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スペース飯テロ輸送艦 最強宇宙船で本物の食材を狩り尽くし、最高のグルメで銀河をわからせる  作者: 空向井くもり


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第30話 そうしてネズミは船に乗る

 商業コロニー『トランザクション・ハブ』の民間船ドック。

 ゲートを抜け、俺の「職場」を目にした瞬間、ミナは立ち止まった。


「……これ?」

「ああ。俺の船、マッコウクジラだ」


 ミナの視線が、巨大な船体を舐めるように動く。

 その瞳孔が収縮し、ネズミ耳が忙しなくピコピコと動いている。驚愕、あるいは困惑のサインだ。


「……大きい。強襲揚陸艦ベースの輸送船なんて聞いたことない。それに、あの可動部、武装のコンシールド?」


 ちなみに、強襲揚陸艦ベースとよく言われるが、俺ができるだけマッコウクジラっぽくするために前面ランプを最大サイズで配置していただけである。

 強襲揚陸艦の挙動ができるかどうか? 多分できるだろう。ま、そんな話は今はいいんだ。


 ミナはブツブツと呟きながら、タラップを駆け上がらず、下から船底を覗き込むように観察を続ける。


「隠蔽ハッチのサイズに対して内部容積が不自然。実弾兵器なら弾薬庫スペースを取り過ぎるし、エネルギー系なら……この数積んでたらまともなジェネレーター出力で足りるわけがない。どうなってるの?」 「おや、艦船にも詳しいのか? ただのジャンクあさりじゃなさそうだな」


 俺が少しカマをかけると、ミナはふいっと視線を逸らした。


「……勉強する機会だけはあったの。昔の話」


 長命化処理やら何やらがある以上、人の年齢は見た目通りとは行かないからな。遺伝子改変種バイオモーフならなおさらだ。深くは聞くまい。

 それ以上は語りたくなさそうに、彼女はタラップを駆け上がっていった。

 俺とルシアも後に続く。


 船内に入ると、ミナの困惑は驚愕へと変わった。

 案内されたのは、船の中央管理コンソールを中心に接続された各種施設ユニットの区画――俺が「クラフトエリア」と呼んでいる場所だ。

 そこには、3Dプリンタや工作機械と共に、壁一面に備え付けられた工具の山が鎮座している。


「……嘘。これ、カタログでしか見たことない最新ツールセット? なんでこんな無造作に……」

「飾りじゃないぞ。全部使える」

「信じられない。これだけで家が建つよ」


 ミナは震える手でレンチの一本を手に取り、うっとりとした表情を浮かべた。

 だが、すぐに真顔に戻り、今度は俺を兵装ブースへと引っ張っていった。


 そこでは、剥き出しの配管と配線がスパゲッティのように絡み合っていた。


「……無茶苦茶」


 ミナが呻いた。

「メイン動力パイプの横に冷却用の液体窒素ラインが通ってる。熱効率が悪すぎるし、万が一の時に熱疲労で破断するリスクがある。それに、あのタレットの駆動系、酷い」


 ミナは制御パネルの一つを勝手に開け、中のユニットを指差した。


「エネルギー充填効率が7%も落ちてる。コンデンサのバランサー調整、いつやったの? いいパーツ使ってるのに、メンテナンスが杜撰すぎる」


 内部は俺は弄ってないからわからんが、やっぱりいろいろあるらしい。メンテナンスドローンは内部の繊細な整備まではしてくれないからな。繊細な調整や大胆なメンテナンスは、やはり専門家の領分だ。


