第28話 路地裏にはネズミ
路地裏の湿った空気の中に、怒号と金属音が響いていた。
「放して。それは廃棄されてたゴミじゃない」
「うるせえ! ウチの店の裏にあったらウチの商品なんだよ!」
数人の男たちに囲まれているのは、ダボダボの作業着を着た小柄な少女だった。
フードから突き出た大きな丸い耳――作り物じゃない、本物の獣の耳だ。怯えている様子はないが、苛立ちを隠そうともせずに忙しなく動いている。
ネズミ耳の遺伝子改変種か。決して珍しくはないが、故あって初見で信用されにくい見た目ではある。
少女の手には、油まみれの基板のようなものが握りしめられている。
男の一人が手を上げ、少女を殴ろうとした瞬間。
「おい、そこまでにしておけよ」
俺はホットドッグの包み紙をゴミ箱に投げ捨てながら、彼らの間へと割って入った。
男たちが振り返る。
「あぁ? なんだテメェは。部外者は引っ込んでな」
「ただの通りすがりだが、大の男が寄ってたかって女の子をいじめるのは見ていて気分が悪いんでね」
俺は肩をすくめた。
典型的なチンピラに見えるが、着ているジャケットには近くのパーツショップのロゴが入っている。どうやら店の用心棒か店員のようだ。
「いじめじゃねえ、万引きの現行犯だ。こいつが店の備品を盗みやがった」
「おかしい。液漏れして回路が腐食してるのが備品? 在庫管理タグだってついてない。もし備品だっていうなら、アンタらの管理体制がザルなだけ」
少女が淡々とまくし立てる。
なるほど、店の裏の廃棄スペースにあったジャンクを少女が拾い、それを店側が「盗難」として因縁をつけているわけだ。ゴミでも他人が拾えば財産だと主張する、よくある話だ。
「わかったわかった。……で、そのガラクタ、いくらだ?」
「は?」
「金で解決できるならそれでいいだろ。その子が盗んだって話の商品の代金、いくら欲しい?」
俺は懐からクレジットチップを取り出し、指先で弄んだ。
男たちの目の色が変わる。
「……へっ、金持ちの道楽か? そうだな、迷惑料込みで2000クレジットってところか」
「はあ? ふざけないで。新品だってそんな値段しない」
少女が噛みつくが、俺は片手で制した。
2000か、ボッタクリもいいところだが、今の俺には端金だ。
だが、言いなりになるのも癪に障る。
「2000か。別に、払えないってわけじゃないぜ」
俺はチップを放り上げ、キャッチする。
そして、わざとらしくジャケットの裾をめくり、腰のホルスターをチラリと見せた。
そこには、大型獣やパワードスーツの装甲すら撃ち抜く極大口径リボルバー『アストロ・ブレイカー』が鎮座している。
「だが、この辺りの治安維持機構は仕事が早いと聞く。万引きの通報と同時に、恐喝と傷害未遂の通報が入ったら、どっちが早く駆けつけるかな?」
「ッ……!」
男たちの顔が引きつる。
ただの金払いのいいカモか、世間知らずの成金商人だと思っていたようだが、その認識は改められたらしい。腰の物は脅しのためだけの飾りじゃないと気づいたようだ。
俺はニッコリと笑った。目は笑わずに。
「俺は穏便に済ませたいんだ。……500だ。それ以上は、俺は我が身かわいさに「護身」をはじめるかもしれない」
男たちは顔を見合わせ、舌打ちをした。
傭兵相手に命のやり取りをするリスクと、手っ取り早い500クレジットを天秤にかけたのだろう。
「……チッ、わかったよ。500で手を打ってやる。さっさと消えろ!」
俺はチップから500クレジットを送金し、少女の首根っこを掴んでその場を離れた。
ケモ耳!ケモ耳です!!!
エンジニアがネズミという印象はどこから飛んできたんだろう......。
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