第3話 天然野生生物の串焼き
どうやらこの銀河は、俺の胃袋に対して徹底的に喧嘩を売るつもりらしい。
だが、俺はそこで引き下がるようなタマじゃない。おっさんの忠告はありがたいが、思考停止してクソ粘土を噛るなんて死んでもごめんだ。
「毒があるなら、取り除けばいいだけだろ」
簡単なロジックだ。
フグだって卵巣を取れば美味い。スワンプ・クローラーだか何だか知らんが、構造生物である以上、可食部は必ずあるはずだ。
要は、自分で狩って、自分で完璧に捌けばいい。
登録によってアクセスが解禁されたため、俺は自分の端末で傭兵ギルドの公募ボードを検索した。
『下水道・廃棄区画の害獣駆除。常時募集中。討伐数に応じて報酬支払い』
「これだ」
登録したてのランクF傭兵でも受けられる、まさに「最初のクエスト」。食材も手に入って金も貰える。一石二鳥じゃないか。ついでに言うともっと肉っぽい「ドブ・ラット」とかいうでかいネズミも指定害獣のようだ。これしかない。
結論から言うと、俺はバカだった。
場所はコロニー最下層、廃棄区画。
足首まで浸かる汚水、鼻が曲がりそうな腐臭。
そして目の前には、体長1メートルほどの巨大ネズミ――『ドブ・ラット』が、赤い目を光らせて威嚇してきている。
「晩飯のメインディッシュだ……!」
俺は腰のホルスターから愛銃『アストロ・ブレイカー』を抜いた。ハンドガンカテゴリで単発最高火力を誇る大口径のリボルバー。カンストで取っていた関連パークがあり得ないぐらい重いこいつを完璧に扱わせてくれる。
狙いは頭部一点。胴体の肉は傷つけない。
3000時間のプレイで培ったエイム力が、吸い付くように照準を合わせる。
「頂きます!」
引き金を引く。
轟音と共に、ドブ・ラットの上半身が弾け飛んだ。
……いや、弾け飛んだなんてもんじゃない。
「は?」
血しぶきと肉片が霧のように舞い散り、残ったのは尻尾の先端だけ。
さらに背後の壁――コロニーの隔壁――に、巨大なクレーターが穿たれている。
「……あ」
俺は忘れていた。ゲームでは「敵のHPがゼロになると死体が残って漁れる」という仕様だった。だが、現実は違う。岩をぶち抜けるような特大口径弾を、多少でかいとはいえ生身のネズミに撃ち込めばどうなるか。
「木っ端微塵じゃねーか……!!!」
俺は頭を抱えた。コロニーの壁が頑丈で助かったが、一歩間違えれば大惨事だ。
「なら、これならどうだ!」
銃を収め、意識を集中する。
サイオニック能力。ゲーム時代の主人公特権の一つだ。
有用ないくつかのバフスキルは使っていたが、アクティブスロットに対してスキルの種類が多すぎたため、攻撃系の能力なんてリストの奥底で埃を被っていた代物だ。
だが、これなら内側から心臓だけを止めるような、スマートな狩りができるはずだ。
対象は、新たに現れた二匹目のドブ・ラット。
脳内のイメージを固定する。軽く、デコピンをする程度の出力で――。
『破ッ!』
ドォォォォン!!!!!!
「なんでだよ!!!」
ドブ・ラットは風船のように破裂し、汚水の海に散らばった。違うんだ。聞いてほしい。サイオニック能力、使いづらいし弱いし、こんな大惨事が起きるようなものじゃなかったんだって。俺はただ、ネズミを捕まえたかっただけなのに。
それから、地獄のような時間が始まった。
銃もサイオニックも封印し、俺はインベントリにあったサバイバルナイフ一本で、泥にまみれてネズミを追い回した。
ステータス任せの身体能力で追いかけ、噛みつかれそうになるのを回避し、首筋に刃を突き立てる。
スマートなSFライフとは程遠い、ただの原始的な殺し合い。
そして、ほぼ丸一日を費やし、俺はようやく「原形を留めた肉」を手に入れた。
「……長かった」
排水溝の隅、比較的乾いた場所で、俺は獲物と向き合う。
解体作業だ。
前世、実家で鶏を絞めたことがある。首を落とし、血抜きをし、内臓を傷つけないように皮を剥ぐ。
生き物の構造なんて大体一緒だ。毒腺らしき色の違う筋を慎重に取り除けば、あとは肉だ。肉のはずだ。
携帯コンロで火を起こし、串に刺した肉を焼く。
脂が落ち、パチパチと音がする。
脂が火に触れるたび、心なしか青白い炎が上がっている気がする。
見た目は……まあ、ワイルドな串焼きだ。匂いは、少し獣臭い。微かにプラスチックを焦がしたような刺激臭が鼻をついたが、空腹の俺はそれを無視した。
「いける……いけるぞ」
俺は震える手で、その焼きたての肉を口に運んだ。
一日中動き回って、空腹は限界を超えている。
今なら、何を食っても美味いはずだ。
ガブリ。
溢れる肉汁。弾力のある歯ごたえ。
そして口いっぱいに広がる――
「――――ッ!?」
俺は反射的に、肉を吐き出した。
不味い。
いや、味付けの問題じゃない。
舌が痺れ、鼻の奥をツンと突く、強烈な化学薬品の味。
まるで、洗剤と下水とガソリンを混ぜて煮込んだ雑巾を噛んだような味がする。
「げほっ、ごほっ……!」
毒腺は取ったはずだ。
だが、俺は気づいてしまった。
こいつらが生息しているのは、廃棄区画の下水道。
垂れ流される化学物質、重金属、汚染された水。
それらを食って育ったこいつらの肉体は、細胞の一つ一つに至るまで、汚染物質で構成されているのだ。
「下処理とか……そういう問題じゃ、ない……」
俺は絶望と共に、地面に崩れ落ちた。天然の食材=美味い、という幻想は、この汚れたコロニーでは通用しない。ここにある「生」は、俺の知る豊かでみずみずしい「生命」とは別の、何か汚らわしいシステムの一部なのだ。
胃液が逆流するような不快感に耐えていると、背後から足音が近づいてきた。
「……だから言っただろうが」
振り返らなくてもわかる。
あの、屋台で会った傭兵のおっさんだ。
修正を少しづつね
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