げられた。
「機能性を重視した作業用ジャンプスーツ。コロニー内での活動に適したカジュアルウェア。そして……」
ルシアが最後に差し出したのは、深い青色のワンピースドレスだった。派手すぎず、かといって地味でもない。ミナの髪色や瞳の色に合わせた絶妙なチョイスだ。
「……これ、着るの?」
ミナが嫌そうに顔をしかめる。
「動きにくい。スカートは引っかかるリスクがある」
「文句を言うな。今夜は歓迎会を兼ねて、評判のいいレストランを予約したんだ。そこはドレスコードがある」
俺は半ば無理やりミナを試着室に押し込んだ。しばらくして、カーテンがおずおずと開く。
「…………どう?」
そこには、路地裏の薄汚れたネズミの面影はなかった。
油汚れを落とされたアッシュブラウンの髪は、艶やかなショートボブに整えられ、大きな丸いネズミ耳が愛らしく主張している。小柄で華奢な体躯を包むドレスは、彼女の白い肌と、少し釣り上がった青色の瞳を引き立てていた。
どこかの良家のお嬢様と言われても通用しそうな雰囲気を醸し出しているが、落ち着かなげに動く耳だけが、彼女の内心を暴露していた。
「悪くない。いや、かなり似合ってるぞ」
「……スースーする。落ち着かない」
ミナはスカートの裾をギュッと握りしめ、視線を泳がせた。
◇
買い物を済ませ、俺たちは予約していたレストラン『セレスティア』へと向かった。
コロニーの上層階に位置し、人工空の夜景を一望できる高級店だ。客単価は数万からとなっている。これは内緒だ。
ネットのレビューでは「素材の純粋さを追求した究極の料理」「洗練された空間」と絶賛されていた。
入り口で黒服のボーイに案内され、席に着く。周りの客は煌びやかなドレスやスーツを纏った富裕層ばかりだ。
「……ねえ、アキト」
ミナが小声で囁いてくる。
「わたし、こういう場所での振る舞いとか、全然わからない。ええと、この……食器の使い方とか」
「カトラリーな」
「……そう、それ」
ミナがずらりと並んだ銀食器を見て、あからさまにたじろいでいる。エンジニアとして工具を扱う時はあんなに堂々としているのに、スプーンとフォークの前では借りてきたネズミだ。
「気にするな。金払う方が偉いんだ」
「……暴論」
「俺だって詳しくない。適当に周りの真似をして、堂々としてればいいんだよ」
俺はメニューを開き、一番高いコースを注文した。やがて、前菜が運ばれてくる。
「……何これ」
皿の上に乗っていたのは、真っ白な立方体だった。豆腐? いや、もっと硬質で、艶がある。
さらにメインディッシュとして運ばれてきたのも、白く漂白されたような円柱形の肉料理と、幾何学的な形にカットされた野菜(?)だった。
「『純白のコース』でございます。食材に含まれる不純物や色素を極限まで取り除き、純粋な栄養素と旨味だけを再構築しました」
ボーイが得意げに説明する。なるほど、「素材の純粋さ」ってのはそういうことか。
俺はナイフを入れ、白い肉を口に運んだ。
「……ほう」
柔らかい。舌の上で解けるように崩れる。そして広がるのは、強烈なまでに純粋な「肉の旨味」だ。
雑味がない。臭みもない。ただひたすらに、脳が喜ぶ旨味成分だけが抽出されている。
「なるほどな……」
俺は思わず唸った。
正直、食べる前は「気取っただけの味気ない代物」だと高をくくっていた。だが、これは違う。
俺の知る料理とは真逆の方向性――徹底的な「引き算」の極致だ。素材の持つクセや個性を極限まで削ぎ落とし、一番美味しい「核」の部分だけを残して再構築している。生命力や野生味はないが、技術と科学の粋を集めた、一種の芸術品だ。
これはこれで、確かに高い金を払う価値がある。
ふと横を見ると、ミナの手が止まっていた。口に運んだフォークを咥えたまま、青色の瞳を見開き、小刻みに震えている。
「……ミナ?」
「…………」
彼女はゆっくりと咀嚼し、ゴクリと飲み込んだ。その瞬間、大きな瞳からポロリと涙が零れ落ちた。
「おい、大丈夫か?」
「……わかんない」
ミナは涙を拭おうともせず、呆然と皿を見つめた。
「成分とか、効率とか、そんなのどうでもいい。ただ……凄い。口の中が、いっぱいで……」
彼女の語彙力が崩壊している。今まで廃棄寸前のレーションや、味気ない合成食で命を繋いできた彼女にとって、不純物を取り除かれた純粋な「旨味」の奔流は、衝撃的すぎたのかもしれない。
分析なんてできない。ただ、本能が震えている。
「……美味しい。すごく、美味しい」
ミナは震える手でナイフを動かし、夢中で食べ始めた。
一挙手一投足を惜しむように、けれど止まらない食欲に突き動かされるように。その姿は、今まで見てきた理屈っぽいエンジニアではなく、ただの年相応の、美味しいものに感動する少女そのものだった。
「そうか。ならよかった」
俺もまた、白い肉を頬張った。
確かに美味い。だが、それと同時に、俺の中で小さな焦燥感が芽生え始めていた。
◇
「……凄かった」
店を出た後も、ミナは夢見心地で呟いていた。腹が満たされ、美味しいものの余韻に浸るその顔は、以前よりも少しだけ血色が良く見える。
「いい経験になっただろ」
「うん。……世界には、あんな味がするものが存在するんだ。綺麗で、優しくて……」
ミナがうっとりとした表情で空を見上げている。俺は眉間を押さえた。
……マズいな。
ミナの味覚の基準が、あの「漂白された味」になってしまいつつある。あれは確かに完成されているが、あまりにも洗練されすぎている。毎日食べるには人間味がなさすぎるし、何より俺が目指す料理とは方向性が違いすぎる。
「あれは引き算の料理だ。不純物を捨てて、純粋さを突き詰めた味だ。だがなミナ、俺が目指してるのはもっと違う」
俺は夜景を見上げながら、力強く言った。
「雑多で、力強くて、素材の個性がぶつかり合うような……足し算の料理だ。焦げた匂いも、骨の髄も、全部ひっくるめて美味いと思わせるようなやつだ」
「……?」
ミナが不思議そうに首を傾げる。まだピンときていないようだ。無理もない。彼女はまだ「本物の足し算」を知らないのだから。
「期待してろ。キッチンができたら、毎日美味いもんを食わせてやる」
彼女がこの世界の漂白された料理に完全に染まってしまう前に、俺の飯を食わせなければならない。
俺たちにはこれから「最高のキッチン」ができる。今日の感動を上書きするくらいの、最高に美味い飯を作ってやる。
俺たちは足取り軽く、マッコウクジラへの帰路についた。
分子ガストロノミーレベル100みたいな料理でした。
キャラの見た目の描写するのめちゃめちゃ忘れる。
ミナはアッシュブラウンのショートボブで青い目、ネズミ耳です。
ルシアは銀髪ロングで、鮮やかな赤紫色の瞳、メイド服のアンドロイド。
アキトは普通に黒髪。
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