「こんなの、普通の整備士じゃ呆れて匙を投げるよ。マニュアル通りの数値が出ないからって弄り回して、逆に壊すのがオチ」

「お前ならどうだ?」


 俺が問うと、ミナはキッと俺を睨み、それからフンと鼻を鳴らした。


「わたしなら問題ない。……ただし、このイカれた構造を理解して、全部調整し直すのに時間は欲しいけど」

「合格だ。頼もしい限りだよ」


 どうやら、技術者としてのプライドに火がついたらしい。

 ミナは再び船内を歩き回り、今度はブリッジへと顔を出した。

 操縦席と、サブのオペレーター席を見る。


「……ねえ、クルーは何人?」

「今のところ、俺とルシアだけだ。お前が入れば三人になる」

「はあ? 二人?」


 ミナが素っ頓狂な声を上げた。

「嘘でしょ。この規模の船、最低でも十人は必要だよ。操船、火器管制、機関制御、索敵……二人で回せるわけがない」

「そこは、こいつが優秀なんでな」


 俺はルシアを親指で指した。

 ルシアは無表情のまま、ペコリと一礼する。


「当機は並列処理により、最大で12名分のオペレーションを代行可能です。ですが、それらを十全に活用するマスターの指揮能力あってこその本船です」

「……高性能すぎる。アンタたち、何者? 正規軍の特務部隊か何か?」


 ミナの目が細められる。

 怪しい奴らだと思われているのは間違いない。下手なことを言えば、逃げ出されるかもしれないな。


「ま、事情はそのうち話すさ。少なくとも、危ない橋を渡って指名手配されてるような身じゃない」

「……そうね。どこかから奪った船なら、素人が二人で運用できるわけない。正規のアクセス権限と、システムを掌握してる所有者だからこそ、ここまで無茶な自動化ができる」


 ミナは妙に納得したように頷いた。

 論理的で助かる。

 実際は「ゲームの仕様だから」の一言で終わるんだが、それを説明する手間が省けた。


 グゥゥゥ……。


 その時、盛大な音がブリッジに響き渡った。

 ミナが顔を赤くして腹を押さえる。


「……あ」

「そういえば、腹が減ってたんだったな」


 俺は苦笑し、キッチン(お湯しか出ない)へと向かった。

 棚から取り出したのは、備蓄品のインスタント食品だ。

 加熱して封を開ける。チープな香りが漂う。


「食え。とりあえずの繋ぎだ」

「……いただきます」


 ミナはスプーンを受け取り、湯気の立つ容器を両手で包み込むように持った。

 まずはその温かさを楽しむように目を細め、それから恐る恐る一口目を口へと運ぶ。


「……ん!」


 ミナのネズミ耳が、ピンと立った。

 ハフハフと熱いリゾットを咀嚼し、ゴクリと飲み込む。

 その瞬間、彼女の仏頂面がふにゃりと緩んだ。


「……あたたかい……」


 そこからは早かった。

 夢中でスプーンを動かし、ガツガツと、けれど大事そうに食べ進める。

 塩分と脂質、そして炭水化物。化学的に合成された味が空っぽの胃袋に染み渡っていくのが、見ていてわかるほどだ。

 耳がパタパタと忙しなく揺れ、尻尾があったら間違いなくブンブン振っていただろう。


 最後の一滴までスープを掬い取り、彼女は深く、幸せそうなため息を吐いた。


「ふぅ……。ごちそうさま。こんなに美味しいもの、久しぶりに食べた」

「……」


 その言葉に、俺は少しだけ眉をひそめた。

 ミナは恍惚とした表情だが、俺にとっては納得がいかない。

 あんな味気のない飯で「こんなに美味しい」だと?


「……満足か?」

「え? うん。最高。というか800クレジットのホットドッグなんて夢のまた夢だし、普段食べてる廃棄寸前のレーションよりずっとマシ」

「味覚が死んでるな。いいかミナ、これは空腹と栄養を埋めるだけの工業製品だ」


 俺は空になった容器を指差して力説した。


「本当の『美味い飯』ってのはな、素材の味がして、出汁の深みがあって、作り手の魂がこもってるもんを言うんだ。こんな温めただけの代物で満足するな」

「……めんどくさい人」


 ミナが呆れたような目を向けてくるが、俺は止まらない。


「俺はうまい飯が食いたい。この船はそのために動くし、お前にも絶対に食わせてやる。」


 俺は腕を組んで宣言した。


「だが、本格的な業務用キッチンの導入も、本物の食材のルート開拓も、一朝一夕じゃいかない高級品だ。今の金だけじゃ足りないし、ツテもねぇ。目処は立ってない」


 俺はミナの方を向き、ニヤリと笑った。


「だが、優秀な整備士がいるんなら、これからは大口の仕事も安心して受けられる。稼ぎが増えれば、理想の飯への道も開けるってわけだ」

「……結局、動機は食欲?」


 ミナは深々とため息をついた。


「ま、呆れるのは勝手だが、仕事はきっちりしてもらうぞ。ほらよ」


 俺は端末を取り出し、雇用契約書のフォーマットを表示してミナに差し出した。

 路地裏での口約束だけじゃなく、きちんとした契約だ。

 提示された給与額を見て、ミナの目が点になる。


「……桁、間違ってない?」

「言ったろ、弾むって。とりあえず固定給はこれだが、稼ぎが軌道に乗ればボーナスも出す。それに、宙賊のジャンクの分解やらなんやらも出来高で乗せるぞ」

「……悪くない条件。でも」


 ミナは疑わしげな視線を向けてくる。


「正規の輸送船団のクルー募集要項なら、固定給だけでもっともらってるのは知ってるぜ」


 俺は先回りして言ってやった。

 ミナの顔に驚きが浮かぶ。


「知ってて、これ?」

「何もあんたの事情を知って足元見ようってんじゃない。まだそこまで資金事情が安定してるわけじゃないんだ」


「スカウトがあったらそっちに行ってもいい?船乗りは事情を深く詮索しないってきいたことがある。」


「いいや、スカウトがあってもお前はここで働くね。理由は二つある」


 俺は指を二本立てて、自信満々に言いきった。


「一つ。この船はすぐにもっと稼げるようになる。俺たちの腕なら、固定給だけのサラリーマンエンジニアなんてすぐに追い抜けるさ」

「……根拠不明の自信。で、二つ目は?」

「二つ目。これが重要だ。ちゃんとした船のエンジニアには、お前が欲しがっているような裁量権はない」


 俺は船内の異常な武装たちを指差した。


「大手じゃマニュアル通りの整備しか許されない。勝手な改造なんてもってのほかだ。だがウチなら、予算の許す限り好きにイジっていい。実験場にしてくれても構わない」

「……!」


 ミナの耳がピクリと反応した。

 金も大事だが、技術者にとって「自由」は何よりも代えがたいだろう。


「……論理的。特に二つ目の理由が、極めて魅力的」

「だろ? こき使うから覚悟しとけ」

「……了解。なんて呼べばいい? 船長キャプテン?」

「アキトでいい」

「わかった。よろしく、アキト」


 ミナが端末に生体認証を登録する。

 ピロン、という電子音が契約成立を告げた。


「契約成立だ。ようこそ、マッコウクジラへ」

 優秀な整備士を仲間に加え、アキトの「究極の食」への道は盤石に……なるのか?


 リアクション担当が増えただけかもしれない。


 面白かった、続きが楽しみ、と思っていただけたら「★」をポチッと!


 アキトの明日の夕飯が少しグレードアップするかもしれません。よろしくお願いします!

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