第24話 深夜の来訪者
宴の熱狂が去り、難民キャンプに深夜の静寂が戻ってきた。
俺たちには船があるが、付き合いで外にいる訳だな。配給されたというか配給したテントの中で、俺はシュラフに包まりながら、ふと冷静になっていた。
「……なぁ、ルシア」
「はい、マスター。なんでしょうか」
枕元で待機モードに入っていたルシアが、暗闇の中で青いインジケータを点灯させる。
「落ち着いて考えてみたんだが……あの戦闘、おかしくないか?」
「『おかしい』の定義によりますが。単艦で艦隊を殲滅したことでしょうか?」
「いや、結果じゃなくて前提の話だ」
俺は天井を見上げた。
今回の依頼は「包囲網の突破」だ。
だが、待ち受けていたのは巡洋艦二隻、駆逐艦五隻を中心とした本格的な艦隊だった。
「俺が傭兵管理機構に登録しているマッコウクジラのスペックは、実態よりもかなり落としてある。それでも十分非現実的だが、一応あり得なくもない程度にな」
「本来の性能をそのまま登録すれば、怪しまれるどころか危険視されてしまいますからね」
「だが、あの規模の艦隊相手に、そんな輸送船一隻で突っ込むなんて自殺行為だ。普通なら、センサーの網にかかった時点で蜂の巣にされて終わりだろ」
依頼主の支部長は「移動要塞」とおだててはいたが、それは俺のハッタリに乗っかっただけだ。
プロの目から見て、あの戦力差で「突破できる」と判断するのは無理がある。
となると、考えられる可能性は二つ。
支部長が無能で敵の戦力を過小評価していたか。
あるいは――俺たちが「囮」として使い潰される前提だったか。
「……酔いが覚めたら、急に背筋が寒くなってきたぜ」
「分析しますか? 依頼主の言動ログと、敵艦隊の展開パターンから推測される可能性は――」
「ストップ。客だ」
俺はルシアの言葉を遮り、跳ね起きた。
テントの外、瓦礫の陰から忍び寄る複数の気配。
殺気というよりは、もっとドロドロとした欲望の気配だ。
「本艦と接続、センサー類を起動します。熱源多数。武装しています。所属不明ですが、装備パターンから現地の野盗、あるいは暴徒化した元軍人と推測」
「せっかくのいい気分を台無しにしやがって。……行くぞ、ルシア」
「承知しました。掃除の時間ですね」
◇
テントから出ると、月明かりの下、数十人の男たちが支援物資のコンテナを取り囲もうとしていた。
手にはアサルトライフルやレーザーガン、果ては工具を持っている。
俺たちが姿を見せると、リーダー格らしき男がニヤリと笑った。
そいつだけ装備が違った。
略奪品の寄せ集めだろうが、強化外骨格を纏い、左腕には携帯型のエネルギーシールド発生器まで装備している。
なかなかに本格的だ。
「へっ、起きてきやがったか。英雄気取りの運び屋サンよぉ」
「配給は終わったぞ。おかわりが欲しいなら、列に並びなおせ」
「減らず口を! そのコンテナの中身と、ついでにその船も置いていってもらおうか!」
男が合図をすると、周囲の影から銃口が一斉に向けられた。
やれやれ。これだから治安の悪い星系は嫌いだ。
「ルシア、援護を頼む」
「了解。……ドレスを汚さないよう、迅速に処理します」
そう言って、ルシアは援護に回るどころか、ナノファイバー製のメイド服を翻して敵の群れへと飛び込んでいった。
「は?」
俺が呆気に取られている間に、ルシアの姿が月光の中で踊る。 速い。速すぎる。 発砲しようとした男の腕を極め、関節を外し、喉元に寸止めの一撃を入れる。 スカートの中から取り出された小型のスタンロッドが、次々と男たちの意識を刈り取っていく。 その動きは洗練された舞踏のようだ。しらない戦闘スタイルだ。こわい。
ルシアは戦闘もできる同行コンパニオンではなかったが、役割から解き放たれた彼女は本当に万能なようだ。
「バケモンかこいつ! おい、あっちの男を狙え!」
ルシアに手も足も出ないと悟った残りの連中が、ターゲットを俺に変更する。
判断は正しい。
数十人もの銃口が俺を向き、一斉に火を噴いた。
個人携行シールドなんて高価な代物は、俺は持っていないし、よしんば持っていたとして安物のシールドは何発かの弾を防ぐくらいの性能しか無い。こういった状況には無力だ。 だが、俺にはこれがある。
俺は深く息を吸い、目の前の空間を『掴む』ように意識を集中させた。
盾を握るような感覚で力を込める。
キィィン……!
俺を包み込むように展開された不可視の力場――念動力のシールドが、殺到する攻撃を受け止めた。
空中で凝固したかのように、鉛玉が急激に速度を落とす。
混じっていたレーザーも、力場の干渉を受けて揺らめき、本来の軌道を失って霧散していく。
そして力を抜くと同時に、実弾はバラバラと地面に落下した。
「な、なんだぁ!?」
「弾が……止まった!?」
動揺する男たち。
その隙を見逃すほど、俺は甘くない。
俺は腰のホルスターから『アストロ・ブレイカー』を抜いた。
ハンドガンカテゴリーに分類されるのが間違いのような、極大口径のリボルバー。
狙うは一番厄介な、強化外骨格のリーダーだ。
「悪いが、手加減できるオモチャじゃないんだ」
ドォン!!
発砲音というよりは、爆発音に近い轟音が夜気を震わせた。
俺の抜き打ちの一撃は、リーダー格の男が慌てて展開したエネルギーシールドを紙切れのように貫通し、さらに分厚い防弾プレートごと胴体を撃ち抜いた。
男の腹に、向こう側が見えるほどの綺麗な風穴――ドーナツ型の空洞が開く。
「が、ぁ……」
男は自分の腹を見て、何が起きたか理解できないまま崩れ落ちた。
それを見た残りの連中が、悲鳴を上げて武器を捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「ひ、ひぃぃッ!?」
「化け物だ! どっちも化け物だぁッ!」
後に残ったのは、気絶した数名と、物言わぬ死体となったリーダーだけだ。
「……掃除完了です、マスター」
ルシアが乱れたスカートの裾を直し、涼しい顔で戻ってくる。
返り血ひとつ浴びていない。
「お疲れ。……ったく、やっぱりこの依頼、きな臭いな」
俺はアストロ・ブレイカーを収め、逃げていく男たちの背中を睨んだ。
ただの物資輸送にしては、敵の戦力も、こちらの待遇も、そしてこの星の状況も、何かが噛み合っていない。
「夜が明けたら、支部長殿と『交渉』だな。追加報酬じゃ済まされない話を聞かせてもらおうか」
疑惑の種は芽吹いた。
どうやら、300万クレジットを懐に入れて「はいさようなら」とはいかないらしい。
俺はため息をつき、警戒のためマッコウクジラに戻ることとした。
規格外なのは船だけじゃないんだぜ。
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