第23話 料理人の戦場
「……神様……!」
「ありがとう、ありがとう……!」
コンテナから配られた『圧縮食料ブロック』を握りしめ、ボロボロの服を着た老人や子供たちが涙を流している。
彼らにとって、それはまさに命を繋ぐ聖なる糧なのだろう。
だが、俺にとっては違う。
「……複雑だな」
俺は配給作業を手伝いながら、小さく溜息をついた。
俺はこれでも、リアルでは小さい食堂の調理担当だったのだ。
店の主でもないし、ただの厨房の隅っこで鍋を振るうだけの存在。客から感謝の言葉を直接聞くことなんてほとんど無かった。
それでも、「うまい飯」を提供しているという事実だけが、俺の僅かな誇りだった。
今、俺は飯を提供して感謝されている。
英雄扱いまでされている。
しかし、これでいいわけがないだろう。あんな味のしない固形物は、ただのエサだ。
「マスター、バイタルサインが不安定です。住民の感謝行動に対してストレスを感じているようですが」
「……ああ、納得いかねえんだよ」
俺はコンソールを操作し、カーゴルームの奥底のロックを解除した。
「ルシア、アレを出すぞ」
「アレ、ですか? 正規の支援物資は全て搬出済みですが」
「俺の私物だ。……いいか、俺があのアステリアで、雑多な攪乱兵器とデブリ拾い用のドローンだけで前金の100万クレジットを使い切ったと思うか?」
俺はニヤリと笑った。
実は、前金の残り――いや、大半をつぎ込んで、あるものを買い込んでいたのだ。
ハッチが開き、冷気と共に一つのコンテナが姿を現す。
それは食品用ではない。工業機材冷却用の武骨なコンテナだ。
生鮮食品用の高度なコンテナは、それこそ目が飛び出るような値段だった。だが、最低限「冷やす」機能だけのものなら、なんとか手が届いた。
出力設定を限界まで弄り、機材冷却用を無理やり冷凍庫として運用してやったのだ。
「中身は……『培養筋繊維ブロック』ですか」
「ご名答。キロ単価8クレジットの激安肉だ。だが、今のここじゃあダイヤより価値がある」
俺はコンテナから凍りついた肉塊を引きずり出した。
そして、周囲を見回す。
瓦礫の山の中に、半壊した装甲車の残骸があった。
俺は抱えてきた回収ドローンを操作し、そのレーザーカッターで装甲板を適当なサイズに切り出した。
「おい、そこのあんた! 火だ! 火を熾せ!」
呆気に取られている難民たちに指示を飛ばす。
瓦礫を燃やし、その上に切り出した鉄板を乗せる。
簡易的な鉄板焼きセットの完成だ。
熱された鉄板に、持参したたっぷりの食用合成油脂(これも安物だ)を引く。
ジュワアアァァ……!
脂の弾ける音と共に、白煙が立ち上る。
そこへ、スライスした培養肉を豪快に並べていく。
味付けは塩と胡椒のみ。
シンプルイズベスト。というか、それしかない。
「いいか、こいつは硬いぞ! ゴムみたいに弾力がある! だがな!」
肉が焼ける匂い。
焦げた脂の香ばしい匂いが、死と硝煙の匂いに満ちたキャンプに広がっていく。
圧縮食料をかじっていた子供たちが、顔を上げた。
大人たちが、ゴクリと喉を鳴らした。
「熱くて、脂っこくて、腹に溜まる! これこそが『飯』だ!」
俺は焼きあがった肉を、トング代わりの工具で掴み、次々と難民たちの差し出す、やはり廃材を加工した皿のようなものに乗せていった。
「お互い贅沢は言えない身だ。こいつで勘弁してくれ!」
一人の少年が、恐る恐る肉にかぶりつく。
その目が大きく見開かれた。
「……あ、あつい……!」
「肉だ……本物の肉の味がする……!」
その言葉に、俺は思わず苦笑した。こいつは培養タンク生まれの工業製品だぞ、と喉まで出掛かったが飲み込む。
あちこちで歓声が上がる。
正直、肉質は最悪だ。繊維は硬いし、旨味も調味料頼りだ。
だが、今の彼らに必要なのは、栄養バランスの取れたブロックじゃない。
「生きててよかった」と思える、熱量と満足感だ。
「マスター、瞳孔の拡大、体温の上昇。……貴方も、彼らも、数値化できないほど『幸せ』そうな顔をしていますよ」
ルシアが呆れたように、けれど少しだけ柔らかい表情で言った。
「へっ、調理担当冥利に尽きるってやつさ」
俺は鉄板の上で肉をひっくり返した。
立ち上る煙の向こうで、人々の笑顔が弾ける。
ああ、悪くない。
これを見るためなら、100万クレジットなんて安いもんだ。
こうして、マッコウクジラのイグニス星系への殴り込みは、盛大なバーベキュー大会で幕を閉じたのだった。
やっぱり、料理は笑顔が見えてこそ。やっとちゃんと(?)飯テロができた。
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