第27話 出会いはホットドッグと共に
ヘルメス星系、商業コロニー『トランザクション・ハブ』。
マッコウクジラをドックに固定し、エアロックを抜けた俺たちを出迎えたのは、圧倒的な「文明の光」だった。
「……こいつは凄いな」
俺は思わず目を細めた。
透明度の高い強化ガラスで覆われたドームの天井には、人工的ながらも美しい青空が投影されている。
通りは塵一つなく清掃され、空中に浮かぶホログラム広告が最新のガジェットやファッションを宣伝している。行き交う人々も、小奇麗なスーツや洗練されたサイバーウェアを身に着け、どこか余裕を感じさせる。
まさに、誰もがイメージする理想的な「未来都市」そのものだ。
「環境維持システム、正常稼働。大気汚染度ゼロ。快適な滞在が約束されています」
ルシアも満足げに頷く。
ここなら、俺の求めているものが全て揃うだろう。
「よし、行くぞルシア。まずは買い物だ」 「食材ですか?」 「いや、まずは娯楽だ」
俺は拳を握りしめた。
イグニスへの道中、暇すぎて天井のシミを数えていたあの屈辱。あんな轍は二度と踏まない。
俺たちは家電量販店のような巨大なショップへ飛び込み、手当たり次第にカートへ放り込んだ。
最新のゲーム機、映画のアーカイブチップ数百本分、電子書籍のライブラリ、さらにVRヘッドセットまで。
600万クレジットという潤沢な資金がある今、値段なんて見ない。
「……マスター、積載重量には余裕がありますが、これらを全て消化するには不眠不休でも3年はかかります」
「いいんだよ。あるという安心感が大事なんだ」
娯楽を確保し、心の平穏を手に入れた俺は、次に「文明の味」を求めてストリートへ繰り出した。
目に留まったのは、『新鮮野菜使用! シャキシャキの歯ごたえ!』という派手なホログラムを掲げたホットドッグの屋台だ。
値段は一本800クレジット。高い。培養肉ブロックなら100キロ買える値段だ。
だが、俺は迷わず購入した。
かぶりつくと、わずかだが確かに、野菜の瑞々しい食感がした。
レタスのような葉野菜のシャキッとした音。そしてドレッシングの酸味。
だが、感動は一瞬だった。主役であるはずのソーセージは合成肉特有の不自然な弾力が鼻につくし、パンはパサついていて風味がない。何より、売りの「新鮮野菜」とやらも、申し訳程度に挟まっているだけだ。
確かに野菜は本物だろう。その一点においては評価できる。だが、全体としての完成度は……コンビニのサンドイッチと比べてさえ、遙かに及ばない。
ただ「貴重な野菜」という情報を雑に挟まれているだけだ。
「……うまいはうまいが、これで800か。正直、ボッタクリだな」
俺は周囲を見渡した。
こんな値段に見合わない軽食を、身なりの良いビジネスマンや商人たちが当たり前のように買い食いしている。このコロニーの経済水準はどうなっているんだ。
「さて、腹も満たしたし、次はどうするかな」
俺はベンチに座り、行き交う人々を眺めた。
今回の滞在のもう一つの目的。クルー探しだ。
金はある。船もある。あとは、それを動かす「手」が足りない。
だが……。
「……難しいもんだな」
俺は溜息をついた。
ゲームの中なら話は早かった。街を歩いているNPCの頭上に『雇用可能』のアイコンが浮いていて、ステータス画面を見れば能力値もスキルも一目瞭然だ。
だが、現実はそうはいかない。
目の前を歩いているサラリーマン風の男が、実は凄腕のハッカーかもしれないし、ただの経理担当かもしれない。
「人材派遣センターへ向かいますか? 手数料はかかりますが、経歴の確かな人材をリストアップしてくれます」
「それも考えたがな……そもそも宇宙船乗りなんて特殊技能持ちは、どこでも引く手あまただ。そういえば、給料の相場はどうなってるんだ?」
俺は端末を取り出し、求人情報の平均値を検索してみた。
表示された数字を見て、思わず口笛を吹く。
「……マジかよ。こんなに出すのか」
まともな経歴のクルーなら、大手輸送船団や正規軍が、俺の想像を超える高給と福利厚生で囲い込んでいるらしい。
これじゃあ、俺みたいなフリーランスの傭兵船に来るような物好きは、よほどワケありか、あるいは……。
俺が求めているのは、腕はいいが少しワケありで、細かいことは気にせず、何より俺の料理を文句言わずに食ってくれるような奴だ。
そんな都合のいい人材が、向こうから歩いてくるわけも……。
「……ん?」
ふと、視線の先で揉め事が起きているのが見えた。
路地裏の入り口付近。
柄の悪そうな男たち数人に囲まれている、小柄な影。
よくあるカツアゲか、それとも……。
「トラブルの予感ですね。関わりますか?」
「いや、俺は今、平和なショッピングを楽しんでるんだ。治安維持機構に任せろ」
俺はそう言って立ち去ろうとした。
だが、聞こえてきた罵声の中に、気になる単語が混じっていた。
「おい! ジャンクあさりのネズミ野郎! ギルドの廃棄場からまたパーツを盗みやがったな!」
「……盗んでない。あれは捨ててあった。直せば動くのに、捨てるのが悪い」
ボソボソとした、けれど妙に理屈っぽい反論。
ジャンク? 直せば動く?
俺の「直感」が、ピクリと反応した。
頭の上にアイコンは見えないが……もしかしたら、あれが「当たり」かもしれない。
「……予定変更だ。少しだけ野次馬していくぞ」
俺は800クレジットもするお高いホットドッグを急いで胃に収めると、騒ぎの方へと足を向けた。値段に見合わないとはいえ、残すのはもったいないからな。
申し訳程度のご飯要素をどうぞ。さすがに一人くらいね、クルーがほしいよね。
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